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[ skill up-自己成長 ]

物理ろまん主義(2)脱「とりあえず病」 
海外進学で自分を変える

久保田しおん authored by 久保田しおん
物理ろまん主義(2) 脱「とりあえず病」 海外進学で自分を変える

 昔から私は、何をやるにもあと少しのところで目標が達成できない子供でした。学校の担任の先生から、母は何回も「しおんちゃん、あと少しなんですが...残念ですね」と言われてきたそうです。その結果私は、何かしら残念な結果に終わらないものを見つけられるよう、とりあえず機会をつかんでは試してみる、「とりあえず病」になったのです。

 そしてそのように「私の得意なものかどうか」という基準を中心に将来を決めてきました。それは、口喧嘩がうまいから弁護士、であったり、人の前で話す時に緊張しないから政治家、であったり。今考えると主観的な自らの向き不向きと、その職業に対してのステレオタイプからなる、すごく適当な判断基準で将来を考えてきました。

直感で決めた留学

フルートも「とりあえず」の一環で始めました。音楽が好きだという気持ちはぼんやりとありましたが、将来音楽の道を極めよう、と思えるほど強い情熱を持つことはできませんでした

 そして高校二年生になるまでは、とりあえず色んなものを試してきたので「便利屋」的に育っていました。そしてそれが強みでもあり、弱みでもありました。つまり、よく言えばまんべんなくいろいろできてマルチである一方で、自分を突き動かす情熱がないため、何に没頭すればいいかも、没頭とはどういうことかもわからない、勢いに欠ける人材でした。

 けれども私は社会で言われる「自分の好きなことをやるべきだ」というフレーズに翻弄され、怯え、自分がやっていることや目指しているものが、あたかも好きなものであるかのように振舞うことに慣れてきてしまっていました。あまりにも自らのその振る舞いが上手すぎて、次第に自分でも自分は何が好きなのか、好きとはどういう気持ちかわからなくなりました。

 そんな私にトキメキを思い出させてくれたのがアメリカの大学でした。日本の大学のオープンキャンパスに行ったとき、私はそこにいる将来の自分が想像できませんでした。自分はきっともそこにいてもいなくても同じ存在になってしまうのではないかという不安を抱き、母に相談したところ、冗談半分で「あなたに日本は向いてないんじゃない?」と言われました。その冗談を信じて試しにアメリカの大学のホームページをランダムに見てみると、芝生で寝転んで勉強する生徒の姿を見つけました。

実際に親友たちと天気がいい日に外でサンドイッチを食べながら勉強したりしています。写真に写っている友達たちは私のルームメイトと隣の部屋に住む二人で、来学期も同じルームメイトの組み合わせで近くに住みます

 そのとき、私は何の理屈でもなく、「あ、いいな」と感じたのです。英語が学べるから、とか、アメリカに行って特定の勉強をしたいから、とかの理由ではなく、ただ感情だけで良さを感じたのはわたしにとって初めてのことでした。

 この「いいな」の感情が自分を「好き」なものに導いてくれるかどうかはわかりませんでしたが、いろいろな方面からの反対を押し切って進むことにしました。

 その後海外進学を決めてから2年間、情報が少ない中必死で、手探りで歩んだ受験生活には逆風が吹き荒れる日々もありました。留学もしたことがなく、帰国子女でもない「純ジャパ」に海外進学は無理だと言われたり、うわべだけのグローバル思考・エリート思考に流されているだけだと批判を受けたりもしました。しかしその逆風こそが、自分が本当に今変化しようとしているのだということを感じさせてくれ、受験を乗り切る決意を支えてくれました。

「リベラルアーツ」という学び方

 自分の変化が実感となり、生活の一部となったのは大学に入学してからでした。周囲の生徒たちは「情熱を持った自分」「自由な自分」への執着が強く、良い意味で自分勝手に学ぶことを目的として大学に来た人がたくさんいました。一つの理由として私の大学も特に重きを置いている「リベラルアーツ」という学び方が大きくあるような気がします。

 この考え方はアメリカの多くの大学で採られている教育哲学で、高校までに学んできたことだけでは自分が一生をかけて身を捧げていく分野を決めるにしては不十分だとして、大学二年生までにいろいろな分野を学び、その上で専攻を決めることを生徒に勧めています。これによってより多くの生徒が、本当に自分が好きなものを探すチャンスを得ることができるだけでなく、専攻を絞った後も、自分が今まで学んできた他分野の知識を生かし、より視野の広い考え方ができるようになるのが特徴です。

 このようなアメリカ的な学びへの哲学とその中で育ってきた周りの生徒に影響を受け、前の記事でお話ししたように私も「できること」から自分の道を探すのではなく、「やりたいこと」から自分の道を探すようになりました。その結果、高校時代には手をつけたこともなかった物理という分野に一歩を踏み出すこととなったのです。

「やりたいこと」を「できること」にするアメリカの大学

7月4日のアメリカ独立記念日はお祭り騒ぎでした。国民が自国への愛と、与えられる自由への喜びを表現しており、一種のパフォーマンスのようでした。この環境で子供の頃から育てば、自由への願望と愛国心が強く心に芽生えるのも納得です

 また、一般化はできませんが、あえて言うなれば概してアメリカの大学は、「やりたいこと」が見つかればそれが「できること」に変えられるようなサポートがしっかりしているような気がします。もちろん生徒自身にやる気があることが前提となっていますが、自分の情熱の向く先を見つけた生徒ががむしゃらに学びの機会を求めれば、大学も教授もがむしゃらになってその生徒の実力に伴った、スキルを伸ばせる場所をとことん探してくれるのです。

 実際、今回のCERNでの研究も、私の教授の友達の友達の友達の教授の元で働かせていただいており、私の教授と、彼と親交がある他の教授たちが一丸となって研究先に私を推薦してくださいました。私の大学の友人で今夏ホワイトハウスでインターンをしている生徒も、政治学の教授がホワイトハウスで働いている友人に彼女を推薦して今回のインターンが実現しているようです。そしてさらにこのCERNに来る費用に関しても一部は大学や教授たち、そして大学の卒業生からの経済的援助で成り立っています。

 このように、生徒の学びへの情熱を応援し、さらにその情熱の向く先が生徒の得意分野になるようサポートしてくれる大学に入ることができたおかげで、私は今物理を勉強することができています。もし、私がリベラルアーツ教育の存在を知らず、自分が得意なものを好きなものだと思いこんで勉強していたらと考えると少しゾッとします。

 今夏はCERNに来ていないどころか、好きではないことに夏をまるまる使っていたかもしれません。もしくは、途中で自分が学んでいることを好きになれないことに気がついて嫌々勉強をする、目も当てられないような学生生活になっていたかもしれません。そう考えると、海外進学という進路は私にとっては運命的な出会いであり、人生を大きく、そして楽しいものに変えてくれるきっかけとなりました。

 ここまでの二つの記事で私が物理を学ぶようになったきっかけを少しご理解いただけたかと思います。次回記事からはついに今私が研究をしているCERNでの経験にもう少しクローズアップしてお話ししていきたいと思います。

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