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会社員の副業 どこまでOK?
ルール巡り紛争も

会社員の副業 どこまでOK?ルール巡り紛争も

 政府が進める「働き方改革」の柱の一つに、会社員の副業や兼業を促す方針が示された。だが実際のところ、副業や兼業はどこまで許されるのだろうか。企業によって線引きの範囲は異なり、ルールの運用は揺れている。

オフィスの自席で副業

エンファクトリーの山崎さんは社員としての仕事に加え、勤務先のオフィスで自身が起業した会社の業務もこなす

 インテリア雑貨のオンライン販売などを手掛けるエンファクトリー(東京・渋谷)。顧客サービス担当の山崎俊彦さんはオフィスの自席でパソコンに向かい、妻と一緒に立ち上げた会社の業務にも取り組んでいる。ペット犬用の服飾雑貨をネットで受注し、製造販売するビジネスだ。「愛犬に合うサイズの服がなかったので自分で作ろうと考えたら、こうした需要は他の飼い主にもあるのではと思った」のが起業のきっかけだ。今では月に30万円を超す売り上げがある。「副業でやらなければいけないことが増えた分、仕事の生産性を強く意識するようになった」

 実はエンファクトリーには、「専業禁止」というちょっと驚くような「人材ポリシー」がある。リクルートなどを経て2011年に同社を設立した加藤健太社長は「パラレルワークを強制しているわけではない」と断ったうえで、「社員に自らを生かせる機会を提供し、会社にも社員にもメリットのある関係づくりを目指している」と説明する。いつどこで何をしても制約はなく、20~30歳代が中心の社員約30人の半数ほどが副業や兼業に取り組んでいる。半年に1回、全社員の前で進捗なども報告。「他の社員が何をしているのか認識が共有されて理解が深まるし、刺激にもなる」(加藤社長)という。

社員の成長に期待

エンファクトリーの加藤社長は「パラレルワークでこそ身に付く力がある」と説く

 IT(情報技術)など人材の流動化が進んだ業種では、副業や兼業を伴う働き方をうまく活用し、人的資源を充実させている企業が多そうだ。

 これに対し大手企業は一般に副業や兼業に消極的なところが多いが、最近では認める動きも出始めている。

 ロート製薬は昨年、入社3年目以降の社員を対象に、会社へ届け出れば終業後や休日の副業・兼業を認める「社外チャレンジワーク制度」を導入した。これまでに対象社員の1割にあたる約100人が手を挙げているという。薬剤師の資格を持つ複数の社員が週末に調剤薬局で働いているほか、地元特産品の販売会社を起業した社員もいる。副業・兼務先に調剤薬局が入るのは医薬品会社ならではともいえるが、同社は「顧客など社外の人々とじかに接する経験を通じ、社員の成長につながると期待している」と説明する。

8割が「禁止」でも法律に規定なし

 中小企業庁の「兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する研究会」は副業や兼業のメリットとして、企業にとっては人材の育成や優秀な人材の獲得・流出の防止など、社員にとっては所得の増加や能力・キャリアの充実などがあると指摘する。もっとも、エンファクトリーやロート製薬のような例は全体から見ればまだ少数だ。人材採用・転職支援サービスのリクルートキャリア(東京・千代田)が1月に実施した調査では、回答した1147社のうち副業や兼業を認めるのは2割強にとどまる。8割近くが禁止だ。理由をみると「社員の長時間労働や過重労働を助長する」「情報漏洩のリスク」「労働時間の管理や把握が困難」などが目立つ。これに対し容認する理由として圧倒的なのは「特に禁止する理由がない」だった。

 そもそも、副業や兼業について法律上は何の規定もない。つまり法律では容認も禁止もしておらず、社員の副業や兼業を認めるかどうかは企業の自由だ。ただ、多くの企業がひな型として参考にする厚生労働省の「モデル就業規則」では、社員の服務規律(順守事項)に「許可なく他の会社などの業務に従事しないこと」と例示。違反すれば懲戒の事由になるとしている。厚労省は「企業の考え方を拘束するものではない」とするが、厚労省が例示した条項をそのまま使うケースが多いとみられる。

