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「君が1番」には反発
デンマークで学んだ幸せのコツ
レア共同代表 大本綾氏(上)

「君が1番」には反発デンマークで学んだ幸せのコツレア共同代表 大本綾氏(上)

 国連が実施する世界幸福度ランキングで上位に位置し、「幸福大国」といわれるデンマーク。国際通貨基金(IMF)が発表する1人あたりGDP(国内総生産)も日本より高く、人口約570万人の小国でありながら、玩具メーカーの「レゴ」やビール会社の「カールスバーグ」など、世界的に活躍している企業もある。そんなデンマークに「カオスパイロット」という名前の、ユニークなハイブリッド・ビジネスデザインスクールがあるという。「教育デザインファーム」を掲げるレア(埼玉県越谷市)の共同代表、大本綾氏は開校以来初の日本人留学生。彼女はなぜデンマークに渡り、そこで何を学んだのだろうか。

レアの共同代表の大本綾氏

 私が友人と共同経営している「レア」は、教育デザインの会社です。レアとはデンマーク語で「学ぶ、教える」という意味。耳慣れない言葉かもしれませんが、デンマークには「文脈が異なると、教える人は学び、学ぶ人は教える。教育とは双方向で成り立つもの」という考え方があり、そこからとっています。

 勤務していた外資系広告代理店を辞め、デンマーク第二の都市、オーフスにある「カオスパイロット」に留学したのは2012年のことでした。カオスパイロットというのは、1991年に設立されたビジネスデザインスクールで、デンマーク国内で起業家を輩出し、08年には「ビジネスウィーク」誌で世界のベストデザインスクールの一つにも選ばれています。

社会変革のためのデザイン思考を学べる場所

 大学時代、米国に留学していた私は当初、ビジネススクールといえば米国という先入観があり、スタンフォードなど西海岸にあるスクールを中心にキャンパスを訪ね、授業を見学させてもらったり、学生にインタビューしたりしていました。

 学びたかったのは経営に必要なメソッドというよりも、ビジネスを構築するために必要なデザイン思考のほう。いくつかデザインスクールも見学させてもらったのですが、学べる期間が短かったり、競争率が高すぎたり、作品集の提出を求められることが多かったりして、なかなかこれはと思うところが見つかりませんでした。

 そんなとき、デンマークにあるカオスパイロットのことを知りました。デザイン思考を3年間、みっちり学べる。しかも、それがビジネスや社会的課題の解決にも役に立つ。音楽家やスポーツ選手、NPO関係者、アーティストなど多種多様な人たちが集まっていて、在学生や卒業生たちが皆、家族のように温かい人たちである点も、魅力的だと思いました。

 カオスパイロットはその成り立ちもユニークです。背景には、1989年に起きた「ベルリンの壁崩壊」の影響があったといわれています。また、当時スウェーデン、ノルウェー、デンマークの北欧諸国は不況に見舞われ、若年失業率も高くなり、仕事を作り出すことが大きな社会的課題の一つになりました。そこで、いつ、何が起こるかわからないカオスな状態でも、自ら仕事を生み出し、パイロットとなってナビゲートできる人材を育てようと作られました。

 3年制で、1学年36人の少人数制が特徴。800人を超える卒業生のうち、約4割が起業家になっていて、約5割はなんらかの責任ある地位に就いています。起業家といっても米アップルの創業者、スティーブ・ジョブズ氏のような人物を思い浮かべると、少しイメージが違うかもしれません。傾向としては社会起業家が多い。たとえばリサイクルの素材でドレスを作り、収益の一部をマサイ族の女の子の教育に役立てるなど。様々な利害関係者と協働しながら、ビジネスを通じて社会的課題を解決していくことを志向する人が多く、どれだけ多く稼げるかに興味を持つ人はほとんどいません。デンマークで多種多様な起業家と接し、正解は一つじゃない、と知りました。

他人と比較して褒めたら、嫌がられた

 彼らは基本的に自分を他人と比較されるのを嫌がります。「君が1番だ!」のような言葉を使って褒めても、デンマーク人はあまり喜んではくれません。私がそれを痛感したのは、クリエイティブリーダーシップをテーマにした授業を受けている時でした。

