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AIとスパコンで挑む新型医薬
効果と低コスト両立
東工大、川崎に研究拠点

AIとスパコンで挑む新型医薬 効果と低コスト両立 東工大、川崎に研究拠点

 東京工業大学が川崎市などと協力して、スーパーコンピューターや人工知能(AI)を活用して中分子と呼ばれる新しいタイプの医薬品の開発につなげる取り組みを始める。従来の医薬品に比べて膨大な計算が必要になるが、スパコン「TSUBAME」を活用するとともに計算手法の改良などで克服、開発効率化につなげる試みだ。一方で企業や他の研究機関などと連携して、IT(情報技術)だけでは克服できない課題をどう乗り越えていくのかも重要になる。

新薬の体内での振る舞い、AIで的確にシミュレーション

 中分子医薬は、ペプチドと呼ばれるたんぱく質の一部や遺伝情報を伝えるたんぱく質の核酸などを利用した新しいタイプの医薬品だ。低分子の化合物でできた従来の医薬品と、高い効果を持ち大きな分子でできた抗体医薬の特徴を併せ持つ。

 医薬品は多くの候補物質のなかから何年もの開発期間をかけてごくわずかな数しか製品化にたどりつけない。多額の開発費もかかるため、肺がんなどに効果の高い治療薬として注目された抗体医薬の「オプジーボ」は発売当初、患者1人が1年間使うと3000万円を超えるなど医療費の高騰にもつながっている。中分子医薬は抗体医薬に比べて比較的低コストで製造でき、高い効果も期待できることから世界的に注目が高まっている。その開発をさらに効率化しようというわけだ。

スパコンやAIを駆使して中分子医薬の体内での振る舞いや効果を予測する(東京工業大)

 東工大は川崎市が生命科学・医療研究の拠点として整備を進める「キングスカイフロント」内に新たな研究拠点を開設。スパコンやAI、さらに生化学技術を利用した中分子の創薬技術の開発に取り組む。

 この分野では、同じキングスカイフロントに研究拠点を持つベンチャー企業のペプチドリームが膨大なペプチドの中から医薬品の候補物質を効率的に探しだす技術を開発するなど、技術開発が進んでいる。しかし、効率よく新薬を開発するにはまだ課題も残っている。それらの課題を克服するのが取り組みの狙いだ。

 中分子創薬の課題のひとつは、体内に入っても尿に排出されるなどして薬の効果が長続きしない場合があるが、この予測が難しいことだ。数時間で効果がなくなってしまうと、ひんぱんに薬を投与しなければならず、患者の負担になり実用的でない。

 従来の低分子タイプの医薬品は構造が比較的簡単で、血液中のたんぱく質との結びつく割合などをもとに効果の持続時間を予測できた。しかし中分子になるとより構造が複雑になり、振る舞いも予測しにくい。ITで予測しても実際の持続時間はうまくあわないことが多かった。

キングスカイフロントには生命科学・医療の先端的な研究機関、企業が集積する

 秋山泰東工大教授らはAIの一手法である機械学習の技術を使い、この課題の克服に挑んでいる。数千件の実験データを集めて学ばせることで「相関係数が0.7程度は確保でき、かなりよく予測できるようになってきた」という。今後はさらにデータを集めるなどして、予測の精度を高めていく。

 もうひとつ難しい課題が、体内に入った薬が細胞の中まで入り込むことができるかの予測だ。薬として効果を出すには細胞膜を通り抜けて細胞の中まで入り込む必要がある。しかし従来の薬に比べて分子量が大きいペプチドや核酸は、細胞膜を通り抜けるのに時間がかかる。従来のシミュレーション技術では膨大な計算が必要で数年もの時間がかかっていた。

 秋山教授らは「SuMD」と呼ばれる手法を改良してスパコンのTSUBAMEが得意な大規模並列計算と組み合わせ10万倍の高速化を達成。1~2日でシミュレーション結果を出せるところまできた。

 だが、思わぬハードルが残っていた。シミュレーション結果が実際のペプチドや核酸の動きと合っているかを確かめる実験のデータが不足していたのだ。「計算はあくまでナビゲーション。どこまでやればいいかは、実験がしっかりしていないとわからない」と秋山教授は説明する。

 ペプチドなどが細胞膜を通り抜ける様子を確かめる実験手法はいくつかあるが、まだ標準的な手法として確立されたものがない。実際に役立つ候補物質を効率よく選ぶためには、シミュレーション技術の向上だけでなく、製薬会社などとも連携した実験手法の確立やデータの蓄積が欠かせない。

IT活用した低分子医薬開発では長年の蓄積

 東工大は、従来の低分子タイプの医薬品を開発するITや生化学の技術を長年蓄積。最近では関嶋政和准教授らが長崎大学の北潔教授や企業と協力して、実際にシャーガス病などの熱帯病の治療薬の候補物質を、従来の20倍以上の効率で見つけ出すことに成功している。

 今回の中分子医薬の開発でも、低分子で蓄積したITとともに、生化学の研究成果も応用する。新薬の候補物質がどのように働いて治療効果を出しているのか、という作用機序を調べる技術だ。長年わからなかったサリドマイドの作用機序解明にも役立った技術で、低分子や中分子だけでなく、より大きな分子を利用するバイオ医薬などにも応用していく。

 東工大は文部科学省のプログラムに採択された川崎市との取り組みに加え、学内でも幅広い分野の研究者を集めて中分子創薬の基盤開発を進めるプロジェクトを立ち上げる。欧米に後れを取っている日本の新薬開発力の底上げにつながる期待がかかる。
(科学技術部シニア・エディター 小玉祥司)[日経電子版2017年8月14日付]

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