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「高校生社長」も次々
早大学院、高大連携を先取り
早稲田大学高等学院の本杉秀穂学院長

「高校生社長」も次々早大学院、高大連携を先取り早稲田大学高等学院の本杉秀穂学院長

 東京都練馬区にある中高一貫の私立男子校、早稲田大学高等学院。1920年設置の旧制高校の流れをくみ、竹下登元首相、河野洋平元衆議院議長のほか、ソニー創業者の井深大氏、同じくソニー元会長の出井伸之氏、富士通元会長の秋草直之氏ら政治・経済界の著名人を輩出してきた。早稲田大学の正規の付属校として進める「高大連携」と自由闊達な環境のなか、高校生社長など起業家も次々飛び出している。真の早稲田人を育てる学院を訪ねた。

東京都練馬区にある早稲田大学高等学院

「学院伝説」 20歳の高校生

 「『俺のクルマで送ってやろうか』。高校3年生のときに、同級生のスポーツカーによく乗せてもらった。彼はたばこもスパスパ吸い、ビールもうまそうに飲んでいた。でも不良ではない。これは合法行為だ。彼は2年ダブっていて20歳だった。哲学書にふけり、頭脳明晰(めいせき)だったが、学院の方が居心地がいいと、あえて単位を落としていた。高校生なのか、大学生なのか、分からないような学院生が普通にいた」。現在50歳の学院OBが振り返る「学院伝説」である。

 西武新宿線の上石神井駅から北に歩いて8分。緑に囲まれた学院がある。敷地面積は約6万平方メートルと広大で、コンクリート打ちっ放しの校舎が並ぶ。本部の校舎に入ろうとすると、不思議なことに「70号館」とある。「学院は早稲田大学と一体化していますから、大学の校舎の続きの番号がうたれています」。本杉秀穂学院長はこう話す。

早大政経に110人進学

 学院は文字通り早大の付属校。かつて1学年600人のマンモス校だった。しかし、2010年から中学部(1学年の定員は120人)が開設されたのに伴い、高校の定員は480人となった。原則全員が早大に進学できる。しかも、16年度の進学実績を見ると、看板学部の政治経済学部に110人、法学部に85人、理工系3学部に計147人が進学していて、推薦入学は全部で600人を超えているという。

早稲田大学高等学院の本杉秀穂学院長

 今は人気学部に進学する生徒が多いが、「昔は落第する生徒も少なからずいました。勉強よりも哲学や芸術など、やりたいことに打ち込んでいる自由奔放な生徒が多かったですね。そうした経験が生きるのでしょうか、留年したOBが、卒業後30年もすると役員を務めているようなケースもまま見られます。今の生徒はまじめで、落第は少なくなりましたが、昔のような元気さを続けたいですね」(本杉学院長)という。

 一方で高大連携は以前から進んでいる。学院の高校2年生以上であれば、早大の主な学部の40余りのオープン科目を受講でき、「先取り単位」として認められるものもある。本杉学院長は「こちらの授業が終わった後ですから午後4時以降の科目に限られますが、今も60人ぐらいの生徒が大学の講義を受けています。さらに80人ぐらいまで増える見込みですね」と話す。大学生に交じって法律やビジネスなどの入門科目を受講できるわけだ。

 学院には、理工系の学部や政経学部などの教授が定期的に行う授業もある。学院の専任教員は86人で、ほかに約90人の非常勤講師がいるが、その多くは早大などの大学と兼任の講師や研究者だ。「学院というのは半分大学みたいなところ、だから早熟な生徒も少なくない」(学院OB)という。

早稲田大学高等学院の「70号館」。大学の建物と続き番号になっているのが関係の深さを物語る

 大学受験にあくせくする必要がないせいか、高校生の起業家も次々誕生している。「元祖」高校生社長といわれるのが一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンス代表理事の木下斉氏だ。00年、高校3年のときに全国商店街の共同出資会社、株式会社商店街ネットワークの設立に参画、初代社長に就任した。

高校生の起業を容認

 木下氏は「事業なんてけしからんという教員もいました。しかし、当時の伴(一憲)学院長ら幹部の先生たちは『生徒が自ら考え、行動することは尊重する』と容認してくれました。だから肩身の狭い思いをせず、自由に取り組むことができました」という。当時、教務だった本杉学院長も「あの頃は高校生で起業なんて考えられなかった。でも、商店街の活性化のためだし、失敗を恐れず挑戦するのが学院生。ダメというより、できる限りサポートしよう、見守ろうという感じでした。その後も、学院から起業家は出ていますし、昨年もIT(情報技術)ベンチャーをつくった生徒もいましたね」という。

