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物理ろまん主義(1)理系オンチ、素粒子物理学に目覚める

久保田しおん authored by 久保田しおん
物理ろまん主義(1) 理系オンチ、素粒子物理学に目覚める

 初めまして、久保田しおんと申します。米マサチューセッツ州にある、全米最古の女子大、マウントホリヨーク大学での2年生をちょうど終えました。大学までも幼小中高一貫の女子校に通っていたので、 ずっと女子校で育ってきたことになります。大学では、物理・コンピューターサイエンス・哲学の3つの学問を同時に専攻する「トリプルメジャー」という学び方をしています。他にも趣味でフルートを演奏していて、大学のオーケストラでの第二首席奏者として、室内楽、そしてソロとして活動しています。

 メインの専攻は物理で、特に素粒子物理学を中心に学びを深めています。この夏にはスイスとフランスの国境にある欧州原子核研究機構(CERN)という研究所で新たな素粒子を探す研究に客員研究員として携わっています。

フルート第一首席奏者(左)と。音楽専攻で、今年の5月に卒業されました。一緒によくソロを吹いたのが思い出です

 この連載では、日米の女性教育の違い、アメリカの大学での生活、それから研究費用が削減されてしまいやすい基礎研究、そしてそれに身を投じていくことに対して私なりに思うことをお伝えしていきます。どうぞよろしくお願いいたします。第1回目の今回は、私が物理を学び始めたきっかけについてお話しさせていただきたいと思います。

大学で初めて物理の勉強を始める

 高校2年生まで、数学も物理もどうせ将来には役に立たないだろう、としっかり学んだことがなかったにもかかわらず、アメリカの大学受験時になってそれらの科目に楽しさを見出した私は、入学後、物理も数学もバックグラウンドはまるっきりゼロという形で物理の授業を取り始めました。その授業に必須だった数学の授業は、自らの乏しい英語力で教授の質問に適当に答えていたところ、意図しないまま、高校数学を修了したという回答をしており、免除されたまま物理の授業を取ることになりました。

 しかし、もちろん学んだことのないことを必修の前提としている授業に、しかも英語でついていけるわけがありません。最初の頃は、教授に質問をするたびに「そんな英語もわからないなら日本に帰った方がいい」と何回も言われ、涙を飲む日々を過ごしました。今思えば英単語の意味についての質問ばかりでした。しかし、根性と度胸だけはあるので、懲りずに何回も教授を訪れ、また自分でも日本から大学受験用の数学や物理の教材を取り寄せたりして、陰ながら努力を続けました。

物理とコンピューターサイエンスを組み合わせたアイディアで参加したハッカソン。回路をつなぐプラスチック製のbreadboardという部品の名前を逆手に取り、ベーグルに回路を埋め込んで、バイナリー形式で時間が表示されるベーグル時計を作りました

 一学期がたって気がついてみれば、英語で不自由することもなくなり、必修内容の数学の内容も学び終わり、物理の授業中にも最も発言回数が多い生徒の一人となっていました。そしてその厳しい教授にリサーチアシスタントに選んでいただき、同大学の3年生や4年生と一緒に教授の研究補佐を務めることになりました。いつも努力をする度に、あと少しのところで目標のところに届かないことが多い、いわゆる「残念な子」だった私にとって、初めて努力が目に見えて報われたと感じられる経験でした。

素粒子物理学との出会い

 その教授とも研究を重ねるにつれてどんどん仲良くなり、週末には彼女のオフィスで授業で扱った内容以上の物理に関する議論を楽しむようになりました。ある日の授業で「Particle Fever」という映画を見たときのことです。その映画は2013年に物理界を大きく揺るがせた、神の粒子とも呼ばれるヒッグス粒子発見についてのドキュメンタリー映画でした。今まで勉強に楽しさを感じたことはあっても興奮を感じたことのなかった私にとって、この映画は私の人生を大きく変えるものとなりました。

 皆さんは映画『スター・ウォーズ』シリーズの『ローグ・ワン』はご覧になったでしょうか。少しネタバレになってしまいますが、ざっくりと要約すると一人一人のメンバーが自分の命を犠牲にして小さなミッションを行い、他のメンバーがまた自分の命を犠牲にしてそのミッションから次のミッションを成功させ、最後には「希望があるはずだ」という物理的には不確かな、しかし同時に心理的には強い一つの信念のもと、一つの大きな作戦を全員の自己犠牲の鎖によって成功させる、という物語です。

物理の教授の家で毎年開かれるクリスマスパーティー。物理デパートメントの全教授とほぼ全ての物理専攻の生徒が集まります。サンタ役も教授です

 私にとって、Particle Feverも同じような物語に見えたのです。アインシュタインやボーアなど、天才と呼ばれた著名な科学者たちが、提唱当時は馬鹿にされても「自然は美しいはずだ」という一つの信念のもと守り続けてきた理論の正しさを、自分が生きている間にはおそらくこの結論は見られないだろうと分かりながらも物理学者一人一人が人生をかけて証明しようと試みる。この一つの大きな物語の中の人々のつながり、そして「自然は美しいはずだ」という、脆くも胸が震えるような信念に私はすっかり心を掴まれてしまったのです。

 さらには物理や数学を学んで理解が深まるうちに、いかに自然が本当に美しく、Unify(統一)されたものであるかが見えてきました。常識がなぜ常識なのか「わかる」こと。現象と現象の間に可能な因果関係を見出し、その因と果を繋ぐ道がはっきり見えるようになること、そしてその道が実は関係なく思えるような現象にも通じていることがわかるようになること。このように、もともと存在していたunknownがknownになる瞬間、そしてそれはまだ存在が確認されたというだけであって、その瞬間からその新たな存在が何をするのか、世の中をどう変えるのかを探求するという新たな道が永遠と作られ続け、それを人類の大きな歴史の中で皆が多かれ少なかれ知的好奇心を向ける「私たちはどこから来たのか」という一つの大きな問いに答え続けること。

 この壮大なストーリーに日々私は夢を見出し、論文の中で出会う小さなコンセプトに胸を躍らせ、そして点と点が繋がる瞬間に鳥肌をおぼえるのです。

CERNで行われた、ヒッグス粒子についてのレクチャーが行われた場所。様々な物理学者の方々やリサーチできている大学院生などとともに出席しました。ここは2013年にヒッグス粒子発見の最初のアナウンスメントが行われた歴史的な場所です

 ここまでの情熱は今まで感じたことがなく 、またこれからもこの興奮とともに人生を歩みたいと思い、物理の専攻を宣言して今に至ります。この夏、ヒッグス粒子発見の地、つまりParticle Feverのロケ地でもあるCERNで研究をし、実際にヒッグス粒子を発見したATLASチームのメンバーだった物理学者の方々に囲まれ研究をしていますが、物理への思いはますます強くなるばかりです。

 次回は、物理歴たった2年の私に、素粒子物理学において世界最高峰とも言えるCERNで研究をするという機会を与えてくれたアメリカの大学について、そしてそのアメリカの大学を受験しようと思ったきっかけについてお話させていただきます。

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