日本経済新聞 関連サイト

OK
[ liberal arts-大学生の常識 ]

やって来た将棋ブーム
藤井四段でイメージ一変

やって来た将棋ブーム藤井四段でイメージ一変

 将棋ブーム到来だ。最年少プロ棋士、藤井聡太四段が連勝の最多新記録を更新し、関連グッズも飛ぶように売れている。報道として後手ではあるけれどブームをのぞいてみると――。中高年だけでなく20~30代の男女の姿も目立ち、地味なイメージは一変。スマートフォン(スマホ)ゲームになれた世代も「知的なガチンコ勝負」に新鮮味を感じているようだ。

「知的なガチンコ」新鮮

 「この局面だったら次の手は......はい、『しげる』ちゃん」――。クラウドファンディングで昨年できた将棋サロン「将棋の森」(東京都武蔵野市)では、女性向け教室「ショウギオトメ」が人気を集めている。カラフルな内装はまさに「サロン」。休憩中にお菓子を交換するなど、完全に女子会ノリだ。

女性限定の将棋講座に参加する人たち(東京都武蔵野市の将棋の森)

 「将棋道場に行くと恐縮しちゃうけれど、ここはおしゃれ。禁煙だし、ニックネーム制も親しみがあっていい」。しげるちゃんこと松崎由記さん(30)が将棋に触れたきっかけはオンラインゲーム。「将棋の魅力は実力だけで競うところ。勝つと快感だし、負けたら悔しく、向上心がわく。同じようなレベルの人たちで切磋琢磨(せっさたくま)できるのもいい」

 若者世代がもっぱら楽しむのが将棋AI(人工知能)を搭載したゲームアプリ「将棋ウォーズ」だ。2012年にサービスを始めて以来、会員数は右肩上がりで増え、現在は350万人を突破した。会員を世代別にみると、3年前は5割程度だった10~30代は今や8割近くを占める。

 ゲームアプリはアイテムを購入して有利に戦うものが多いが、将棋アプリはガチンコ勝負。「課金アイテムがないと勝てない」風潮に嫌気がさした若者にとって、運の要素も少ない将棋の勝負は新鮮に映る。

 東京・四谷。平日の午前7時半に「ねこまど将棋教室」を訪れると、盤面を真剣にみつめる人たちの姿があった。仕事や学校の前に一局と集まった「将棋朝活」だ。

朝7時半から始まる「ねこまど将棋朝活」で対局する人たち(東京都新宿区)

 大学院生の橘一輝さん(26)は「頭がスッキリしているうちに指せていい感じ」と晴れやかな表情。始めた頃は周囲に指す人がおらずネット対局ばかりしていたが、道場に顔を出しリアル対局の魅力に目覚めた。朝早起きしても「リアルだと学べることが多いから」と苦じゃない様子だ。

 ねこまど将棋教室では4月から将棋朝活を開催。講師を務める砂村洋輔さんは「若い人の参加者が増えている」と話す。

 「よろしくお願いしまーす」。東京・渋谷のオシャレなカフェの一角で、4人ずつの男女がおもむろに盤面を挟み将棋を指し始めた。将棋と合コンを組み合わせた「将棋合コン」の開局だ。

 将棋も合コンも好きだと語るITエンジニアの古橋朋孝さん(30)が企画した。ルールも知らない女性と将棋好き男子がチームとなり、女性に教えながらペアで計4局たっぷり交流した。「かわいい子が集まったし、男はいいところ見せようと必死でした」

ランサーズではオフィスの一角に将棋盤を並べて昼休みに楽しんでいる(東京都渋谷区)

 パチ、パチ――。クラウドソーシング大手のランサーズ(東京・渋谷)を訪れると、オフィスの一角にある畳で社員が将棋を指していた。同社は14年末に将棋部を発足。当初は数人だったが、10人を超すまでに増えた。

