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高専発「正義のハッカー」
金の卵を15歳から育成

高専発「正義のハッカー」 金の卵を15歳から育成

 日本のものづくりの実践的技術者を数多く輩出してきた高等専門学校(高専)。産業・社会構造が大きく変わるなかで今、高専生の頭脳と手はディスプレーとキーボードに真剣に向かう。若い感覚でデジタル技術を貪欲に吸収する。考え、閃(ひらめ)くのはお手の物だ。電脳戦に挑む姿を追った。

ボードゲームで実戦(石川高専)

 「よし、このサーバーを落とそう。いいよね」。6月15日、石川工業高専(石川県津幡町)に今年できたばかりの演習室で電子情報工学科4年の森幹太さん(18)がメンバー3人に向かって語りかけた。その目は真剣だ。

 電子情報工学科4年生(約40人)が10組に分かれ、サイバーテロにどう立ち向かうかを学ぶ一コマ。教材はロシアの情報セキュリティー会社、カスペルスキーのボードゲームだ。電力施設版や金融サイト版などがあり、学生が挑んだのは自治体版。自治体は住民の個人情報など売買されやすいデータを保有し、インフラ関連やウェブサイトなどが標的になりやすい。

 制限時間は90分。ボードゲームは指示の書かれた30枚のカードを使い、いかに重要な部署のサーバーを守るかがカギだ。対応に要する時間や金額は実際に起きた事例に即している。実戦さながらの緊張感が漂う。

 最も高いポイントを獲得したのは森さんのいるチーム。「何が起きているか推測しながら対応するのが面白かった」。考えて閃く技を磨いていく。

 学生たち以上に真剣なまなざしでこの光景を見守る人たちがいた。全国の国立高専の情報セキュリティー担当の教員などだ。実は演習室で行われていたのは教員向けの講習会だったのだ。国立高専を束ねる国立高等専門学校機構は産業・社会構造の変化を受けて情報セキュリティー人材の育成に積極的だ。

 機構は昨年、高知、一関、木更津、石川、佐世保の5つの高専を指定し、15歳からサイバーテロに立ち向かう「早期情報セキュリティー人材の育成」を目的としたカリキュラム(教育課程)開発に乗り出した。「正義のハッカー」育成の舞台は高専。名付けて「ペンタゴン高専」だ。

人材13万人不足

 このプログラムの中核拠点校、高知工業高専(高知県南国市)の岸本誠一副校長(教授)はこう語る。「情報技術系を専攻する全国の高専生は全国で15%(約7500人)だが、あらゆるモノがネットにつながる『IoT』の進展で他の工学分野の85%(約4万2500人)にセキュリティー技術が求められている」

 背景にあるのは情報セキュリティー人材の不足だ。経済産業省の調査ではこうした人材は現状13万人不足し、2019年には19万人に拡大する。

 高専は質、量の両面で人材育成を進める。まずは高専生全体の80%に技術者として必要な技術を習得させる。1~2年次に基礎を教え、3年次からの専門教育に機械や電子など各分野で最低限必要なセキュリティー教育を組み込む。国立51高専を訪ねて教える「キャラバン隊」を始め、セキュリティー教育で後れを取る学校への拡大を急ぐ。

 情報系技術者を目指す高専生にはより高度なセキュリティー教育を行う。飛び抜けたセキュリティー技術を持つ1%以下の高専生にはさらに専門的で実践的な教育プログラムを設け、トップレベルの技術者の継続的な輩出を狙う。この世代の人口は各年齢で約100万人。高専に進むのが1万人だからその1%以下の100人以下の超エリートを生み出そうとする意欲的なプログラムだ。

 高専には数学が三度の飯よりも好きという学生が必ずいる。大学レベルの数学を独学で学び、物理学の世界へ足を踏み入れ、それを深めようと高専の門を叩(たた)く猛者もいる。彼らこそが1%を担う金の卵なのだ。