 社員は労働契約上、就業時間内は会社に拘束され労務に従事しなければならないが、就業時間外は本来、自由だ。とはいえ企業からすれば、社員が終業後や休日に疲れをとるなどして、翌就労日にはきちんと仕事をしてもらいたいと思うだろう。社員も労働契約上は誠実に働く義務を負う。副業や兼業が原因で病気やけがをして十分に仕事ができなくなっては困るし、ましてや競合他社に企業秘密を漏らしたり会社の信用を傷つけたりするようなことが起きればさらに悪影響が及ぶ。社員の副業や兼業を企業が制限できるとする根拠はここにある。

裁判で争いも

 副業や兼業を禁止・制約する社内ルールを理由に会社が下した解雇などの懲戒処分は有効かどうか、裁判で争われたケースもある。例えば、ある建設会社で事務職の女性社員が勤務時間後、深夜までキャバレーで会計係などのアルバイトをしていた。同社の就業規則には、会社の承認を得ずに他に雇われたときは懲戒にするとの規定があり、解雇された。これを不服として元社員が起こした訴訟では、無断の兼業が雇用契約上の信頼関係を壊したなどとして、裁判所は解雇を有効とした。

 その一方で、タクシー乗務員が非番の日に輸出車の船積み作業などのアルバイトをしたことによる懲戒解雇を巡る裁判では、就業規則上の懲戒解雇事由としての副業や兼業は、会社の秩序を乱し、業務に支障をきたすおそれがあるものに限られるなどとして、裁判所は解雇を無効と判断した。

 このように、どこまでならセーフでどこからがアウトかの線引きは、一律には難しい。

 ただ裁判所も「会社員は一般的に副業や兼業は禁止されておらず、就業規則で全面禁止するのは、特別な場合を除けば合理性を欠く」などとしている。社員の副業や兼業が起業の場合、自社と競合する事業や公序良俗に反する場合などでなければ、全面禁止の正当化は難しくなるだろう。

ガイドラインを策定へ

 副業や兼業をめぐるトラブルは今後も起こることが予想される。労働法に詳しい今津幸子弁護士は「副業や兼業を規制するにしても、その内容を検討して本当に禁止すべきなのかどうか、企業は実質的に判断していく必要がある」と指摘する。

 3月に安倍晋三首相が議長を務める「働き方改革実現会議」で決定した「働き方改革実行計画」では、これまでの裁判例などを参考に「就業規則などにおいて本業への労務提供や事業運営、会社の信用・評価に支障が生じる場合など以外は合理的な理由なく副業・兼業を制限できないことをルールとして明確化する」とした。「長時間労働を招かないよう、社員が自ら確認するためのツールのひな型や、企業が副業・兼業する社員の労働時間や健康をどのように管理すべきかを盛り込んだガイドラインを策定し、副業・兼業を認める方向でモデル就業規則を改定する」という。厚労省はモデル就業規則で副業や兼業を禁止する条項を削除するとみられる。

大企業でも「75%が興味」

OneJAPANの浜松代表らは会社員の副業や兼業の推進を訴える

 副業や兼業を認めてほしいと考える会社員は若手を中心に多い。トヨタ自動車やパナソニックなど日本を代表する大手企業40社超の若手・中堅社員ら約600人が参加する団体「OneJAPAN」が、メンバーの所属企業で働く社員1600人余りにアンケートをとった結果、スキルアップを目指して副業や兼業に興味があるとの回答はおよそ75%にのぼった。同団体は4月、東京都内で総会を開き、「副業や兼業を強く希望する社員を対象とする制度や政策の推進を、企業や政府に提案したい」との提言をまとめた。「本業とは異なる仕事が社員の能力を高める」と強調する。

 OneJAPANの浜松誠代表は「会社員の副業や兼業が難しい現実を揺さぶり、企業にとってのメリットやデメリットについて発信していきたい」と話す。あるメンバーは「大企業の既存ビジネスだけでキャリアを形成しても、将来それが通用するか見通しにくい」と漏らす。今後は人材の交流などを通じ、提言に賛同する企業で新しい働き方が広がるよう取り組んでいきたいという。

 副業や兼業といっても、その形態や目的は多様だ。副業が「複業」につながっていけば、経済の活性化も期待でき、社員のキャリア充実に役立つと考えられる。それぞれに見合ったルールを探り、それを望む社員や企業が副業や兼業をしやすい・させやすい環境を、企業も政府も整えていく必要がありそうだ。
(田中浩司)[日経電子版2017年5月24日付]

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