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[ liberal arts-大学生の常識 ]

「AIは人間の能力を高めていく」
米MITメディアラボの
伊藤穣一所長に聞く

「AIは人間の能力を高めていく」米MITメディアラボの伊藤穣一所長に聞く
 1993年秋に国内初といわれるホームページを開設して以来、日本におけるインターネットの普及に努めてきた米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの伊藤穣一所長が日本で本を出版した。英語の原題は『Whiplash(ウィップラッシュ=むち打ち)』。人工知能(AI)や自動運転など新たな技術革新が促すパラダイムシフトの中でどう勝ち残るのか、そのヒントを9つのプリンシプルズ(原理)にまとめた。来日した伊藤氏に出版の狙いと今後のAI時代に必要な心構えについて聞いた。(聞き手は編集委員 関口和一)

――新著『9プリンシプルズ』が日本でも話題になっています。

伊藤穣一MITメディアラボ所長

 「メディアラボに来て6年経つけど、インターネットで育った僕の哲学とメディアラボが今も存在する意味をこの機会に言葉にしておこうと思ったのが出版のきっかけです。英語のタイトルにある『ウィップラッシュ(むち打ち)』というのは、ぼうっとしていた時にぶつかって起きる現象だけど、今の時代は予想しないことが次々に起きていて、まさにむち打ち状態にある。アメリカでトランプ氏が大統領選で勝っちゃったなんていうのもそう。ビジネスでもニュースでも予想外のことが次々と起きている。『How to Survive Our Faster Future(加速する未来で勝ち残るために)』と副題に書いたように、そんな世の中をどう理解し、どう対処したらいいかっていうことを書きたかった」

――1985年にメディアラボが設立された当時にも大きな変化があったと思いますが、その時と比べて今は何が違いますか。

 「当時はパソコンが登場するなどちょうどデジタル革命が始まった時だと思うけど、その後、インターネットが登場し、今もAIとかブロックチェーンとか遺伝子工学とかいろんな技術が登場して、コミュニケーションやイノベーションのコストが劇的に下がっている。政府や大企業中心だった社会から、権力の分散化や大衆化が進んでいる。当時、日本新聞協会で講演した際、『将来、新聞はインターネットで配信されるようになる』って話したら、みんながそんなはずはないって顔をしていたけど、現実にそうなっちゃった。これもむち打ちだと思う」

 「ただ、あの時代は技術の変化に対し、まだ楽観的だったと思う。今は『アラブの春』が起きたり、過激派組織「イスラム国」が登場したり、必ずしもよいとはいえない方向にも技術が使われるようになった。経済も同じで、当時は成長すればみんながハッピーになれると単純に思っていて、だから『みんな、もっと働け』という感じだったけど、今は環境問題や社会問題など複雑になっている。技術開発についても、単に効率よく、パワフルにすればいいというわけではなくなった。その意味ではAIの使い方も今後はもっと気をつけなければならなくなっていると思う」

――メディアラボではAIの研究にはどう取り組んでいますか。

 「この分野の初期の貢献者はMITのマービン・ミンスキーという人工知能学者で、彼はメディアラボの教授でもあったから、AIの研究には昔から取り組んでいる。最近はロボットや自動運転など何にでもAIが使われるようになったので、ボクたちとしてはAI自体を研究するより、AIとほかのものをどうつなぐかとか、AIと人間との関係やAIと社会との関係はどうあるべきかっていう方に関心が向かっている」

 「AIの研究者ってどちらかというと引きこもり型のタイプが多く、アルゴリズムを作ることには熱心だけど、なぜAIが必要なのか、AIを使って社会をどう変えるべきなのかといった視点はあまりない。法律のこともよく知らない。『答えがない質問』ってあまりやりたがらないんだよね。一方、社会のあり方や何がフェアなのかを判断する裁判官はAIのことをわかっていない。そのギャップを埋めるのがメディアラボの仕事だと思っている」

――AIやロボットは将来、人間の仕事を奪うのではないかといわれています。

 「確かにある種の職業は必ずなくなると思う。でも歴史を振り返ると、技術革新の度にそういう現象は起きているし、一方でそれまで想像もしていなかったような新しい仕事が生まれている。だから中長期的にはボクは楽観している。ただAIは今までみたいな単純な労働の置き換えじゃなくて、人間や人間の働き方を変えるって思っている。今の教育はいわれたことをきちっとこなす、お利口さんをつくろうとしているけど、そういう人材は、今後はAIやロボットで済んでしまう。だから人間にはもっと創造的で、ファンキーで、気まぐれな要素が求められると思う」

