奨学金返済率が低いのはどんな大学?
人生を経済学で考えよう(7)
こんにちは。慶應義塾大学中室牧子ゼミナールです。私たちは、「人生や社会で感じるさまざまな疑問を、経済学の手法で明らかにしようと勉強しています。皆さんも、私たちと一緒に考えてみてください。今回は、最近問題となっている奨学金返済率についてです。
奨学金とは「教育を受けるためにお金を借りて、社会人になったら返済するお金」のことです。そもそも奨学金は、経済的に困難な家庭の学生でも就学が可能になるように、という目的で創設されました。近年、大学生の奨学金受給者率は増加傾向にあり、大学生の奨学金受給者率は50%を超えています。私たちにとって「奨学金」はとても身近なものになりました。
このような中、メディアでは新たな問題が報道されるようになっています。それが「奨学金返還の延滞者」の存在です。卒業後に、十分な収入を得ることができず、大学に通うために借りた奨学金を返還(返済)することができない人が少なからずいるようです。2015年度末に、3カ月以上奨学金の返還が遅れている人は約16万5千人に上っています。
男性より女性の方が返済率が高い!?
奨学金は私たちの就学を助けてくれる制度ではありますが、紛れもなく「借金」です。奨学金は、今の世代の学生から返還されたものを次世代の学生に貸与する仕組みになっているため、延滞問題は、奨学金制度存続のためにもなるべく少ないほうがよいと言えます。
では、どのような学生が奨学金の返還を延滞してしまうのでしょうか? 海外を中心として、過去に多くの研究が実施されています。例えば、「学位が高い人」「GPAが高い人」「男性よりも女性」の方が、奨学金をしっかり返還する傾向にあるということが明らかにされています。
このような研究は「奨学金をどのような人に貸与するべきか」を決定するのに有効かもしれません。しかし、独立行政法人日本学生支援機構によると、奨学金制度は「教育機会の均等」という理念の下、実施されているようです。奨学金を確実に返還できそうな学生にのみ、奨学金を貸与するということは、貸与を制限することになり、この理念に反するように思えます。
今年の4月に、日本学生支援機構は、各大学別の奨学金返還延滞率を公表しました。このデータを見てみると、大学によって延滞率に差があることがわかります。では、なぜ大学間で延滞率に差が出てしまうのでしょうか。次のような仮説を考えることができます。
「延滞率が高い大学は、将来の収入が高くなるような人材を育成することができていないのではないか」ということです。つまり、奨学金の返還を延滞してしまう背景には、大学側の教育にも問題があるのではないかと考えられます。
返済率に関係する「大学の質」って?
そもそも多岐にわたる大学の教育を、一括りに「良い」「悪い」と評価することは非常に困難です。しかし、経済学では、「大学の質」を計測し、それが学生の将来の収入にどのような影響をあたえるかを検証した研究が数多く存在します。そして、「大学の質」を図る指標の多くは、学生の将来の収入と関連していることがわかっています。それでは、「大学の質」は、学生の将来の奨学金返還の状況にも影響を及ぼすのでしょうか?
私たちの研究では、「大学の質」を教育面から図る指標の一つとして、ST比(Student-Teacher Ratio、教員一人あたりの学生数)に注目しました。大教室で何百人もの学生が受けるようなST比の高い講義では多くのことを学ぶのは難しいでしょうが、少人数クラスで教員から丁寧に指導を受けられるST比の低いゼミのようなタイプの講義ではより多くのことを学べる可能性があります。
実際、過去の研究では、ST比が高いクラスでは、先生の管理が行き届かなくなるため、学生は授業をサボりやすくなり、成績が下がる傾向があることが示されています。このST比は大学によってかなり異なりますが、データを見ると、必ずしも学生数が多い大学でST比が高いというわけではないようです。
私たちの研究では、ST比が高い大学ほど、奨学金の延滞率も高くなる傾向があることが示されました。さらにこの傾向は、偏差値の高い大学群の方が顕著であるとこともわかりました。この分析は因果関係を示しているわけではないことに注意が必要ですが、ST比が高い大学では、教育の質が低くなり、卒業後の収入が低くなることで、奨学金の延滞率が高くなる可能性が示されています(下の図)。
そして、私たちが「大学の質」を研究面から図る指標の一つとして注目したのが、科学研究費補助金(いわゆる科研費)の獲得額です。科研費とは、研究者に対する国からの研究助成金のことです。これは、助成にあたって審査が行われ、より優れた研究をおこなっている教員に対して提供されます。したがって、科研費は「教員の研究競争力」をあらわす指標と捉えることもできます(下の図)。
つまり、科研費をたくさん獲得している大学ほど、研究競争力が高い教員が集まっているということになります。私たちの研究では、科研費の獲得額が高い大学ほど、奨学金の延滞率は低くなる傾向があるということもわかっています。競争力のある研究をしている教員がいる大学の学生は、将来、奨学金を延滞しにくい傾向にあるということです。
こうした分析によって、私たちがどういう大学を選べば、将来の奨学金を延滞しない可能性が高くなりそうかということのヒントを得られそうです。私たちの研究から、教育の質をあらわすST比や研究の質をあらわす科研費の獲得額は、重要な指標となりそうだということがわかっています。
奨学金制度の存続は、学生だけではなく、学生を受け入れる大学にとっても、重要なことです。奨学金の貸与を制限せずに、延滞問題を解決していくためには、大学側が教育と研究の質を改善するような取り組みが不可欠と言えるのではないでしょうか。
(中室牧子・北村大成・山本侑汰)
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