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「日本一の社長輩出」慶応義塾高
次は異端を創る
慶応義塾高校の古田幹校長

「日本一の社長輩出」慶応義塾高次は異端を創る慶応義塾高校の古田幹校長

 2018年に開設70年を迎える名門私立男子校、慶応義塾高校(横浜市)。慶応義塾大学の(付属高に相当する)一貫高校5校の中核校的な存在で、一部上場企業など有力企業の社長輩出数はトップといわれる。卒業生数は実に5万2千人に上り、経済界のほか、政界や芸能・文化界にも「慶応ボーイ」を次々送り出してきた。王道を行く卒業生が少なくないが、塾高の次の人材育成のキーワードは「異端」。横浜市・日吉の塾高を訪ねた。

OBにトヨタ社長などずらり

横浜市・日吉にある慶応義塾高校

 「ほら、あと一歩だ。がんばれ!」。8月上旬。慶大の日吉キャンパスと同じ敷地にある塾高。猛暑のなか、野球部の選手たちがうさぎ跳びに汗を流していた。今夏の神奈川県の地区予選ではベスト8に進出、過去には何度か、甲子園出場を果たした古豪だ。塾高の白亜の校舎は天井が高く、重厚な造り。夏休みで通常の授業はないが、校内には部活に励む生徒たちの声が響く。

 「確かに有名企業の経営者になった卒業生は日本一多いとかいわれていますね。まあ、昔は1学年900人もいましたから、今は約720人ですが」。塾高の古田幹校長はこう話す。塾高の1学年の生徒数は通常の公立高校の2~3倍の規模、慶大の一貫校は昔からオーナー系経営者の子弟が通う比率が高いといわれるが、それにしてもOBには著名な経営者がずらりと並ぶ。

 トヨタ自動車の豊田章男社長、東京海上ホールディングスの永野毅社長、中外製薬の永山治会長、星野リゾートの星野佳路社長、ゴールドマン・サックス証券の持田昌典社長――など数えだしたらキリがない。

 「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング社長やローソン社長などを経て、6月からハーツユナイテッドグループ社長になった玉塚元一氏も塾高出身だ。(小学校の)慶応義塾幼稚舎からの生粋の慶応ボーイだ。

玉塚氏はラグビー同級生

 古田校長は「ゴールドマン・サックスの持田さんは、ラグビーの先輩ですが、玉塚くんは同級生で、ずっとラグビーで一緒でした。天真爛漫(らんまん)な男で、のめり込むと一気にガッとやりますが、意外と固執はしないタイプですね」と話す。一方の玉塚氏も「学生時代はラグビー一筋でフランカー。勉強はしていたかな」と笑う。

慶応義塾高校の古田幹校長

 塾高出身の経営者とは様々な場面で取材するが、共通しているのは勉強よりもスポーツなどの部活に力を入れていたという点だ。星野社長は「スキー三昧だった」とホテル経営を本気で学んだのは、慶大卒業後に米コーネル大学大学院に留学した後だと話す。豊田章男社長もホッケー、大学進学後は日本代表に。全国クラスの選手になった経済人も少なくない。

 現在も塾高には全国大会に出場するクラブが多い。ラグビー以外にも、元プロテニス選手の松岡修造氏も活躍したテニス、サッカー、アメリカンフットボール、ボートなど。文化系の部活も盛んで「8割方の生徒がどこかの部に入ってます」と古田校長は話す。

アイドルスターも無遅刻無欠席

 塾高では授業を優先している限り、アルバイトをしたり、芸能活動をすることも自由だ。昭和の映画史を飾る石原裕次郎、加山雄三という両ビッグネームも出身者だが、最近ではアイドルグループ「嵐」のメンバー、桜井翔さんが有名だ。古田校長は「彼は高1の時は無遅刻・無欠席でした。まじめな生徒で、仕事と勉強をきちんと両立していた。先生も生徒も彼を悪くいう人は全然いなかった」と振り返る。

