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[ skill up-自己成長 ]

数学×音楽=創造!(7)数学科だった私が
東京大学ジャズ研究会で学んだこと

中島さち子 authored by 中島さち子ジャズピアニスト・数学者・人材育成コンサルタント
数学×音楽=創造!(7) 数学科だった私が東京大学ジャズ研究会で学んだこと

 大学3年になり、私は東京大学駒場キャンパスにある理学部数学科に進学しました。一方、音楽への興味が少しずつ増していた私は、本郷キャンパスにあるジャズ研ことジャズ研究会に徐々によく顔を出すようになりました。そこには、誰かのコピーではない、自分なりの音楽を模索するさまざまな音楽好きが溢れていました。

 私は、個人的には余りアマチュア、プロという言い方は好きではありません。音楽とは本来、生活や社会の中に根差したものでると思うためです。が、もしも音楽にアマチュアとプロフェッショナルの違いがあるとすれば、それは第一義に自分の音があるか否か、だと思っています。

 Bill EvansやMiles DavisやKeith Jarret に憧れ、その中でもぞくぞくするフレーズに対し、どうなっているのだろうと調べ、音色に至るまで真似して練習しようとすることはとても素敵なこと。ただ、それをただただコピーしているうちは、彼らの域には絶対に近づけない。無謀でも彼らがどんなことを考え、感じながら生きていたのかにまで深く思いを馳せ、自分なりに音楽と向き合う。その中で、自分の人生や価値観が少しずつ音に結晶化され、そんな結晶が誰かと出会いぶつかり化学反応を起こしていき、新しい「何か」が産み落とされていくのだと思っています。

セッションの魅力にとりつかれて

音楽仲間と海に行った時の思い出(ドラム斎藤良さん、パーカッションのYさんと)

 そういう意味では、当時の東京大学ジャズ研は通常の大学サークルのかなり先を行こうとする実験の場でした。皆が皆、ジャズや音楽全般への造詣が深いだけでなく、自分なりの表現をも模索し、過去と未来を繋ぐ点として自分を置いていました。その際、異なる音楽がぶつかりあう「セッション」は大きな意味を持つものであり、私は現役若手ミュージシャンのスリリングなセッションをジャズ研で目の当たりにして、大きく心を奪われることになります。

 当時のジャズ研には、少し先輩に素晴らしいサックスプレイヤーである森田修史さん、最近はフラメンコギターでも活躍するギターの関根彰良さん、歌手として優れたユニークな活動をしているNobie、当時ジャズ研部室の主と化していたドラムの田村陽介君など、個性あふれるメンバーがいました。

 他にも、当時24時間音を出せたジャズ研の部室には、深夜になると学外からもさまざまなプロミュージシャンが集まり、よく躍動的なセッションが繰り広げられていました。ギターの荻原亮さん、ドラムの小松伸之さん、斎藤良さん、ベースの小泉P克人さん、当時まだ学生であったベース織原良次君、池尻洋史君、ピアノ石田衛さん.........今こうして思い返してみると懐かしいセッション風景が生き生きと蘇ります。

大学時代に知り合った音楽仲間と(ドラムは伊藤宏樹君)

 特にNobieとは人間的にも音楽的にも意気投合し、その後数年間本当に音楽について日々熱く語り合いながら、とても濃い時間を共に過ごしました。ブラジル界の最高峰歌い手であるElis Reginaの演奏や録画を見て皆で感動し涙したり、独特の「間(ま)」を持つ美しい音楽を生み出すAhmad Jamal(ピアノ、作曲家)の音楽を研究したり、Miles Davis(トランペット、作曲家)60年代の音楽に衝撃を受けたり。彼ら音楽家の生き様なども知りながら、徐々に音楽の魅力の沼に入り込んでいきました。

 本当に文字通り互いに「切磋琢磨」してきた私達は、音楽の魅力に取り憑かれたまま、大学卒業と共に一人ひとりの道を歩みだすことになります。

数学の道か音楽の道か

 こうして音楽に魅惑されてきた私はジャズ研だけでなく、夜、都内のさまざまなセッションハウスにも顔を出し、未熟ながらにもいろいろなセッションに挑戦するようになりました。高田馬場「イントロ」には、サックスの守谷美由貴さんが当時日々いらっしゃったり、阿佐ヶ谷「マンハッタン」ではピアノの野本晴美さんがいらしたり、大塚「ドンファン」ではドラムの原大力さんをはじめとするミュージシャンが沢山集い朝まで熱いセッションを繰り広げたり。

大学時代IMOルーマニア大会をお手伝いした際、フランスリーダーのデシャンと

 こうしたセッションハウスでは、所謂アマチュア音楽家でも順に弾かせてくれ、場合によって褒めたり辛辣極まりない言葉をかけたり...としてくれます(笑)。音楽、特にジャズは完全に独学で学んでいた私にとっては、こうしたセッションハウスでの体験は「アンサンブル」の妙味に近づくための重要な重要な挑戦・実験の場であり、全身を通して音楽を学べる貴重な機会でした。一人でCDを聞きながら練習していても決して得られないスリリングな瞬間の美学が、そこにはありました。

 まだまだ数学の魅力にも取り憑かれていた私は、昼はスターバックス等のカフェで数学書を読みふけり(類体論や表現論、代数幾何学等)、ゼミの準備をしたりしながら、夜はジャズの世界に繰り出し...と、若いながらに無茶な生活をしていたように思います。

 高校生の頃から「ゼータ関数」と呼ばれる、素数のさまざまな秘密を知っている不思議な関数に魅惑されていた私にとって、数論・表現論の世界は知れば知るほど奥が深い魔法の山脈のようなものでした。

 数学の世界にもマイルスやエリスのような非常に魅力的な素晴らしい数学者が大勢います。20歳にして決闘で命を落としたが現代数学の幕開けとなるアイディアを産み落とした異才エヴァリスト・ガロア、2次のゼータ関数を発見したインドの数の魔術師シュリニバーサ・ラマヌジャン、合同ゼータ関数についての美しきヴェイユ予想を残したフランスの数学者アンドレ・ヴェイユ、スキームという概念を用いて代数幾何学の世界を抽象的に把握し全面的に書き直した天才アレクサンダー・グロタンディーク...こうした数学や音楽の世界に出会えた私は、本当に心から幸せだと思います。

2010年、ファーストアルバム"Rejoice"の頃

 彼らのように(多くの場合数ある厳しい困難を乗り越えて)魅力的な人生を生き切った数学者・音楽家に出会うほど、生きることの可能性、何かを追い求めることの可能性の深さに感銘を受け、勇気をもらいます(この連載でもまた改めて、さまざまな音楽家や数学者について詳しく紹介してみたいと思っています)。

 日本においても、魅力的な素晴らしい数学者である(国際数学者会議で鶴の恩返しとゼータの関係についてまで講義した)加藤和也先生や、深くお世話になってきたゼータ関数の大家である黒川信重先生、高校2年の時にサマースクールでお会いして以来非常に深い刺激を受け、お世話になった数論幾何学の大家藤原一宏先生など、魅力的な先生方に出会い、数学への思いも新たにしていた私にとって、数学か、音楽かという選択はかなりシビアなものになっていました。

 そして迎えた大学4年の夏、私は悩んだ末に大きな決断をすることになりました。

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