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北極海航路は任せろ
ウェザーニューズが自前衛星

北極海航路は任せろ ウェザーニューズが自前衛星

 ウェザーニューズが人工衛星を打ち上げた。北極海を渡る世界の船会社に、海氷がどうなっているか伝えるサービスが主眼だ。同社が初めて独自の衛星を持とうとして失敗した4年前のリベンジで、経営の幅を広げる上で大きな意味を持つ。

 7月14日、バイコヌール宇宙基地があるカザフスタン中南部はよく晴れていた。ロシア製ロケットのソユーズが、日本時間の午後3時36分に離陸した。ウェザーニューズの悲願である独自衛星を載せていた。

自社情報網整う

独自衛星が打ち上げられた瞬間。草開社長(手前)ら200人がモニターを見つめた(千葉市のウェザーニューズ本社)

 千葉市のウェザーニューズ本社でモニターを見つめていた社員200人は歓喜に沸いた。最初の挑戦だった2013年は打ち上げに成功したものの数カ月で使えなくなったため、まだ安心できるわけではなかったが、草開千仁社長は社員に呼びかけた。「衛星は会社が成長するうえで間違いなく重要になる」

 今回の「WNISAT―1R」はアクセルスペース(東京・中央、中村友哉社長)と製作した。重さは43キログラムで、50キロ以下の超小型タイプになる。高度600キロメートルで5年間、地球をまわり海象と気象を調べる。

 ウェザーニューズは船への情報提供で世界最大の企業。1年間で、海運最大手であるデンマークのマースクグループなど6000隻に提供する。

 うち半分は収益源のルート推薦サービスで、OSRと呼んでいる。船ごとに、予想される海象リスクを踏まえ、燃料の節約目標を実現するルートや、そのためのエンジン回転数などを船長らに提案する。たとえば自動車の運搬船に、通常ルートでは台風で商品に傷がつくかもしれない場合、到着の速さよりも揺れの小さなルートを薦める。

 同社のサービスのもとになる情報はすべて、世界の気象機関か、沿岸や船に取り付けた独自機器から得たデータだった。ここに新たに宇宙の視点が加わる。

 自社専用の衛星を持つ民間気象サービス会社はない。同社は、需要にこたえていくうえで他のサービスと同じ情報網を使っているだけでは限界があると考えている。

 衛星の最大の使命は、夏に数カ月間通れるようになる北極海で、航行のサポートの精度を高めること。会社の売上高145億円のうち、3割を占める主力の船舶部門で新たな需要を取り込む。

 商船三井は衛星に期待している。ロシア、欧州、東アジアを行き来して液化天然ガスを運ぶ計画を持ち、サービスの利用を検討している。加藤雅徳常務執行役員は、北極海ルートは砕氷船とともに進むが「厚い氷に囲まれれば立ち往生しかねず、安全のため情報がほしい」と話す。

 サービスの質向上の鍵は「GNSS―R受信システム」。ウェザーニューズが開発した。

 宇宙には米国の測位衛星があり、全地球測位システム(GPS)の電波が地上に向かって飛んでいる。独自の受信システムが、海氷で跳ね返った反射波を受け止める。その波の形の違いから、氷の状況を割りだす。

 同社も提供していたこれまでの観測サービスのデータは、主に太陽の光を使って撮影した衛星写真によって得られるものだった。悪天候で妨げられ、情報は週に数回しか提供できなかった。だが、GPS電波は天候と関係なく、常に氷をとらえる。今回の衛星は90分に1回、情報を取得する。これを同社が分析し、一部を船会社に提供する。

 地球温暖化で氷が溶け、北極海ルートに着目する船会社が増えた。最近はロシア北東部のガス開発に伴い、資材運搬で需要が急増。同社は16年に北極海航路で、往復を1回と数えて90回支援した。たった1年間で7倍を超えた。草開社長は衛星打ち上げにより「3年で倍増させたい」と話す。

航空向けも期待

 航空機部門でも今回の衛星はプラスに働く。6台のカメラで異なる地点から立体的に地上を撮影。台風の雲の高さや、火山の噴煙の高さを正確にとらえる。同社の現在のサービス画像は地上のカメラでみたものだ。

 雲の高さがわかれば、これまで雲を迂回していた航空機が雲の上を通過できる。噴煙の高さがわかれば火山灰の降る範囲を計算でき、火山が噴火したときすべての運航をやめるしかなかった航空機が飛べるようになる。

 同社は航空機部門でも船と同じように、ルートの推薦ができるところまでサービスを開発していくことを目指している。

 ウェザーニューズは衛星によって海でも空でもビジネスを広げられる。「今後も衛星を打ち上げる」と草開社長。

 独自衛星を持ったとしても企業としての理念は変わらない。むしろ、衛星の打ち上げは同社の原点を確認する作業だ。

創業者の故石橋博良氏

 ウェザーニューズは悲劇を繰り返すまいとして生まれた。1970年、商社に勤めていた創業者の故石橋博良氏の仕事にかかわっていた船が、爆弾低気圧が福島県いわき市を襲い、沈没して15人が亡くなった。石橋氏はショックの中で70年代に海洋専門の気象会社をスタートさせ、86年に現在の会社を設立した。そうした安全確保を求める流れの延長線上に、衛星の存在意義がある。

