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[ career-働き方 ]

撮れる女優もアリですか(3)「好きなことをしていて羨ましい」という
言葉の意味とは

行平あい佳 authored by 行平あい佳映像制作・助監督、女優
撮れる女優もアリですか(3) 「好きなことをしていて羨ましい」という言葉の意味とは

 こんにちは、行平あい佳です。「撮れる女優もアリですか」連載第3回目です。最近、とても暑いですね、と言うはずが梅雨のような気候になっていますね。体調が振り回されていないでしょうか。気を付けてくださいね。そうそう、私事ですが、先日26歳の誕生日を迎えることができました。たくさんのメッセージを頂いて、今後も頑張っていこうと思った次第です。この場を借りて、感謝申し上げます。

 さて、前回はフリーランスの映像制作とはどんなものなのかをお話ししました。本当にいろいろな仕事があるので、一概には言えないですが少しでも参考になっていれば幸いです。今回ですが、フリーランスの仕事を始めて半年から1年経った頃の「悩み」の話をしようと思います。

助監督と女優の二足のわらじを履く行平さん

フリーランスが羨ましい...?

 私が通っていた早稲田大学の学生のほとんどは、様々な努力を経て大手企業に就職します。高校もそれなりの進学校でしたから例に漏れず就職。私の友人も、もちろんそうです。大学院に行く以外、みんな会社員になりました。私は孤高のフリーランスです。

 そんな中、関係性の濃い薄いも混在した大きな集まりやSNS上のやり取りで、こんな言葉をかけられることが増えました。「好きなことしていて羨ましい」。本当に大した言葉じゃないけれど、仕事や自分に自信を持てるまでは本当に足枷となり、終わりなき自己疑問への入り口でした。

 「好きなことしていて羨ましい」という言葉は、フリーランスだといずれ言われると思います。面と向かった発言の大方、「好きな事していていいね(精神的に楽そうで)」といったマイナスのニュアンスで言い放たれるんですよね。それで会話終了、答えづらい~!みたいな。

 元々、前回にも詳しく書いた通り、仕事の幅が大きく、その都度環境が変わる上に、出入りしていた制作会社には居場所(精神的にも自分のデスク的にも)がなかったので、「自分がいまどこに所属して、何をしているか」という感覚が著しく低いという悩みがありました。

美術さんのアシスタントにまわり、内装を完成

 同期なんていない、仲間なんていない。おまけに疲れた合間に、できあがった映像を見てクレジットに自分の名前がないと、自分の存在が無くなってしまうように感じるときもありました。そして、フリーランスと言えば格好いいものの、世間からしたらフリーターと同じような括りです。身分を証明できない人、フリー(のクリエイター)とよくいじられたものです。加えて周りから勝手に感じている正社員じゃない負い目、みたいなものもあり、あまり近況を知らない人から言われる、この手の言葉は「何にも知らない癖に~~~!」と少し心をざわつかせるには十分でした。

 今思えば、大多数は何の気なしに言っているし、特に深い意味はないのだと思います。単純に好きなことをしているのがいいな、と思ってくれている人もいたと思います(でもそういう人は、こういういい方はせず、「好きなことしていて、かっこよかった」「~励まされた」とか。プラスの感情で終わる)。それに過剰に反応してしまっていた自分が情けないです。自分に自信がよほどなかったんだなぁ、と切なくもなります。こうして自信を失っていく理由として、給与問題が多くを占めるのですが、それは次回以降に詳しくお話しします。

安定か、好きな気持ちか

 この手の発言をする中には、本当に風当たりの強い人もいます。特に、「やりたいことを追いかけようと思ったけど何らかの理由で諦めた人」からの説教じみた嫌味は身に応えました。「好きなことだけやっているのに悩むなんて、どれだけ贅沢なんだ」と言われたことがあります。しかも結構な数いるんです、こういう人。何を言っても「そんなのは好きなことをしている代償だ」という論派。

「説教じみた嫌味は身に応えた」と振り返る行平さん

 しかも私をほとんど知らない人や数年単位で会っていない人に限って言うんですよ、こういうこと。確かに好きなことをしているのは間違いありません。しかしそうとて道半ばです。悩むことも当然あります。しかし、この論派に出会い考えた時、私を納得させたことがあります。それは、社会的・経済的安定を取った人と取らなかった人の違いに過ぎない、という感覚でした。これを理解すれば、その言葉も傷つくようなことではないと気付きました。

 フリーランスという選択は、好きなことに近づくためにやっている人、いわゆるクリエイター系がほとんどだと思います。その仕事は日々新しく、華やかな世界に通じるような職が多いように感じることも多いと思います。確かに、私も楽しく華やかなシーンを幾度も見ました。しかしそこに安定はありません。有名になるまで、明日の仕事は自分で獲らなければいけません。全部自分でやらないと、お金は一銭も入ってきません。入ったとて電話代にもなりません。決まった日に毎月給料は振り込まれませんし、福利厚生という言葉は辞書にはありません。

 しかし、会社員として働いている方の多くは(話題のブラック企業は別問題)、この点は真逆だと思います。何にも勝る安定がそこにはあるんです。私はそれが、とても羨ましい。だからあの発言は、私が「仕事が安定してて羨ましいよ(精神的に楽そうで)」と言っているようなものなんだ、ということですね(笑)。私はこういう言い方はしませんけどね。ましてやたいして知らない人に。

劇中で使う小道具のデザイン・製作もやっていました

好きな事をする有難さ

 そうやって気が付いてからというもの、一般的に、第一で考えられるであろう、「安定」の2文字を半ば投げ売ってまでやりたいことがあるんだ。という考えに変わりました。それほどやりたいことがあってよかった。きっと、無いより全然いい。私は、母にかなりの迷惑と心配をかけつつも、夢を追いかけさせてもらっています。それは根本的には今も続いていて、そうまでして大学を出た意味は? と他人から聞かれることもあります。

 正直、意味はまだよくわかりません。しかし、女優業を始めてから関わる映画業界の方々は群を抜いて早稲田出身が多いです。それはとても光栄なことです。そして何より、高校・大学を通して、本当にしっかりとした頼もしい友人を、決して多くはないですが、作ることができました。彼女たちは、私に違うベクトルの社会性を見せてくれる唯一の存在です。こうやって、大人っぽくなっていくんだな、と気づかせてくれる存在でもあります。

 彼女たちから「好きなことをしてていいね」という言葉は聞いたことがありません。私が好きなことをしている姿や、成果物を見て大号泣し、それを見て私も大号泣、最大限の叱咤激励をしてくれる友人ばかりです。彼女たちの応援と仕事の合間一緒に過ごす時間がなければ、今の私は確実にいません。そういう人に計り知れない感謝の気持ちが芽生える瞬間が仕事上であるのも、エンタメ系フリーランスのいいところなのかもしれません。

 今回は、フリーランスという選択をしたらぶち当たるであろうことをいくつか述べました。少し厳しい嫌な部分を書いてしまったかもしれません。しかし、私が悶々と悩んでいた無駄な時間を、同じ選択をしようとしている方たちが省略できるきっかけになったらいいなと思い書かせていただきました。回を追うごとに、自分の体験談になっていってしまうので、読みにくくないか心配です。次回もよろしくお願いいたします。