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[ liberal arts-大学生の常識 ]

意識持つAIへ、
世界初「動物並み」に挑む神経科学者

意識持つAIへ、世界初「動物並み」に挑む神経科学者

 コンピューターの性能が高まり、2045年には人間の脳の知能を上回る「シンギュラリティー(技術的特異点)」を迎える――。そんな予測が広がる一方で、実現できないと否定する声もある。現在の人工知能(AI)は機能が限られており、能力が大幅に高まる見込みは立っていないからだ。脳画像の解析サービスなどを提供しているアラヤ(東京・港)の金井良太最高経営責任者(CEO)は、シンギュラリティーにつながる「意識を持つAI」を開発し、既存の常識を覆すことを目指している。

アラヤの金井良太最高経営責任者(CEO)。京都大学生物物理学科卒業。オランダのユトレヒト大学で実験心理学の博士号を取得し、米カリフォルニア工科大学で視覚経験と時間感覚の研究に従事した。英サセックス大学では認知神経科学の准教授となり、2013年にアラヤを立ち上げた

 「目標は哺乳類。2022~23年には猫や犬のような動物並みの知能を持つAIを実現できるのではないか」。意識を持つAIで何ができるか、という問いに金井氏はそう答える。

 研究の進み具合によっては「ラットぐらいになってしまうかも」と前置きしながらも、ラットまで到達すれば、さまざまな課題をこなせる汎用AIが見えてくると自信を見せる。この汎用AIが、シンギュラリティー実現の土台の役目を果たす。

 金井氏は、オランダのユトレヒト大学や米カリフォルニア工科大学を経て、英サセックス大学では認知神経科学の准教授を務めた。脳画像解析の専門家である。学術的な研究にとどまらず「自分の研究分野で社会に役立ち、大きな影響を与えるビジネスを立ち上げる」(金井氏)ためにアラヤを設立した。脳画像解析のほか機械学習のシステム開発といったAI事業に取り組みつつ、神経科学と情報科学を融合させた新しいAIの研究に取り組んでいる。

 金井氏が開発を進める意識を持ったAIの特徴は「自発性や好奇心を持つ」(金井氏)こと。米IBMの「ワトソン」や、トップ棋士を破った米グーグルの「アルファ碁」など既存のAIは、あくまでも人間が定めた範囲内で学び、処理をする。機械学習を繰り返すことで、画像のパターン認識などを高い精度でこなせるようになるが「その状態で解ける問題は1つしかない」(金井氏)。新しい問題を解くには、人間が介入して指示を出し、学習をし直さなければならない。

 意識を持ったAIは、映像や文字などのデータをただ分析するだけでなく、何をすれば自分自身が有利になるのかと考えて行動し、その結果から新たな知識を獲得する。目的を与えられなくても行動できるようになるという。

試行錯誤の回数が減る

 新しい知識を得たいという好奇心をAIに持たせるため、金井氏は「内発的動機付け」と呼ばれる研究分野に取り組んでいる。内発的動機付けの効果を検証するため、金井氏は山と谷があるレールの上を走るトロッコのような車をAIが操作するシミュレーションを作った。AIはブランコのように反動を付けることで車を左右に動かす。

内発的動機付けの組み込んだAIを検証するために、山と谷の間にトロッコのような車をAIが走らせるシミュレーションを作った

 車を動かすAIには自分がどういう状態にあるかを認識し、何か行動を起こしたときに、次に何が起きるかを予測する機能を加えた。「自分の予測が正しいか確かめるために行動する」(金井氏)ことをAIの目的として設定する。これがAIの好奇心となる。重力、坂の角度、摩擦といった物理法則を読み取り、予測し、行動し、その結果から学ぶ。試行錯誤を繰り返し、最終的には谷から抜け出して、車は山の上のゴールに到達する。

 従来のAIを使っても、同様にゴールにたどり着くことができる。ただ、やみくもに動作を繰り返し、たまたま良い結果が得られた行動を覚えていくという方法を取るために、学習に時間がかかる。まだ十分な検証はできていないものの、内発的動機付けの仕組みを備えたAIを使うと従来のAIと比べて「ゴールにたどり着けるようになるまでの学習が早くなる。試行錯誤の回数が少なくなる」(金井氏)という。

