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有力者に忖度する東大論文不正調査
公正な研究の壁に

有力者に忖度する東大論文不正調査 公正な研究の壁に
東京大学の赤門

 日本の学術界で研究不正に対する関心がこれほど高まることは予想外だった。東京大学をはじめトップレベルの研究機関で不適切な論文が告発され、不正の有無が調査された。理化学研究所で起きたSTAP細胞の捏造(ねつぞう)事件以降、研究助成機関に専門部署を設けるなど再発防止体制を整えつつあるが、楽観はできない。オープンで民主的に議論できる研究環境が乏しくなっているからだ。

学協会の要職を歴任する有力研究者が調査対象

論文不正について記者会見する東大の関係者ら(8月1日、東京都文京区)

 東京大学が8月に発表した「22報論文の研究不正の申立てに関する調査報告」の評判が悪い。医学系研究科の5教授と分子細胞生物学研究所(分生研)の1教授に対する論文不正が2016年に指摘され、第三者による調査委員会がデータの捏造や改ざん、盗用などがなかったどうかを調べてきた。結果は「医学系研究科については不正なし、分生研については不正あり」だった。

 分生研は13年に研究不正が起き、担当教授が退職している。引き続く不祥事に対し、徹底した調査を求める強硬論が学内に広まった。

 これに対し医学研究科の5教授の論文については厳しい意見が出なかった。各教授は学協会の要職を歴任するなど日本を代表する研究者で、その研究室の名声に傷をつけたくない――そんな配慮が働いたかのようだ。西日本の国立大学の生命科学系の教授は「有力研究者を忖度(そんたく)した調査結果みたいだ」と感想を漏らす。

仮説裏付けるデータだけ集め発表する傾向

 有力な学術論文がネットで公表され、捏造・改ざん・盗用の3大不正は隠し立てできなくなった。文部科学省などの関係府省に加え日本学術振興会や科学技術振興機構、日本医療研究開発機構などの助成機関に研究不正に対応する窓口ができた。不正な研究に引きずり込まれないよう、若い研究者に対する教育研修も受講者が増えている。理研もネットによるeラーニングや実験データの5年保管などを義務付け、不正の再発防止に取り組む。形式的には万全のように映る。

研究倫理に関する提言を発表する日本医学会連合の門田会長(左)と市川研究倫理委員会委員長

 しかし研究の最前線を知る研究者ほど「決して楽観できない状況だ」と指摘する。最近の研究不正は、扱う実験用の試料が均一でなく同じ実験結果を再現しにくい生命科学や医療分野が圧倒的に多い。傘下に128学会を抱える日本医学会連合(門田守人会長)は7月、信頼回復のための提言を発表したほど。提言をまとめた信州大学の市川家国特任教授は「結果の公表に関するルールが日本では曖昧になっている」と指摘する。

 例えば、ある特殊な条件で仮説を裏付けるポジティブなデータだけを集め、ほかのネガティブなデータを伏せて一般的な現象として発表する事例が考えられるという。米国では国立衛生研究所(NIH)が研究計画の立て方や実施の仕方などについて指針を作り教育しているが、日本では十分に普及していない。

 有力学術誌に研究成果を掲載できないと研究費が獲得できなくなる。ライバル研究室との競争も激烈だ。最もうまくいった結果であるチャンピオンデータを、再現性が低くても先を争って発表する。学術界はそんな風潮に染まってきた。強権を振るう教授の指示に従い、学生たちがデータの改ざんに手を貸すのを食い止める方法はない。

 師弟関係を尊重することは大切だが、科学的な議論に関してはオープンで民主的であるべきだ。ある古参の生物学者は「そういう討論のできる場がなくなってきた」と嘆く。成果第一主義の弊害といえるだろう。

存在感が薄れる日本発の論文 不正による撤回で拍車

 日本発の科学技術論文はこのところ世界で存在感が薄れている。文部科学省科学技術・学術政策研究所の集計では、引用回数の多いトップ1%の論文に占める日本のシェアは、03~05年の世界6位から、13~15年には12位にまで下がった。

 逆に不正によって撤回を余儀なくされる論文が増える。東邦大学の麻酔分野の撤回論文数は183本に及び、黒木登志夫・東京大学名誉教授によると世界で最も多いという。日本の研究はいったいどうなってしまったのだろうか。

 不正な研究は何も解決してくれない。再現できない実験は検証に多くの労力を費やす。研究を率いる人たちがしっかりした科学観をもち、誠実で責任ある研究への志が必要になっている。
(編集委員 永田好生)[日経電子版2017年8月28日付]

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