 草開社長は2006年に後を継ぎ、グローバルな経営と新サービスを目指している。アジアや欧州でサービス拠点を広げ、海外の研究機関と協力関係を築いている。ただ、売上高の8割近くをまだ日本で稼いでいる。

 会社のビジョンを聞かれ、草開社長はこう答える。「世界70億人の情報交信台になりたい」。天気に関係のない人など地球上にいない。衛星がビジョンへ弾みをつける。

溶ける海氷が契機

 ウェザーニューズが衛星を打ち上げて北極海の海氷を観測しようと動き出した理由は、創業者の故石橋博良氏が受けた相談がきっかけだった。

 「ぜひ、北極海航路を使いたい。海氷を観測できる仕組みはないか」

 台湾の船会社、エバーグリーン・マリンの船長が石橋氏に相談した。2003年のことだ。この船長の発言の背景には地球温暖化にともなう海氷の溶解があった。草開千仁社長によると、そのころ船舶業界は北極を通れるのではないかと話題にするようになっていた。

宇宙VBブーム

 「衛星を打ち上げる発想はまったくなかった」と、草開社長。今回の衛星の打ち上げ費用は約3億円だが、当時は衛星を打ち上げるために100億円規模のコストが必要と考えられていた。

 工学博士で現在、最高技術責任者をつとめる山本雅也執行役員が当時こう言った。「ミッションを明確にして、小型の衛星であれば数億円で打ち上げられる」。草開社長は、山本氏のこの発想によって今があると話す。

 当時、米国では宇宙ベンチャーのブームが始まろうとしていた。00年に米アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)がロケット会社のブルー・オリジンを設立、02年に米テスラのイーロン・マスクCEOがロケットのスペースXを興した。発想は価格破壊だった。

 ウェザーニューズが台湾企業の船長から尋ねられてしばらくたち、13年に1号機を飛ばした。08年に誕生していた小型衛星のメーカー、アクセルスペース(東京・中央、中村友哉社長)に協力を依頼した。ウェザーニューズは15年にアクセルスペースに出資している。

 最初は2台のカメラを積んで飛んだ。だが、放射線とみられる影響で電子機器が故障。打ち上げて数カ月で気象や海氷を観測できなくなった。

 ウェザーニューズは失敗のすぐ翌年に2号機の開発に着手した。衛星は15年に完成したが、打ち上げはずれ込んだ。ロケットに搭載する海外のメーン衛星やロケットの開発が遅れたからだった。

 ようやく飛び立った2号機について、アクセルスペースの永島隆取締役は「1号機とまったく別物になった」と話す。

 1号機になかったGNSS―R受信システムの仕組みはこうだ。全地球測位システム(GPS)の電波は、右回りに電場と磁場が回転する右旋円偏波だが、反射面が完全になめらかな場合、反射波は左旋に変わる。その右旋と左旋の混ざり具合を衛星内の機器でとらえることで、反射面の状態を感知し、海氷面と海水面を判別する。

 1号機は、近赤外線カメラと光学カメラの計2台を搭載。太陽光の反射波の写真の写り方の違いをとらえ、海水面と海氷を見分ける予定だった。

海流観測めざす

ウェザーニューズは衛星の信号を本社で受信する(千葉市のウェザーニューズ本社)

 ウェザーニューズは、衛星がビジネスの可能性をどこまで切り開くかじっくり検証していく。

 可能性のひとつは海流の観測。山本氏は「海面が動いているスピードを計算することができれば、海流をとらえられるかもしれない」と話す。

 海流の観測が可能になれば、天候よりも海流を重視している短期航海船に対して、ルートを推薦するOSRサービスを提供できる。今は数日間の短期航海船には同サービスを実施できていない。

 草開社長は海流を観測できればOSRサービスのターゲットになりうる世界の船が現在の2倍の2万隻になるとはじく。

 衛星がもたらしうるもうひとつのビジネスは、東南アジアの島しょ部や大陸の山奥の気象観測。現在は、観測機器を置いてもそのデータを集める通信ネットワークが不十分な場所だ。

 同社によると、航空機の飛行ルート途中の気象情報がわからないまま、目的地の気象のみを把握して離陸し、事故を起こすケースがある。衛星に通信機能を持たせれば、観測機器からデータを吸い上げ、地上の必要な場所へ送れる。

 草開社長は「衛星はまだまだ緒に就いたばかり」と話している。だが同時に、世界の生活とビジネスに貢献し、会社をどう成長させられるだろうかと、いくつもシナリオを描いている。
(毛芝雄己)[日経産業新聞2017年7月26日付、日経電子版から転載]

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