 昨夏に入社した野島亮佑さん(27)は羽生善治名人の活躍を見て小学生の頃に将棋を始めた世代。いつの間にか冷めてしまったが、「最近のブームで将棋熱が戻ってきた。部署が違う人と交流できるので、距離が縮まった気がする」と話す。

 同社では新入社員と対局する「歓迎指し」などのイベントも開催。「エンジニアは口下手が多いので、将棋はコミュニケーションのツール」と部長である開発部の金沢裕毅さんは話す。

 電通子会社の電通デジタルが今年4月に将棋部を開設するなど、IT(情報技術)企業を中心に将棋部を新設する動きが出ている。きっかけはコンピューターと棋士が戦う「電王戦」。「AIが人間を負かす時代になり、逆に開発者魂に火がつき将棋の駒を手に取るようになった」(IT企業勤務の男性社員)

映画も追い風、ロケ地巡礼も

 将棋ブームのもう一つの追い風は映画だ。3月から上映の映画「3月のライオン」は15歳で将棋のプロになった少年の成長を描く。将棋漫画だと「この1手がすごい」という描き方をしがち。「勝負にかける内面の感情を棋譜で表現して、ルールがわからない人でも理解できるようにした」と白泉社の友田亮・第3編集部部長は語る。

 連載当初からあえてターゲットの年代や性別などは設定せず、「自分を表現できずに苦しんでいる主人公に理解できる人すべてが読者」(友田部長)にした。その結果、世代や将棋経験を問わずにファンを獲得した。

 映画「3月のライオン」は配役も若い女性層の心をつかむ。主人公役の神木隆之介さんのかっこよさにほれ込み、将棋への関心を持った女性も。

 東京・新宿の学生、伊藤那菜さん(22)は映画を見て、「聖地巡礼」のために母親と将棋会館を訪れた。「ここが舞台だったのかと実感できた」と満足顔。同じく「聖地」で将棋会館の向かいにある鳩森八幡神社にも行くといい「かわいいコラボグッズがもっとあったらほしいし、いつかルールも覚えたい」。

 将棋盤を前に静かに正座している棋士も、心の中では勝利への執念をマグマのように煮えたぎらせている。「おとなしくなった」と言われて久しい現代の若者世代だが、棋士の姿を自らに重ねているのかもしれない。

◇           ◇

ネットで優良コンテンツに化ける

 将棋の"若返り"の立役者となっているのがネット放送や交流サイト(SNS)だ。初心者も引きつける工夫を凝らし、コンテンツとしての可能性を押し広げている。

「炎の七番勝負」の藤井四段と羽生3冠の対局は3時間で65万の視聴数を稼いだ

 インターネットテレビ局「アベマTV」が2月にスタートした「将棋チャンネル」では24時間365日編成でプロ棋士の対局を放映する。番組のプロデューサーの塚本泰隆さんは「将棋は文化として広く浸透している。ルールなら知っている人は多く、切り取り次第で化ける」とにらむ。

 藤井聡太四段が先輩棋士に挑む「炎の七番勝負」は、藤井四段の快進撃もあり最終戦の視聴数は3時間で65万に達した。「大事にしているのは入りやすさ」(塚本さん)といい、解説は初心者でもわかるよう専門用語もかみくだいて説明。画面はぱっと見て形勢がわかるよう「優劣メーター」を表示する。昼休みに何を食べているのか、普段は何をしているのかなど、棋士のひととなりにもスポットを当てる。

 棋士による「情報発信」がファンの入り口となるケースも増えている。

 女流棋士の香川愛生さん(24)は将棋の話題だけでなく、プライベートの旅行や趣味のゲームについても積極的にツイッターで投稿。フォロワーは2万4000人を超える。「ゲームの投稿からフォローしてくれる人も多い。将棋にも少しでも興味がもってくれたらうれしい」。今や「会える棋士」として個性派ぞろいの棋士たちのファンになる人も増えている。(世瀬周一郎、二村俊太郎)
[日経MJ2017年6月21日付に一部加筆、日経電子版から転載]

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>