 「最高の自分を目指しなさい」と講師が言ったとたん、多くの手が挙がり、ある学生は「最高という言葉は、勝者と敗者を分けるので問題ではないか」と指摘しました。教室の外でデンマーク人に聞いてみても、反応はほぼ同じ。「ベストという言葉は好きじゃない。十分という言葉が好き。最高にはなりたくない」と言う人もいました。

米国とデンマークでは教育や競争に関する考え方が大きく異なると、大本氏は言う

 米国に留学した経験のある私にとって、これはとても意外なことでした。米国人の多くは褒め上手で、「すごいね」と褒めると、どうしてうまくいったのか、喜んで説明してくれます。少しぐらい自信がなくても、自信があるように振る舞っていればチャンスが回ってくるので、「できない」ことも「できる」と主張することが大事。ところが、デンマークではむしろ、「できない」ことは「できない」とはっきり伝えることのほうが重要であり、所属する組織や肩書とは無関係に「あなたはどう思うのか?」「なぜそれがあなたにとって重要なのか?」と聞かれることが多く、必然的に、自分はいったいどんな人間で、本当は何をしたかったのか、を考えさせられました。

自分にとって何が幸福か、根本にまで立ち返って考えた

 実は高校生のころ、将来はミュージカルをやりたいなと思っていたんです。高校時代、カナダに留学していたときに演劇の活動をしていたのですが、一つの舞台を全員でやり遂げることに魅力を感じていました。もっと幼いころは絵を描いたり、物語を書いたりするのも好きだったのですが、自分には才能がない、と決めつけて、いつの間にかしなくなっていた。ミュージカルの場合も同じで、進路の話をした際にほかの道を選んだほうがいいと言われることがあり、諦めてしまいました。

 デンマークに行く前、前職で4年間、外資系広告代理店に勤務し、テレビCMを作る仕事などをしていましたが、留学する前は、それが本当に自分のやりたいことだったのか、わからなくなっていました。

 売り上げも大事だと思いますが、ビジネスをもっと社会的課題の解決につなげられないかというのは自分のなかの好奇心としてありました。ただ、クライアントビジネスの中では難しいことも実感していました。そのときにキャリアチェンジを考えました。仕事を続けていく上では、何をすることが自分にとって一番重要で、幸せなことなのかという根本にまで立ち返って考える時間が必要であり、デンマークはそれをするのに最も適した場所でした。

デンマークでは24時間を3つに区切って考える

 デンマーク人の働き方は、とてもバランスが取れていました。彼らは1日24時間を8時間ごとの3つに分けて考えます。8時間働いて、8時間休んで、8時間寝る。結果を出さないと解雇されてしまう厳しさは、ある意味で日本以上ですが、そのためにも休むことと寝ることが大事だという考え方です。社会に必要なイノベーションを起こすには生活を根本から変える必要がある、とも感じました。

 よく寝なければ脳が活性化しませんし、家族や友人と過ごす時間がなければ、仕事に必要なモチベーションやインスピレーションもわいてきません。日照時間が短く、気温も低いデンマークでは、必然的に家にいる時間も長くなります。そのためか、彼らはあまり外食をせず、よく自宅に友人や知人を招いて食事をします。仕事以外の関係者と政治や宗教、趣味の話をすることで、企業人、家庭人、市民生活という、それぞれのバランスをうまく取っている気がしました。

 国連などの統計で、デンマークは常に幸福度ランキングの上位に位置しています。医療費や教育費が無料で、解雇されてもそれが即座に生活不安につながらないなど社会保障制度の充実も大きく影響しているとは思いますが、個人的に重要だと感じたのは、彼らはいつも自分の感情を大事にしているという点でした。

 自分の好きなこと・嫌いなことをよく知っていて、違和感のあることに対しては正直に向き合い、できないことはできない、とはっきり意見を言う。他人と比較して自分はより幸福かではなく、常に自分自身の中にある幸福感を追い求めているところが、デンマーク人にとっての幸福度を高めているような気がしました。

大本綾
 レア共同代表。1985年生まれ。2012年8月、デンマークのビジネスデザインスクール「カオスパイロット」に留学。帰国した15年、共同代表の坂本由紀恵氏とともに教育デザイン会社「レア」を設立。企業や行政、教育機関などに向けた研修事業を展開。

(ライター 曲沼 美恵)[日経電子版2017年8月24日付]

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