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数学×音楽=創造!(6)「また音楽をやりたい!」
ジャズとの運命の出会い

中島さち子 authored by 中島さち子ジャズピアニスト・数学者・人材育成コンサルタント
数学×音楽=創造!(6) 「また音楽をやりたい!」 ジャズとの運命の出会い

 高校時代から、東京大学の数学オリンピックの先輩方と数学ゼミを始めていた私は、1998年、東京大学理科一類に入学しました。当時は数学に深く魅惑され、専門書を仲間と一緒にどんどん読み進めていましたが、実は文系科目も大好きだったため(高校時代も文系選択でした)、1・2年の教養学部時代にさまざまな文学・政治・経済を学べることにワクワクしていました。

 また入学すると、上の学年とのクラスオリエンテーションやサークル勧誘も始まります。テニスサークルにクラスの友人と入った後、ふと「ジャズ」という名前を見つけ、心がざわめきました。ジャズ、面白いかも... 何か予感めいたものを感じました。

「また音楽をやりたい!」

 その半年前、高校3年生の秋から冬にかけ、まさに受験の直前期に、音楽の授業で声楽家のT先生が「グループで何か発表してみましょう」という課題を出しました。私は、中学2年以来、まともにピアノ練習や編曲・作曲はしていなかったのですが、思い切ってバイオリンがとても上手な友人Yと共に管弦楽部の友達数人に声をかけ、クリスマスメドレーをアレンジすることに。7、8人のかなり大きな編成になりました。

 ずっと数学に明け暮れた中高時代の最後、私はこのほんの小さな試みを通して、一挙に音楽の楽しさを思い出しました。「戦場のメリークリスマス」や定番の「ホワイトクリスマス」「ジングルベル」などを織り交ぜ、少し間奏部やつなぎ目で遊びを入れながら、バイオリンやチェロと音を重ねて皆の前で演奏した時のあの楽しさ! 音楽への感動やバイオリンの伸びやかで美しい音色、アレンジの楽しさ、音楽を通して場が作られ人と繋がる瞬間の歓びなどが一挙に押し寄せ、私は、「ああ、また音楽をやりたい」と強く感じたのでした。

 私は14歳まではクラシックと作曲を学んでいました。それから高校3年生までは、音楽を習うことはやめてしまったけれど、数学の難題や難理論で頭が疲れたり行き詰まった時などは、無の状態になって即興でピアノを弾いたりしていました。当時の私にとってピアノや音楽は、自分の心を解放してくれる素敵な魔法のようなもの。楽譜通りに弾くことよりは、どちらかというと自由に、絵のように描いていくことが大好きでした。

 同時に、中高時代の私は小説や哲学、宗教(仏教)などにも惹かれており、ドストエフスキーやゴーゴリ、ゴーリキー、魯迅、ニーチェ、ジャン・コクトー、夏目漱石、南方熊楠、鳩摩羅什等を読みふけりながら、人生がまだ何物かも全くわからないままに多様で複雑な人間のさまざまな顔を感じ始めていました。

Jazz Junk Workshop(JJW) のトロンボーンの後輩(左)と共に

 そんな私が大学に入って「ジャズ」の文字を見つけたとき、最初に思ったことは、「確かジャズとは、クラシックとは異なり、複数名で即興により自由に創っていく音楽のはず」「ジャズとは人生を歌うブルースが根底にある小説のようなもの?」。ジャズを聴いたこともほぼなく、ジャズを知る友人もいなかった私ですが、たったそれだけの知識から、面白そう!!  と思い、果敢にも、思わず入会届を出したのでした。当時は、その一歩が大きく私の人生を変えるものになるとは、まだ思ってもみませんでした。

ジャズとの出会い

 小説や国際法、経済などさまざまな興味を持っていたものの、やはり数学者が第一の夢であった私は、大学3・4年は理学部数学科に行くため駒場キャンパスに通うものと思っていました(理学部の中で数学科だけが駒場キャンパスにあります)。

 そのため、大学1年のときは駒場のジャズビッグバンドサークル"Jazz Junk Workshop(JJW)"に入り、初めてのジャズ世界に出会うことになります。ジャズビッグバンドという言葉すら初めて知った私にとって、さまざまなビッグバンドサウンドは、聴くたびに驚きの連続! どんどん夢中になりました。

 Basieの音数少ないピアノが絶妙にスウィングする"Count Basie Orchestra"、花形トランぺッターのThad Jonesと名ドラマーのMel Lewisが出会い結成したエネルギッシュな "Thad Jones & Mel Lewis Orchestra(後の The Vanguard Jazz Orchestra)"、現在進行形で雄大な斬新な美しいビッグバンドサウンドを生み出す "Maria Schneider Orchestra"、ビッグバンド界の革命家であり音の魔術師 "Gil Evans Orchestra" など...。

Jazz Junk Workshop(JJW) の練習風景

 個性豊かでエネルギッシュなビッグバンドのサウンドは、当時の私の「オーケストラ」のイメージをどんどん塗り替えていきました。JJW や他大学ビッグバンドとの交流によって得た体験や感動、学びは、私にとってとても貴重な人生の宝物です。

 ですが、私の人生を本格的に変えるような波は、より小さなコンボ(少人数編成で自由なアドリブ要素がより強い)形式のジャズからジワジワとやってきました。同サークル内でジャズに極めて詳しかった田村陽介君(現在もジャズドラマーとして活躍中)が、ある日私に渡してくれたのは、ジャズの大名盤。ピアニスト Bill Evansの "Portrait in Jazz"と"Walts for Debby"。その美しい珠玉の歌と、背後で自由にベースが歌い流れピアノ・ドラムと美しく絡み合う音に、私は強く心を奪われました。後にそのベーシストは、25歳で交通事故で夭折した Scot LaFaro という天才であることを知ります。これがコンボ形式の、より自由でより瞬間的な芸術であるジャズ世界との出会いであったかと、今となって思います。

 その後、緊張しながら初めて自分で買ってみた中古ジャズアルバムは、なかなか珍盤!(笑)にて、ピアニスト Herbie Hancock の "Dis Is Da Drum"。その後も、田村君や周囲の友人から色々なジャズ音楽家、アルバム、ジャズの聴き方やアドリブの妙味等を教えてもらったり、自分でピアニスト Chick Korea や大西順子さんのライブに行ってみたり... とする中で、素人ながらも、少しずつ即興(アドリブやソロ部分)の醍醐味やトリオ・カルテットなどの小編成のアンサンブルの魅力に引き込まれていきました。

今年3月にセカンドアルバム『希望の花』をリリースしました。リリースライブにて(2017年4月9日、JZ Brat)

 そこでの「ジャズ」は、まるで人生の旅路を音に描いたような世界でした。私は、ジャズ(特にコンボ)の魅力に惹かれ、大学2年後半、思い切って東京大学本郷キャンパスにあるジャズ研究会に顔を出します。そこでは、大学に寄らず、多くの若手プロフェッショナルミュージシャンが集い、多くの熱いセッションが繰り広げられていたのでした。

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