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数学理論で延焼しない街に 
火の通り道、効果的に遮断

数学理論で延焼しない街に 火の通り道、効果的に遮断

 首都直下地震が発生したとき、東京などの木造住宅が集まった地域では大規模な火災が心配されている。数学のネットワーク理論をもとに、不燃化した集合住宅を適切に配置することで延焼の抑制が可能だと、住宅の企画・販売をてがけるアーキネット(東京・渋谷)の織山和久代表取締役(横浜国立大学客員教授)は指摘する。

延焼が想定される道筋に耐火構造の集合住宅

織山和久アーキネット代表取締役(横浜国立大学客員教授)

 小さな木造住宅が密集して立ち並ぶ「木造住宅密集地域(木密地域)」は「地震などに著しく危険」とされ、国土交通省によると、都内だけで113地区、1683ヘクタール(2012年時点)に及ぶ。国や東京都は道路の幅を広げ「延焼遮断帯」としたり公園を設けたり、建て替え時に住宅の不燃化を求めるなどの防災対策を推進している。

 アーキネットは市街地の真ん中で耐火構造(鉄筋コンクリート造など)の集合住宅(コーポラティブハウス)を供給する。織山氏は「燃えにくい集合住宅を延焼が想定される道筋に適切に配置すれば、火災に強い街づくりにつながる」と主張する。配置は数学のネットワーク理論に基づく。

 「スケールフリーネットワーク」と呼ばれるある種のネットワークは、ネットワークの中で非常に多数のつながり(リンク)を持つ少数のノード(頂点)とリンクが少ない多数のノードが存在する。正確にはリンクの数でノードの分布をグラフにすると、べき乗の分布になるようなネットワークだ。

東京都内の延焼ネットワークの一例(織山和久氏提供)

 ネットワークの一部を無作為に除去しても全体のつながりが維持される頑健性がある一方で、多数のリンクを持ちハブになっているノードを意図的に取り除くと、ネットワークがバラバラになりやすい。インターネットや生物の食物連鎖関係、体内の代謝ネットワークなどがスケールフリーの性質をもつとされる。

 木密地域で延焼が進むと想定される道筋(ネットワーク)の中で、「ハブとなる住宅を不燃化すれば火災が進展するのを防ぐ効果がある」と織山氏は考えた。このこと自体は以前から指摘されていたが、織山氏は東京の木密地域の延焼ネットワークが実際にスケールフリーネットワークに近い構造を持つことを確かめた。

9戸が1棟で暮らすコーポラティブハウスの一例(東京・豊島、駒田建築設計事務所による設計)

 アーキネットは都内で100棟以上の集合住宅を販売してきたが、このうち荻窪や世田谷などの住宅はネットワークのハブにあたっている。織山氏は最初から防災を念頭に住宅造りを進めてきたわけではない。ネットワーク理論に裏付けられた防災的な意義付けはいわば「後知恵」だ。実際に震災に見舞われたときに理屈通りに延焼を防げるかが確実に実証されているわけでもない。ただ「道路の拡幅などで古い町のコミュニティーを分断するような防災対策とは違ったアプローチがあるのではないか」と提案する。

 コーポラティブハウスは、住宅を取得しようとする人たちが集まって組合をつくって集合住宅を建てる。設計の早い段階から住民が関わるため通常の分譲マンションではできないような自由設計にできるという。隣の家とは一定の距離感を保ちながらも「互いに気配を感じ合うくらいの近さ」がある「現代の長屋」を提供できる。


人口減少で生まれる空き地を公共の視点で有効活用

北山恒・法政大学教授

 こうした東京の姿は「世界からも注目されている」と言うのは建築家の北山恒・法政大学教授。織山氏の試みの初期から協力して新しい集合住宅づくりの実践に取り組んできた。

 北山教授は10年にベネチア・ビエンナーレ国際建築展で「トウキョウ・メタボライジング」と題した講演をした。東京の街並みは個人の独立した住宅が集合してできており、1戸1戸がそれぞれの事情で建て替わり、新陳代謝していく。住宅の平均寿命は26年程度とされる。

 それはパリに代表される欧州の都市とは対照的だ。パリは19世紀半ばのナポレオン三世の治世下で大規模な都市計画が実行され、放射状に広がる大通りや高さがそろったアパートメントが整備された。およそ150年を経た今もパリの街並みは基本的にその姿を変えていない。

2016年12月に147棟を焼いた新潟県糸魚川市の大火では、商店や住宅に次々と延焼した(2016年12月22日)

 「パリは上からの権力の指示で都市がデザインされたのに対し、東京は経済原理に従って下からの意思でケオティックに(混沌と、無計画に)変容していく。それはより民主的なあり方だと言える」と北山教授は言う。講演は反響が大きく、都市計画や建築に携わる米欧の専門家から注目を集めたという。

 人口減少に伴い、これまで肥大の一途だった東京は縮小に転じつつある。「これは新たな変化への大きな機会だ」と北山教授は話す。

 住宅密集地で生まれる空き家や空き地をタワーマンションに建て替えるのではなく、コミュニティー維持や景観を十分に考慮した集合住宅にしていく。これまでのマーケット(経済原理)一辺倒からコモンズ(市民社会)に配慮した街づくりへ「税制や助成金などで動きを促す都市政策が求められている」という。
(編集委員 滝順一) [日経電子版2017年08月21日付]

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