 「僕も起業しようと思うんですが」。本杉学院長が政経や倫理の担当教員だったころ、相談してきた生徒もいた。株式上場の「最年少社長記録」をつくったリブセンス社長の村上太一氏だ。学院時代は硬式テニス部の主将として活躍していたが、部活帰りに食堂に仲間と集まってはビジネスのアイデアを出し合っていた。政経学部に進学してから起業。11年、25歳のときに東証マザース上場、12年には東証一部上場を、いずれも史上最年少で果たした。

 デザイナーで、nendo代表の佐藤オオキ氏やNPO法人テーブル・フォー・ツー・インターナショナル代表理事の小暮真久氏も学院出身だ。先進国と途上国の「食の不均衡」を解消する活動に取り組んでいる。著名な経営者では、KADOKAWAの角川歴彦会長や、東京海上ホールディングスの隅修三会長らがいるが、最近の学院の卒業生は社会起業家タイプが増えている。

模擬裁判プロジェクトも

 個性的なリーダーを次々生み出す学院。独自の活動もある。「生徒会でも部活動でもない、生徒を主体としたプロジェクト活動をやっています」(本杉学院長)という。環境や国際交流、模擬裁判、社会連携、教育などをテーマに生徒が自ら問題意識を持って、仲間とプロジェクトを立ち上げ、実際に実態調査に乗り出す。早大や企業、地域社会と組んで改善活動にも取り組む。期限は原則1年。例えば、環境プロジェクトには現在、12人の生徒が参加する。高尾山などに登って水質や生態系の調査をしたり、その結果を分析して地域の人とごみ拾いなどの改善活動に取り組んだりしている。

 「実は早大がつくった模擬裁判施設を最初に利用したのが、学院のプロジェクトチームでした」と本杉学院長は話す。本来、法学部生や法科大学院生のためにつくられた特別施設だが、裁判員裁判制度が導入される時期に学院生が「市民参加型の裁判とはどんなモノか、その影響は」と法学部の教授に問い掛け、実現した。提案した生徒はその後、法科大学院に進んだという。

緑深い早稲田大学高等学院

 グローバル人材の養成にも力を入れている。フランス語、ドイツ語、ロシア語、中国語の第二外国語を活用して、海外の高校生との交流を増やしている。「ネパールやアフリカのガーナなど日本の高校生になじみのない国にも出かけています。夏休み中は、オーストラリアに高校生と中学部生がそれぞれ研修に出ています」(本杉学院長)。年間150人近くが海を越えているという。

 野球、サッカーなどの部活動も盛んだ。スポーツといえば、早大系属校の早稲田実業学校の硬式野球部やテニス部などに光が当たるが、学院の軟式野球部は16年夏に全国大会で準優勝を成し遂げた。アメリカンフットボールも首都圏の強豪だ。早大に進学後は各クラブの主力メンバーになる生徒も少なくない。

医学部がなくても

 高大連携を先取りしてきた学院。高校入試の偏差値は、都内では筑波大付属駒場高校や開成高校など東京大学合格のトップ校に次ぐ水準だ。大手進学塾関係者は「早稲田大学の人気学部に進学できる数が多いので、学院人気は相変わらず高い。ただ、早大の泣きどころは医学部がない点。現在の有名進学校の成績上位者は医学部志向が強く、そこは慶大の一貫校の方が優位だ」という。

 本杉学院長は「有能な理系人材が医学部ばかりに流れる風潮は少し残念ですね。学院からも毎年数人ですが、医師になりたいと他大学の医学部を受験する生徒はいます。ただ、早大の理工系は先生も設備も非常に充実していて、東京女子医科大学と連携した生命医学関連の事業も進んでいます。学院OBは、人工血液や皮膚など、医学系の研究で社会に貢献しています」という。

 大学とも連携してユニークな挑戦を続ける学院。自由闊達な雰囲気の中で自主・自律を確立した「大人びた生徒」も少なくない。「学院の杜(もり)」から個性的なワセダマンがさらに飛び出してゆきそうだ。
(代慶達也)[NIKKEI STYLE 2017年8月27日付]

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