日本経済新聞 関連サイト

OK
[ career-働き方 ]

ヘリウム不足を救う高温超電導
日本が大きな成果

ヘリウム不足を救う高温超電導 日本が大きな成果

 多くの病院に設置されている磁気共鳴画像装置(MRI)やリニアモーターカーなどに利用される超電導磁石で、冷却に欠かせないヘリウムの供給不足が懸念されている。ヘリウムをできるだけ使わずに超電導磁石を実現する技術の確立が重要な課題となっている。その目標を達成する高温超電導の実用化に向けた研究で日本が大きな成果を上げつつある。

 将来的にヘリウムを入手しにくくなると、どれほど困るか、一般に想像する以上に深刻だ。MRIに組み込んだ強力な超電導磁石は、冷却材のヘリウムが不足すると使えなくなる。JR東海が2027年に開業予定のリニア中央新幹線もヘリウムが希少な資源として高価になると、運賃に跳ね返る恐れがある。

三菱電機、ヘリウム不要のMRIを開発

高温超電導を利用した小型MRI(三菱電機提供)

 兵庫県尼崎市にある三菱電機の先端技術総合研究所では新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトでヘリウムを使わないMRIの開発が進められている。現在のMRIは、零下269度で液化したヘリウムでニオブ・チタン合金製の超電導磁石を冷やして使う。超電導はある種の金属が低温で電気抵抗ゼロになる現象。線状に加工してコイル状に巻くと、電流が減らず、強力な磁力を出せる。しかし最大の弱点は極めて低い温度まで冷却が必要なことだ。ニオブ・チタン合金を超電導状態にするためには液体ヘリウムが必須になる。

 三菱電機では液体ヘリウムが沸騰して気体に変わる温度より高温で電気抵抗がゼロになる銅酸化物系「高温超電導材料」の線材でMRI用コイルの開発に挑んでいる。電気式冷凍機で冷やせる零下253度での使用を想定している。冷凍機の冷媒にはヘリウムガスを使うが、現在のMRIで冷却に使うのに比べると1000分の1の量ですむ。昨年5月までにコイル内径36センチ、検査対象を入れるボアと呼ぶ穴の内径20センチの小型機を試作。3テスラ(テスラは磁場の単位)でマウス胎児の鮮明な断層画像の撮影に成功した。

 試作したコイルの内径は、人を撮影するタイプの3分の1。現在、コイル内径56センチ、ボア径50センチの2分の1モデルを開発している。MRIが作り出す強力な磁場が外部に広がらないようとじ込めるため、コイルの外側を覆って逆向きの磁場を発生する外径120センチのシールドコイルを同時に開発。早くて2018年10月に2分の1モデルで動物の断層写真を撮影するのが目標だ。

高温超電導のMRIで撮影したマウス胎児の断層写真(三菱電機提供)

 2分の1モデルに続いて最終的には病院で使うコイル内径98センチ、ボア径90センチの実機モデルの開発を目指している。「銅酸化物系超電導線材の価格はニオブ・チタン合金製より1桁高い。高温超電導MRIが普及するためにも、同等の価格に下がってほしい」と横山彰一主席研究員は言う。

 零下196度と液体ヘリウムより温度が高く、安価な液体窒素で冷やしても超電導になる銅酸化物が米国と日本で発見されたのは1987年以降。米国で見つかったのはイットリウムを中心とするレアアース(希土類)を含む「イットリウム系」、日本で見つかったのはビスマスを含む「ビスマス系」の高温超電導材料だ。身近な送電線やモーター、超高速コンピューターなど様々な産業分野に応用できるという期待感が高まり、それまで超電導とは無縁だった企業も研究や調査活動に参入した。

 ところが銅酸化物は茶わんと同じセラミックスのため割れやすく、いったんヒビが入ったら戻らない。実験室の小さな試験片では魅力的な性能を示しても、長い線材に加工すると途中の欠陥で大きな電流は流れないなど扱いにくい材料だった。産業応用を期待して参入した企業の多くは、ほどなく失望して撤退した。

住友電工、高温超電導線材開発と応用で世界をけん引

ビスマス系高温超電導線材。幅4ミリメートルのテープ状(住友電工提供)

 そうした中で踏みとどまり、高温超電導の線材開発から応用展開まで誰もが世界のリーダーと認めるのが住友電気工業だ。現在、実用的な性能のビスマス系高温超電導線材をつくれるのは世界で住友電工だけ。フジクラ、昭和電線、古河電気工業の米国子会社のほかロシアや韓国のメーカーなども手掛けるイットリウム系線材でも、将来のニーズに応えるため開発を進めている。

