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アイドルを独禁法で守れるか
公取委が研究会

アイドルを独禁法で守れるか公取委が研究会

 カルテルや企業の独占行為の摘発を担い一般の人々にはほとんどなじみのない「公正取引委員会」。霞が関でもひときわ特殊なこの役所に7月以降、昨年解散したSMAPをはじめとするアイドルファンからの「激励電話」が相次いでいる。雇用契約を結ばず働くフリーランスの人材の保護のため、公取委が独占禁止法の活用を模索していると報じられたためだ。それがなぜアイドルファンを刺激したのか。

 公取委は8月に専門家による研究会をつくり、厚生労働省やスポーツ庁などと一緒に労働市場と独禁法の関係について議論する。「委任契約」や「請負契約」で仕事をし、雇用契約を結ばないがために労働法制に守られていない人材が、企業に不利な取引条件を押しつけられるのを防ぐためだ。

コワーキングスペースで働くようなフリーランスの保護も議論する(東京都千代田区のSPACES大手町ビル)

芸能人事務所に接触

 そうした「雇用契約によらない働き方」をしている人材の典型が、芸能人やプロスポーツ選手。実際に公取委は、芸能人やプロスポーツ選手の契約実態を把握しようと大手芸能事務所やプロ野球球団などに接触している。そうした動きの一部が報じられ「解散の背景には事務所との確執がある」とみるSMAPファンの期待を高めたというワケだ。

 ただ、公取委は「個別の業界の摘発を想定した研究会ではない」(幹部)と、やや困惑気味。研究会での議論も、プログラマーやシステムエンジニア、デザイナーなどのようにフリーで働く専門人材全体をカバーする内容で、現時点ではややファンの期待先行といった状況だ。

 とはいえ、これまで公取委と芸能界やプロスポーツ界の間には浅からぬ縁がある。古くは1950~60年代にさかのぼる。松竹、東宝、東映など大手の映画製作・配給会社6社が「他社と契約している俳優が出演した映画は、自社の系列映画館で上映しない」という趣旨の協定を締結。これを公取委が問題視したが、東宝が協定脱退したのを機に状況が改善したため不問となった。

 78年には参院の法務委員会で、プロ野球のドラフトが「カルテル=不当な取引制限」に該当するかどうかが議論になった。

 ここに出席した公取委幹部は「プロ野球の選手契約は雇用契約に類似した契約であり、独禁法が想定する『取引』とは違う」と答弁して、カルテルには該当しないという考え方を示した。要するに「独禁法が対象としているのは独立した事業者同士の『取引』で、雇用契約のようなものは対象外」ということだ。

 わずか3往復程度のやりとりだが、この答弁はその後も引き継がれることになる。日本プロ野球組織が94年、新人選手の契約金への上限設定が独禁法に触れないかどうかを相談した際にも、公取委はこの考え方をもとにして「直ちに違反するものではない」と口頭で回答した。

 独禁法専門家のなかでは、こうした公取委の姿勢を疑問視する声がかねてよりあった。優秀な人材の確保競争が激化し、企業と人材の関係が多様化するなかで、「独禁法が保護対象としている類の契約ではなさそうだから」という理由だけで何もしなくて良いのか、という問題意識だ。

雇用契約も独禁法の対象か

 独禁法が専門の池田毅弁護士もかねて問題提起をしてきた1人。「芸能人と事務所のトラブルに限らず、雇用契約によらない働き方が広がる現在では独禁法を活用できる範囲は広がっている」とみる。ある著名な独禁法研究者もツイッターで「雇用契約が独禁法の適用対象外と考えたことはない」との考え方を示し、労働分野での活用に前向きだ。

 公取委の杉本和行委員長は「インターネットを通じて企業と人材がマッチングされることで、フリーランスという就労形態が今後増える。かつて類似した労働形態が存在したのが芸能界やプロスポーツ界。こうした世界への独禁法の適用は、これまでグレーゾーンとして対応してこなかった」と話す。副業・兼業なども含めて1000万人以上いるとされるフリーランスの人材。そうした人々にとってフェアな働き方とは何か。働き方改革の本質に関わる議論が、霞が関の意外な場所で始まろうとしている。
(八十島綾平)[日経電子版2017年8月1日付]

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