 「お医者さんだって昔は勉強ができないとなれなかったけど、これからはAIが正しい情報を提供してくれれば、看護師さんやお母さんが医師の仕事の8割くらいをできてしまうんじゃないかな。医学の知識よりも、患者さんとどう接するかっていう方がもっと大事になるから。だからAIは単純に労働を置き換えるのではなくて、人間自体の能力を高めていくと思うわけ」

 「それから今後は国内総生産(GDP)など統計の取り方も変えていかないとならない。経済学者は数字で見ているから、みんながミスしてしまう。最近、子供ができたから思うんだけど、子育てってGDPにはカウントされていないよね。でも社会の質を上げていくという点ではとっても重要なことでしょ。今はお金になる仕事しか統計に入っていないけど、そうではないアートだったり、学問や宗教だったり、政治だったり、そういうことが人間にとっては重要な仕事になっていくと思う」

――最近は一部のIT系企業がAIの技術やデータなどを独占する傾向があります。

 「今のAIは大量のデータをベースに判断する『ディープラーニング(深層学習)』が主流になっているから、巨大なコンピューターやデータベースを持っているグーグルとかフェイスブックとかがAIを牛耳れると思われている。いわばメインフレーム型のAIといえるけど、将来は小さなコンピューターがすべてネットワーク化され、データをそんなに持たなくてもAIが社会や市場のようになる時代が来ると思う。そうなれば誰かが牛耳るとか、ひとり勝ちするかっていうことはなくなる。いろんなAIが登場して互いに競争し合い、オープンソースのようになっていく可能性が高い」

――日本がそうしたAI時代に勝ち残るには何が必要だと思いますか。

 「まず日本は世界で今起きているAIの研究の流れにもっと組み込まれていく必要がある。それからディスラプション(破壊)を本当に起こすんだって本気で思わないとならない。それには研究体制とか大学の教育システムの文化を変えないとならないと思う。今は国家予算が年長の偉い先生に渡され、その先生の言うことをよく聞くお利口さんにお金が行くので、なかなか革新的なものが生まれない。ディスラプティブなことは、権威を疑って自分の頭で考える人にしかできないから。日本はお金も人材も少ないので、ブルートフォース(総当たり)戦略では勝てないから、ほかとは違うことができるクリエイティブ(創造的)な人にもっとお金が回る仕組みを考えていかないとならないと思う」

――その意味では9つのプリンシプルズのうち、日本が最もやらなければいけないのはどれですか。

 「実はこの本には10番目のプリンシプルがあって(笑)、それは『教育より学び』ということ。つまり教育は誰かが教える行為で、学びは自分でやる学習。日本の教育システムはどっちかっていうと知識やスキルを詰め込むやり方だよね。メディアラボでは『4つのP』、すなわち『パッション(情熱)』『プロジェクト(事業計画)』『ピア(仲間)』『プレイ(遊びや実践)』が重要だと説いている。プロジェクトをやりながら学ぶっていうのはすごく重要。変化の激しい今の時代は教科書で学んだことがあまり役に立たないのに、日本はいまだに教科書ベースでやっている。それから仲間に教えたり教えられたりするのもとても大切で、フランスの『42』っていうコンピューター学校では、学生たちが自分たちで教え合ってうまく学習している」

 「そして4つめが遊び、プレイ。これって決められたことをきちっとやるコンピューターには最も不得意なところ。遊びがないから。これまでの発明のうち半分以上は実はほかのことを探していたら偶然見つかったんだそうだけれど、それって視野を広く持ち、遊び心がないとできないから、コンピューターにはなかなか難しい。だから今後は学校や会社の外で好きなことを勝手にやって新しい成功例をつくることが日本にはもっと必要だと思う。ほかの人にどうしろといってもなかなか変わらないから、まずは自分が変わり、その変わった姿を周りの人に見てもらって、その人たちも変われるようにするやり方が重要だと思う」

――最後に伊藤さんが6年前にメディアラボの所長に選ばれたいきさつを教えてもらえますか。

 「理由はいろいろあったと思うけど、実は最初は選ばれなかったの。この本の中にも書いてあるけど、メディアラボを創設したニコラス・ネグロポンテ教授には『君の学歴だとやっぱり無理だから、やめておいたら』と言われたわけ。しかし彼らは何百人も面接して適当な人が見つからず、結局またボクのところに来た。というのはメディアラボはいろんな分野に挑戦しようとしているから、所長は何にでも興味を持たないとならない。でも学歴がある人って必然的に自分の専門領域があるので、ほかに関心が向かない。それとメディアラボの所長の重要な仕事は学生や先生、企業などとのコミュニケーションマネジメントなので、ビジネス経験がある人の方が向いている。そういう人って大学の中からは出てこないので、結局、ボクに決まったというわけ。でもボクみたいな人間を迎え入れるあたり、メディアラボ自体がほかのMITの研究所と異なっているのかもしれないけど」

[日経電子版2017年8月30日付]

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