 住友電工は線材だけでなく他社と組んでこれまで次々と様々な機器の開発を手がけてきた。最も代表的なのは大電流の送電に使うケーブルだ。これまでに日本だけでなく、米国や韓国のプロジェクトにも参加した。現在の送電網を置き換える交流だけでなく、将来を見据えた直流の送電実験でも成功し、既存の置き換えや新規の敷設を待っている。

 しかし既に敷設されている銅ケーブルを全く新しい高温超電導ケーブルに置き換えるかどうかは電力会社の判断しだいだ。銅ケーブルに対して、新たに液体窒素で冷却するシステムが必要だったり、敷設や保守管理の方法も違ったりして、スムーズに置き換えが進むとは考えられない。

住友電工が販売する冷凍機冷却超電導マグネットシステム。ビスマス系超電導線材を使い、液体ヘリウム不要で零下約250度に冷却できる

 そこで住友電工は政府からの支援も受けながら送電ケーブル以外の応用機器の開発も進めてきた。川崎重工業が2013年にNEDOの助成で試作した船用超電導モーターの開発に協力し、ビスマス系超電導線材を製造した。それと前後し、自社でビスマス系超電導線材を使った「冷凍機冷却超電導マグネットシステム」を製品化した。冷凍機で零下約250度まで冷やし、磁力をプラスマイナス6テスラで変化させながら、自動車や音響機器に用いられるネオジム・鉄・ホウ素系など永久磁石の特性評価向けにカタログ商品として販売している。

 三菱電機と同様にMRIの開発にも参加した。科学技術振興機構(JST)のプロジェクトで、12年まで神戸製鋼所や京都大学、物質・材料研究機構が開発した3テスラのMRI用高温超電導線材は住友電工製だ。ビスマス系超電導線材はイットリウム系に比べて磁場に弱い。コイル状に巻いて自分で発生した磁場を受け、臨界電流が減る量がビスマス系より多い。そのため同じ3テスラのコイルも巻き数が増えてMRI全体が大きくなると思われがちだ。しかし「3テスラならビスマス系でもMRIの寸法はそれほど変わらない。ビスマス系を使うMRIは将来の製品として特に期待している」と超電導製品開発部の加藤武志部長は言う。

送電は鉄道が先行

超電導ケーブル(手前)を使って電車に電気を送る実験風景(鉄道総研提供)

 高温超電導ケーブルが市中の送電網でいつ使われるかまだみえない。これに対して鉄道での利用が先行する可能性もある。かつてリニア中央新幹線の元となる超電導リニアモーターカーを開発した鉄道総合技術研究所では今、鉄道に送る電力を5%減らせる技術の開発が進められている。従来の銅ケーブルを高温超電導ケーブルに変えた直流送電実験だ。

 銅は電気抵抗があるため長距離の送電中に電圧が低下する。電車の走行中はある一定以上の電圧を保つ必要があり、数キロおきに電気を供給する変電所を設けている。変電所1カ所を維持する費用は様々だが、だいたい年間2000万円ほどかかるという。高温超電導ケーブルは電気抵抗が無いため電圧が下がらない。その結果、変電所間の距離を延ばし、変電所の数を減らすことができるのだ。

 さらに電車が減速するときに回生ブレーキで発電する電気も利用しやすくなる。現在は発電した電気はすれ違う電車にしか送れないが、電気抵抗の無い超電導ケーブルを使えば、距離の離れた電車に供給できるようになる。

 これまで政府予算の支援を受け、東京都国立市にある研究所に設置した310メートルの超電導ケーブルを使い、最大電流1000アンペア、電圧1500ボルトで予備的な実験を進めてきた。超電導の効果があることを確認した。「いよいよ都市部での利用を想定した実験に着手できる」と研究開発推進部の富田優担当部長は意気込む。

 東京都日野市にある実験所に408メートルの超電導ケーブルを敷設した。最大電流をこれまでの8倍の8000アンペアに高めた実験に間もなく着手する。21年3月までに基本的な実証試験を済ませる。「できるだけ早い時期に採用されることを期待している」と富田担当部長は言う。

 1987年から世界中で始まった高温超電導の研究で生き残った企業や研究機関は少ない。今のところ応用研究は日本が最も進んでいるとみられるが、韓国や中国、ロシア、米国がすぐ後に続く。今話題の有機ELの研究で最初に日本企業がリードしたが、途中で息切れして製品化で韓国企業に先行された。高温超電導でこの轍を踏まずに、産業利用でも日本が世界をリードできるか。産業界の最後の追い込みとともに、手遅れにならないうちに開花に向けた政府の支援を期待したい。
(科学技術部 黒川卓)[日経電子版2017年7月17日付]

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>