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「西海岸より南武線」
トヨタの広告ポスターが話題に

徳力基彦 authored by 徳力基彦アジャイルメディア・ネットワーク取締役
「西海岸より南武線」トヨタの広告ポスターが話題に

 7月27日、ある駅貼りの広告がインターネット上で話題になった。「シリコンバレーより、南武線エリアのエンジニアが欲しい。」や「えっ!? あの電気機器メーカーにお勤めなんですか! それならぜひ弊社にきませんか。」などと、吹き出しに様々な採用の勧誘コメントが書かれたポスターが、神奈川県内などを走るJR南武線の階段やエスカレーター付近の壁に貼り出されたのだ。

 この広告を展開したのはトヨタ自動車。最近の自動車は自動運転や「つながる車」などの進展により、大型家電化が進んでいるとも言われる。広告は、そういった開発に必要なエンジニアの採用候補者として、南武線沿線の大手家電メーカーの社員にターゲットを絞ったと受け止められた。

 採用対象の企業を絞ってメッセージ性の強い広告を展開した点も面白いが、ここで注目したいのは駅のポスターという、一見地味な昔からある広告手段を活用した広告が、あっという間にネットで話題が広がった点だ。

 もちろん、こうしたポスターがネットの話題の起点になるという現象は、今に始まったことではない。

 2015年には、東京六大学野球の早慶戦に向けて制作した宣伝ポスターが話題になり、2日間で6万人を超える集客に成功するという事例もあった。野球部員だけでなく、チアリーダーやマスコットなどがにらみ合う構図や「ビリギャルって言葉がお似合いよ、慶應さん。」「ハンカチ以来パッとしないわね、早稲田さん。」といったキャッチコピーが大きな話題を呼んだのだ。

 似たような現象は、ポスターだけではなく新聞広告でも発生している。

日経MJの広告でもSNSで話題になったものがある

 16年には、キリンビールが人気アイドルグループの嵐を起用した新聞広告を新聞社・地域別に複数種類つくって出稿。嵐のファンが交流サイト(SNS)上でどの新聞に誰の広告が出ているかを情報交換しあうなど大きな話題になった。オークションサイトで検索すると、いまだに当時の新聞広告がプレミア価格で出品されているほどだ。

 スマートフォン(スマホ)の普及は、紙媒体に載るような「写真」を起点にしたクチコミの伝播力というものを明らかに強めている。

 技術的なことで言えば、トヨタが駅のポスターに貼りだしたのと同じ広告を、南武線沿線で働くエンジニアに位置情報や属性情報で絞り込んで、ネットの広告で表示することは可能になりつつある。ただそうしたネット上のバナー広告などの企画が、今回のポスターのようにオンライン上で一気に話題になるのは難しいだろう。

 今回のポスターが話題になったのはむしろ、いつもと同じ通勤ルートの駅に唐突に出現したからだろう。目の前に出てきたポスターに驚いたり、笑ったりした人が、それを他の人にも知ってほしくて「写真」を撮ってシェアしたわけだ。

 打ち込み作業が伴う「文字」に比べれば、「写真」は伝える側も撮影してアップするだけで簡単だ。しかも視覚で鮮明に伝わりやすい。

 では写真に撮ってもらいやすい広告メディアは何か。そう考えると、ポスターや新聞広告のように大きなリアルの広告は、スマホの画面の中の広告よりも、写真でシェアしたくなる要素を埋め込みやすい存在であることに気づく。写真を撮ってもらうというのは、実はテレビCMのような動画広告も苦手分野だ。

 今回のトヨタの広告は、純粋に南武線沿線のエンジニアを対象にしていただけで、ネット上で話題になることは狙っていなかったかもしれない。しかし駅のポスターの前を通過する人数以上に、明確にネット上で大きな広告効果を生む結果になった。

 今後の紙の広告は、単純な歩行者や読者への露出だけでなく、SNSでのクチコミの起点としての役割も期待されるようになるはずだ。
[日経MJ2017年8月4日付、日経電子版から転載]

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