 木更津工業高専(千葉県木更津市)の米村恵一准教授は外部と連携しセキュリティー関連の演習型イベントを重ねる。警察庁とデジタル鑑識技術の演習を、LINEとオンラインゲームへの攻撃・不正対策の講義を行うなかで「企業との渉外担当など、自然と学生も継続的な役割を担うようになった」。セキュリティー会社を招いた技術習得の合宿では他校の高専生にも門戸を開き、切磋琢磨(せっさたくま)を促した。

大学生抑え優勝

 高知高専は高専で初めて「情報セキュリティコース」を始める。18年度の3年生からが対象で、プログラミングなどの情報処理技術から学び、5年時には高度で実践的な演習授業でトップレベルの技術者養成を目指す。

 高専の人材の厚さを示す実績もある。5月末に和歌山県で学生向けに開かれた情報危機管理コンテストで、木更津高専の米村研究室の有志4人のチーム「Yone―labo」が東京大学など並み居る大学生、大学院生らを抑えて優勝した。研究室には一般に4年生の後期から入るが、優勝メンバーのうち3人が2、3年生だった。

 優勝メンバーで5年の小高拓海さんは2年前にランサムウエア(身代金要求型ウイルス)に遭遇し関心を持ち研究、得意分野とした。専攻科でさらに2年間研究を進め、マルウエア解析のプロを目指すという。

 木更津高専のメンバーは国内最大のハッカー大会、SECCON(セクコン)で今年度に招待枠として参加する。大会側は昨年から高専枠を設け、ひのき舞台を用意する。

 高専は地域の情報セキュリティーの砦(とりで)にもなりつつある。特に熱い視線を注ぐのは警察だ。高知高専は昨年、高知県警とサイバー犯罪などの対応強化に向けた協定を結んだ。富山高専(富山市)、鶴岡工業高専(山形県鶴岡市)の教員がサイバー犯罪関連のアドバイザーを委託された。

 リアルなものづくりの担い手として生まれた高専にバーチャル、サイバーの世界からも秋波が送られている。

IoT教材はOBに任せろ

 高専の教員にとってセキュリティー教育はまだ手探りの段階だ。ソフト開発などを手掛けるヘマタイト(東京・品川)の茨木隆彰代表(26、写真)は高専卒業生の視点から教材作成に挑む。

 セキュリティーの世界でよく使われる「脆弱性」という言葉は、教科書に書いてあっても危険性や社会的意義までは想像しにくい。「実際の物で見えるようにしないと便利さが分からず、工学的な意義を理解できない」

 現役高専生の要求レベルも高い。5月末に情報危機管理コンテストで優勝した木更津高専の米村研究室のメンバーで情報工学科2年の丸山泰史さんは「基礎のプログラミングの授業の時間を、より高度で実践的な学習に充てたい」と話す。3年の斎藤遼河さんは「あらゆるモノがネットにつながる『IoT』時代のものづくりを学ぶには、セキュリティー以外に機械工学や電子など専門学科に縛られない仕組みが必要だ」と注文する。

 茨木氏はハッカー競技用ツールに続きIoTを学べる自動車型教材を5月に発表した。小型PCボードとカメラを搭載し遠隔で操縦できる。あらゆる部分に脆弱性を盛り込み、攻撃を受けて制御が利かなくなる際の動きが分かるようにした。

 高知高専の岸本副校長から話を聞き、工学的な意義を理解しやすいように心がけて製作した。東京大学でも採用されたという。茨木氏は次に、信号機のIoT教材を開発している。

 最近は企画・設計段階から脆弱性を作らないようにする「セキュリティー・バイ・デザイン」の概念が広がっている。茨木氏は「高専生は技術者としての自負を持ち意欲が高い。技術がどのように世界を変えるのかを可視化する想像力の手助けとなればいい」と話す。
(小柳優太、編集委員 田中陽)[日経産業新聞2017年7月4日付、日経電子版から転載]

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