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憲法のトリセツ(18)高等教育無償化は憲法の精神なのか

憲法のトリセツ(18) 高等教育無償化は憲法の精神なのか

 憲法は日常生活と縁遠くみえますが、いろいろな決まりごとの多くが憲法の規定に裏打ちされていることは何度か書いてきました。いま話題の高等教育の無償化について憲法的視点から考えてみましょう。

義務教育の予算は4.5兆円

 大日本帝国憲法(明治憲法)には教育に関する条文がありません。その意味で、教育を受ける権利は戦後の「民主日本」を象徴するもののひとつといってよいでしょう。ただ、前回紹介したように、憲法に書かれた「義務教育は無償」の範囲について、最高裁は最も狭く考える「授業料だけ」という判断を示しました。

「誰もが希望すれば高校にも、専修学校、大学にも進学できる環境を整えなくてはならない」。安倍首相は1月の施政方針演説でこう訴えた

 国は義務教育にどれだけの予算を配分しているのでしょうか。先に学校があって、児童・生徒から授業料を徴収している場合ならば、その金額を合計すれば総額が出ます。義務教育ありきの現在では(1)学校の建物などの建設費(2)教員の人件費(3)教材の購入費――などが混じり合い、全体の規模が見えにくくなっています。

 2017年度の国の予算のうち、文部科学省には5兆3097億円が配分されました。そのうち、義務教育費国庫負担金が1兆5248億円でした。これは教員の人件費に充当します。

 でも、公立学校の教師は原則として地方公務員なので、給与を払うのは国ではありません。国からくる国庫負担金と地方自治体の予算を合計したものが、教師の人件費の総額です。

 以前は国と地方の負担比率は50%と50%でしたが、小泉純一郎首相のときに33%と67%に改められました。つまり国庫負担金の3倍、4.5兆円が教員の人件費の総額ということになります。

 日本の財政事情が厳しくなった1970年代半ば以降、大蔵省(現財務省)は国庫負担金を減らそうとしてきました。文部省(現文部科学省)や日教組は「教員減少は憲法が定める教育を受ける権利を侵害する」と反論しました。

教員減らし反対論

 2000年に地方分権一括法が成立し、国と地方自治体の関係は上下から対等になりました。そこで国庫負担金制度を廃止し、その分の財源を自治体の裁量に任せてはどうか、という議論が盛り上がりました。

 国庫負担金として交付されるカネは人件費以外には使えませんが、一般財源ならば何にでも使える。自治体の創意工夫の余地が生まれます。教員は減らし、代わりにコンピューターをたくさん買って児童・生徒が使い放題にする、などです。

 ここでも反対派は憲法を盾にしました。「悪い首長が現れて、カネを意味なく豪華な校舎の建設に充当したらどうなるのか。首長と親しい建設業者はもうかるけど、教員不足で少人数クラスなどはつくれなくなる。成績不振の児童・生徒を生むのは憲法26条違反だ」というものでした。

 最高裁の判例に授業料が出てきてしまったので、教員と児童・生徒が向き合う「授業」という形式は崩しにくくなりました。

 これを高等教育に当てはめるとどうなるのでしょうか。

 高校の授業料の無償化は民主党政権時代の10年に高校無償化法が成立し、実現しました。自民党は「税金の無駄遣い」と散々批判したのですが、政権復帰後も制度自体は廃止せず、年収が910万円を超える世帯のみ有償としました。丸ごと無償に戻すと、必要な財源は3000億円と見積もられています。

 次に大学です。文科省が16年12月に発表した学校基本調査によると、高卒者の大学・短大進学率(現役と浪人の合計)は56.8%で過去最高を更新しました。専門学校などを合わせた高等教育進学率は初めて80.0%に達しました。高卒で学校を終える人は5人に1人しかいません。大学全入時代と呼んで差し支えないでしょう。

進学率が上がる余地はない

 すでに高等教育を受ける人がこれだけ多いということは、安倍晋三首相が17年1月の施政方針演説で述べた「どんな貧しい家庭で育っても、夢をかなえることができる。誰もが希望すれば高校にも、専修学校、大学にも進学できる環境を整えなくてはならない」という発言に該当する事例はあまり多くないことがわかります。授業料を無償にしても進学率が上がる余地はほとんどないのです。

 国公私立の大学の入学金と授業料を国が全部負担すると総額は3兆1000億円になります。義務教育は9年間、大学までの高等教育は7年間なので、ほぼ同じだけの税金がかかるのは当然ですが、いまの日本で高校・大学合わせて新たに3兆4000億円の税金が出て行くことになります。

 最高裁は義務教育の無償化の範囲ですら小さめに捉えているのに、これほどの財政出動が憲法の精神なのかどうかはよく考えた方がよいと思います。

 ドイツでは1998年に政権に就いたゲアハルト・シュレーダー首相のもとで、高等教育の無償化を盛り込んだ法改正をしました。しかし、教育を担う州政府は財政事情の悪化を懸念し、連邦憲法裁判所に「違憲の確認」を求める訴訟を次々と起こしました。同裁判所は2005年に高等教育の無償化は「違憲」との判断を下しました(ただし、政治判断によって14年以降、すべての州で大学授業料は無償)。

 ドイツは合憲か違憲かを紛争が起きる前に判断する憲法裁判所があるので、こうしたことができたのですが、日本の最高裁はあらかじめ判断を示すことはしません。日本で高等教育の無償化を進めた場合、制度が実施されてから最高裁から待ったがかかる可能性もあり、相当な混乱を覚悟しなくてはなりません。

(編集委員 大石格)[日経電子版2017年6月28日付]

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