 内発的動機付けの仕組みを備えたAIを使うと、AIの思考プロセスが分かるというメリットもある。これまでのAIは、結果を導くまでの過程がブラックボックス化されているという問題点があった。

 例えば「囲碁AIはなぜその手を打ったのか」といった説明ができなかった。内発的動機付けによるAIは、記憶や試行錯誤によって得た経験で構成する自分自身のデータを客観的に分析することで、意思を決定する。その仕組みをなぞることで「なぜ特定の判断をしたのか、AIに聞くことができるようになるだろう」(金井氏)。将来はAIが導き出した知見から、人間が学ぶことが当たり前になるのかもしれない。

人間の思考方法に近づく

 内発的動機付けで好奇心を持たせることで、AIは物事を本質的に理解できるようになっていくと考えられる。

 既存のAIは単に外部の世界から得た情報だけを分析し、そこから得られた結果を示すだけだった。例えば、大量の写真データの中からリンゴの写真だけを選び出すAIがあったとする。そのAIは、画像からリンゴの色や形といったデータ上の特徴を選び出す。ただし、リンゴが何かをAIが本質的に理解しているわけではない。

 意識を持った人間であれば、リンゴが目の前にあるのを見て、甘酸っぱい味がしそうだ、歯応えはこうだろう、触ったときの感覚はこうだ、食べる前には皮をむく必要がある、などこれまでの経験に照らし合わせたうえで「食べよう」「今は冷蔵庫に入れておこう」と判断する。

 この思考の過程は、まさに「自分の中のモデル(経験や知識)に照らし合わせて、次に何が起きるのかを頭の中で想像し、その結果を基に行動する」(金井氏)という内発的動機付けのAIに近い。この「頭の中でシミュレーションする仕組みを高度化していくと、理論上で意識が生まれると考えられる」(金井氏)という。

AIを分析して意識を算出

 AIがどの程度の意識を持っているかを判断する尺度となるのが米ウィスコンシン大学マディソン校の神経科学者ジュリオ・トノーニ氏が提唱した「統合情報理論」だ。意識のある脳がものを考えているときには、膨大な数の神経細胞(ニューロン)が結びついて反応しており、それぞれの神経細胞のつながりには複雑性がある。この結びつきの多さと複雑さという2つの指標を掛け合わせた値が大きいほど意識が発生していると見なせるという。

 金井氏は統合情報理論を応用し、AIの中にある人間の脳を模式化した「ニューラルネット」を分析することで、どの程度の意識があるのかを計算する研究を進めている。

 AIの分野では、海外のライバルも多い。実は、グーグル傘下の企業でアルファ碁を開発した英ディープマインドも、金井氏が目指す意識のあるAIに似た「想像するAI」の開発を進めている。それでも「統合情報理論は個人によるひらめきがまだ通用する世界。手掛けている人が少ない状態なので勝てる勝算はある」(金井氏)と意気込む。

 今後は統合情報理論によるAIの分析を進めるとともに、内発的動機付けのAIを使った新しいデモを10月に公開する予定。18年にかけては身体を持っているロボットに自己意識を搭載させる試みも進めていく。

 AIに知識や能力を高めるための学習意欲を与えると「自分の生存を有利にしようとする動きが自然に出てくるだろうと考えられている」(金井氏)。となれば、SF映画のようにAIが人間に敵対するかもしれないと恐れる人もいるかもしれない。人間と敵対しないAIを設計できるか、我々はどう備えるべきかという議論が必要だと金井氏はいう。海外からAI研究者を招き、シンポジウムを開いて議論する考えだ。

 アインシュタインが「E=mc2」(E:エネルギー、m:質量、c:光速)という有名な公式を発見した後もしばらくは、質量からエネルギーを取り出す原子力の実現は難しいと考えられていた。「その時点では絶対に不可能に見えることでも、ちょっとしたことでできてしまうことが科学の歴史上は何度もある」と金井氏は話す。シンギュラリティーや汎用AIに向けた材料はそろいつつある。研究者やIT(情報技術)関係者のみならず、社会全体でAIの劇的な変化に注目していく必要がありそうだ。
(コンテンツ編集部 松元英樹)[日経電子版2017年9月6日付]

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