塾高の白亜の校舎、歴史も古い

 塾高は1学年18クラス編成で、全部で約2200人の生徒が通うマンモス高校。原則全員が慶大に進学できる。部活やバイト、芸能活動に精を出すのは自由だが、やはり甘くない。留年制度がある。1年から2年は15~20人、2年から3年、3年から大学進学時にはそれぞれ10人近くが落第する。部活や遊びにかまけると、落とし穴にはまる懸念もある。「僕らの時には、厳しい先生がいて、1クラス分の40人近くが落第したこともある。幼稚舎から大学卒業までストレートで進むのは結構しんどい」と30代の塾高OBは話す。

慶大医学部に22人

 塾高には猛烈に勉強するグループもいる。慶大医学部(1学年は約110人)に22人の推薦枠があるからだ。東京大学や京都大学の両医学部と並ぶ国内最高峰の難関学部に最も多くの学生を送り込む高校でもある。

 このほか文系で現在一番人気の法学部に約220人、看板学部の経済学部に約210人、商学部に約100人などと、慶大の文系主要学部でも塾高出身が高校別で最大勢力となっている。結果、「一貫校では珍しく、塾に行く生徒もいますね」(古田校長)という。ただ、普通の高校のように大学受験に奔走する必要はない。慶大はあらゆる分野の学問領域をほぼカバーしているため、外部受験する生徒はほとんどいない。

 日本を代表する正統派のリーダーを輩出してきた塾高。来年、70年を迎える名門校の次の人材育成のキーワードは「異端」だという。古田校長は「ここでいう異端とはイノベーションという意味で使っています。既成の枠組みにとらわれることなく殻を突き破って新たなものを創り出していくということです。今の生徒はまじめで優秀なんですが、小粒になってきた。そこで『正統と異端を兼ね備えた人間づくり』を新たな目標に、70年事業として様々な取り組みを始めています」という。

異端を創る教育棟を建設

70年事業として、本校舎の隣で新教育棟の建設が進む

 「正統と異端の協育」を実践するため、約5万2千人のOBや大学の資源も活用している。著名な起業家などを招いて講演会を逐次開催している。クラウド名刺管理サービスで台頭しているSansan(サンサン)創業者の寺田親弘社長も塾高出身。「自由な雰囲気が塾高にはありました。常日頃、将来は大きなことにチャレンジしたいと考えていましたが、現在では起業し、世界を変える新しい『当たり前』を生み出すべく日々取り組んでいます」と語る。後輩たちにイノベーションの意義などを訴えた。

 このほか企業と連携した実践講座のほか、慶大の協力のもとで司法試験や公認会計士の入門講座、科学講座などを逐次開く。大正製薬とマーケティングの実践講座を実施し、グリーンハウスと「食と健康」に関する講義と実習の開催を予定するなど、キャリア教育を次々実施する。「高大連携もどんどん進めていますが、高校3年生で公認会計士の試験に合格した生徒もいる」と古田校長は話す。司法試験と並ぶ難関試験に高校生で合格するのは極めて珍しい。

 海外留学など通じてグローバル人材の育成も進める。これらのプログラムを実行するため独自の基金を設立し、新教育棟も約33億円を投じて建設中だ。地上4階建て延べ床面積5800平方メートル。図書館機能を中心に卒業生との交流の場のほか、トレーニングルームや国際交流ルームなど設ける。

意外な課題

 ただ、意外な課題も浮上している。卒業生らに呼びかけている募金の目標金額は15億円だが、「実を言うと、そう簡単に集まらない」と古田校長は話す。慶大の「三田会」は日本最強ともいわれる同窓会で、結束の固さと集金力は他の大学の追随を許さない。塾高の卒業生も、同窓会から軽い飲み会まで様々な場面で集まり、人脈力は高校としては傑出している。

 だが、「三田会はあくまでも大学の同窓会なんです。卒業した大学、幼稚舎のように入り口となった小学校に寄付や募金は集まりやすいが、中間の高校はなかなか難しい」(古田校長)という。塾高から日本の未来を担うイノベーターが次々飛び出すのか。70年を迎える名門校の挑戦が始まっている。
(代慶達也)[日経電子版2017年8月20日付]

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