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skill up-自己成長

池上彰の大岡山通信 若者たちへ社会に出る君たちへ(上)
名刺で仕事をするな

池上彰の大岡山通信 若者たちへ 社会に出る君たちへ(上)名刺で仕事をするな
東京工業大学での講義
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 多くの企業が来春卒業予定の大学生に内定を出し始めました。今年の就職活動も大きな節目を迎えたといえるでしょう。そこで私自身の体験をもとに、社会へ出る若者たちへのアドバイスを贈ります。

 私は1973年、NHK(日本放送協会)に報道記者として入りました。40年以上も前のことです。初任地は島根県の松江放送局。広島県の呉通信部を経て、東京の社会部へ移りました。その後、2005年に退職するまでの11年間は、「週刊こどもニュース」という番組づくりにも携わってきました。NHK勤務時代は報道の現場を歩いてきたのです。

◇   ◇   ◇

 新人時代、先輩からよくいわれた言葉がありました。それは「名刺で仕事をするな」というアドバイスでした。つまり「人は名刺に刷られた会社名、肩書を見ている」と。そして「個人としての実力が認められ、重要人物に会える記者になれ」といわれたものです。

 たとえば、初めて訪れる取材先は「NHKの池上」に会うのであって、「池上」という個人に会いたいわけではない。「NHK」という看板があるからこそ、県知事だって、警察幹部だって時間を割いてくれる。しかし、何度も会える関係を築くには、記者個人の力量を磨かなければならない、と。

 「記者の実力ってなんだろう」。もちろん、特ダネを報じることは記者として大切な実力でしょう。その前提として、もっと重要なことは、現場経験を積み、専門知識を蓄え、その道の専門家と議論できるくらいに問題に精通すること。取材先と真剣に向き合う姿勢。人間力というものでしょうか。後からわかることですが、新人時代に限ったことではありません。

NHK松江放送局で、報道記者として新人時代をスタートした池上氏。23歳=著者提供

 これから様々な業界へ就職する皆さんと、私が働いてきた報道の世界は違うかもしれません。しかし、組織や社会は、人と人とのつながりによって成り立っているもの。自分を認めてもらう上で、そんなに大きな差などないはずです。

 一目置いてもらえる関係がなければ信用を勝ち取ることなどできないでしょう。ぜひ、現場の経験を積み、人間力を磨いてほしいと思います。

 そのために役立つことは、常に新しい情報や知識を蓄え、仕事相手との話題を広げ、君自身の人柄や仕事に対する姿勢を伝える努力の積み重ねです。いわゆる「学び続ける力」の大切さです。

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 そして、記者時代に学んだキーワードをもう一つ披露しましょう。それは「密着すれども癒着せず」という言葉です。どんなに親しく、気心の知れた間柄になっても、仕事の取引相手とは適切な「間合い」を築いてほしいのです。

 というのも、企業や個人の「コンプライアンス(法令順守)」に対する姿勢が厳しく問われる時代になってきたからです。たとえば、仕事の上でのお金の使い方、パワーハラスメントやセクハラに関する人間関係、顧客など個人情報の管理に関するルールなど多岐にわたります。

 入社後の新人研修でも「コンプライアンス」は必ずテーマになるでしょう。社会人になれば皆さんの行動や発言に対する責任が厳しく問われます。学生時代とは責任の重さが全く異なるということに驚くことでしょう。

 次回は「人生にムダな時間などない」というテーマでお話します。

※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。
[日本経済新聞朝刊2017年10月9日付、「18歳プラス」面から転載]