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憲法のトリセツ(16)実は保守派が主導している
「公教育離れ」

憲法のトリセツ(16) 実は保守派が主導している「公教育離れ」

 憲法26条が定める教育権の続きです。かつてはリベラル勢力が唱えていた国民教育権説(「何を教えるかは国家ではなく、国民が決める」)を保守勢力の口からも聞くようになってきた、というのが今回のテーマです。

米では保守派が公教育を拒否

 トランプ米大統領は自身初の予算教書で、教育予算を100億ドル削減する方針を打ち出しました。経済成長の鈍化に悩む主要先進国はどこも人材育成こそ重要と考えています。いかにもトランプ氏らしい逆噴射なのでしょうか。

 せっかくなので、米憲法の教育に関する規定を見てみましょう......あれ、見当たらない。そうです、米国では教育の権限は原則として連邦政府ではなく、州にあるのです。世界各地から来た移民は自分たちが住み着いた地域に母国の制度を持ち込みました。いまさら全国単一の制度をつくると混乱を生じさせかねません。

 あまりにもばらばらということで、米政府に教育省ができたのは1979年でした。つい最近という感じですね。しかも翌80年の大統領選で当選したロナルド・レーガン氏は「小さな政府」を訴えていて、その象徴として同省の廃止を公約していました。結局、同省廃止は見送られましたが、米国には教育を国家が統制すべきではないという考えが根強くあります。

 それと並行して1950年代から始まった公民権運動を踏まえ、米政府は公立学校における人種融合を進めました。白人が多い地域の公立学校には白人の子どもしかいない。黒人の多い地域は黒人の子どもばかり。そこでバス通学を導入して強制的に子どもたちを混ぜ合わせたのです。

 また、米国には「人類は神が創造したもので、サルから進化したのではない」と信じるキリスト教原理主義者がたくさんいます。でも、公立学校で教えるのはダーウィンの進化論です。

 というわけで、保守派の白人は子どもを私立の学校に転校させ始めました。現在では子どもの10%程度が私立に通っています。また、学校に行かずに自宅で学ぶ子どもも3%程度います。

 つまり、国家が教えるリベラル思想に染まりたくない保守派が公教育をボイコットしているわけです。戦後日本の国民教育権説と正反対ですね。

森友騒動のそもそもの始まり

 でも、日本にも国家の教育方針を軌道修正させるよりも、自分たちが教えたいことを教えられる学校をつくる方が早いと考える人々が出てきました。

 典型例が今年、安倍政権に激震をもたらした森友学園です。学習指導要領のような縛りのない幼稚園をまず設立し、園児に「安倍首相、頑張れ。安保法制、国会通過よかったです」と言わさせていたのはご存じでしょう。そうした教育の場を広げたいので、今度は小学校をつくりたい。だから国有地の払い下げを受けたい。それが森友騒動のそもそもの始まりでした。

梶田叡一氏らの著書

 小学校と中学校は義務教育です。私立学校の場合でも全く好き勝手なことを教える学校では困ります。そこで都道府県の私学審議会が新設の是非を審査します。森友学園の審査をしていた当時の会長は小渕恵三首相が2000年に設けた教育改革国民会議のメンバーだった梶田叡一氏でした。

 主著のひとつである「日本再生と道徳教育」の表紙をみていただくと、保守派の論客である渡部昇一氏や八木秀次氏らと近いことがわかります。渡部氏が先日、亡くなった際、安倍晋三首相は弔問に足を運びました。

 学校で子どもに何を教えるべきかは教育論の問題であって、憲法のコラムで取り上げる必要はないかもしれません。でも、どんな国を目指すのかと憲法の読み方は一体の問題である、ということは記憶にとどめて置いた方がよいと思います。
(編集委員 大石格)[日経電子版2017年6月1日付]

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