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疲れを感じない働き方
やる気引き出す「魔法の言葉」

疲れを感じない働き方 やる気引き出す「魔法の言葉」
撮影協力:神田外語大学

 今夏は天候不順にも見舞われ、通常のシーズン以上に疲れを感じるビジネスパーソンも少なくないだろう。疲れを感じず、やる気を引き出す方法はないのか。「経営と脳科学」を研究テーマとする早稲田大学研究戦略センターの枝川義邦教授に聞いた。

やっかいなのは「疲労感」

 「夏バテの時期で、疲れている人が多いです。その上、脳が『夏は楽しい季節』と認識している場合が少なくないので、夏休みが終わると寂しくなったり、仕事に対するやる気をなくしたり、『疲労感』が増したりすることがあるんです。悪くするとうつ状態に陥る人もいます」と枝川教授は指摘する。この夏は暑かったり、長雨だったりし、睡眠不足で疲労がとれないと嘆く人もいる。

 ただ、枝川教授は通常の疲労と疲労感は別物だという。生理学的な疲労なら「例えば十分な睡眠をとり、バランスのいい食事をして、軽い運動をすれば、基本的には1日で疲労は回復します。しかし、やっかいなのは『疲労感』です。これは脳がストレスを受けて、まさに『感じる』もの。ここから脱して、仕事の意欲を高めるやり方は別なのです」という。

 ビジネスパーソンの場合、多くの人はお盆の時期に1週間程度の夏休みをとり、再び出社。秋に向け、改めて仕事の目標を考え、実行していく。「積極的に目標を設定して仕事をこなしていく能動的な人なら問題ないのですが、この仕事は気が進まないとか、上司にコントロールされているとか、やらされている感のある人はなかなか意欲が湧かないケースがあります」(枝川教授)。これは脳から、やる気を起こす神経伝達物質「ドーパミン」があまり分泌されていない状況だ。ではモチベーションを上げるにはどうすればいいのか。

魔法の言葉は「あえて」

 枝川教授は「やる気を出すマジック(魔法)ワードがあります。『あえて』という言葉を使うといいんです。気は進まない仕事だが、自分の成長につながるから、『あえて』やろうと。その瞬間、受け身ではなく、自分が主体となって仕事を進めているという認識に変わるわけです」。やる気を起こす動機づけには3つのパターンがあるという。1つ目は内発的な動機づけ、「自分がやりたいからやる」という場合だ。2つ目は外発的な動機づけ、報酬や昇進などにつながるからがんばるというもの。3つ目が社会的な動機づけ、ミッション(使命)やコミットメント(約束)などで、仕事に対する責任があるという意識の持ち方だ。

 いずれにせよ自分自身が納得し、主体的な立場にならなければ、やる気は起こらない。確かに「あえて」という言葉をバネにしてモチベーションを上げるのは一つの方法かもしれない。

小休止も有効 5分間目を閉じる

 しかし、ネット社会はストレスに満ちている。せっかくモチベーションを上げても、脳には様々なストレスが襲いかかってくる。職場には必ずパソコンがあり、スマートフォン(スマホ)を持ち歩く人も増えているため、家庭でも誰とでもつながってしまう。働き方改革で職場での残業時間が減ったとしても、深夜や早朝、休日でもメールが飛び交う。

 「多様な情報が押し寄せ、このメールにはこう回答しようとか、後回しにしようとか、頭の中で整理して、常に意思決定をしないといけなくなっています。現代人は知らず知らずのうちにストレスがたまり、それにより疲労感が増しているのです」と枝川教授は話す。

 どう対処すればいいのか。「小休止が有効です。職場で疲れを感じたら、本当は15分程度睡眠をとるのが効果的ですが、普通の職場では難しいでしょう。だったら、5分ほど目をつむるだけでもいいんです。頭の中が整理される。トイレの個室のように邪魔が入らないところで目をつむり、静かにするのが有効です」という。情報量の約8割は目から入ってくる。まぶたを閉じれば、パソコンやスマホからの情報も遮断される。心身を安定させ、うまく休息すれば、心の安らぎを促す神経伝達物質「セロトニン」の働きにより、ホッとした気分になり、疲労感も緩和される。逆にセロトニンが不足すると、うつ病や不眠症などの精神疾患に陥りやすくなるといわれる。

 枝川教授は「そもそも疲労を感じるとか、首や肩がこるというのは、目の疲れ、つまり眼精疲労が原因のことが多いのです。このような場合、休息をとるのがいいです。最悪なのは、会社の休憩室や喫煙スペースでスマホのゲームなどに興じる人。気分転換にはなりますが、脳や目を使い続けるので、結果的に疲労感は増してしまうでしょう」という。

信頼関係の築き方

 もう一つ、ストレスと疲労感を増す原因となるのが人間関係だ。

早稲田大学研究戦略センターの枝川義邦教授

 SNS(交流サイト)社会では「電話が嫌い」とか、上司との会話が苦手という若手社員も増加。コミュニケーションギャップが深刻になっている。この場合、まず相手の立場を考え、自分の意見を言ったり、発言するのが効果的だ。例えば上司が部下に仕事を依頼する場合、単純に指示するのではなく「忙しいのは分かっているが、君の成長にもつながるから『あえて』この仕事をお願いする」といえば、部下は納得し、両者の信頼関係も強まるだろう。

 枝川教授は「欧米では夫婦や恋人同士以外でもハグしたり、握手したりします。このような行為が、信頼関係を強める神経伝達物質『オキシトシン』の分泌を促すといわれています」という。オキシトシンというのは女性が出産する際に多く分泌され、出産後も母子をつなぐホルモンとして知られる。女性だけでなく男性でも分泌されており、良好なコミュニケーションのもとになっているともいう。ただ、日本の職場で、上司と部下が握手するなど触れ合うのはなかなか難しい。

 ドーパミン、セロトニン、オキシトシンの3つの神経伝達物質は「幸せのホルモン」と呼ばれる。バランスよく分泌される状況をつくれば、疲労感が緩和され、仕事の意欲も高まりそうだ。

8時間労働は理想的

 ビジネスパーソンの中には「自分は仕事が大好き。何時間残業をしても平気だ」という人もいる。ただ、この状況はある意味で危険だという。枝川教授は「個人差はありますが、脳が覚醒し、きちんと働いているのは12~13時間だといわれます。出勤して8時間働いて帰宅するまでが、起きてから12時間程度に収まるなら、脳の働きからみて理想的な労働時間といえます。残業すれば、明らかに脳の働きは低下し、15時間以上なら酒気帯びと同様の状態になってしまいます」という。

 もちろん仕事が多忙で、残業が必要な場面もある。「『ここが勝負どころ。スタートダッシュをかけよう』という時には、脳から神経伝達物質『ノルアドレナリン』が分泌されます。これには仕事の意欲、やる気を上げる半面、不安や恐怖、緊張感を高める作用もあるのです。ノルアドレナリンが長く分泌され続けると心身のバランスが狂い、体調不良を招く懸念もあります」(枝川教授)。ノルアドレナリンは「怒りのホルモン」とも呼ばれ、危険な要素がある。

 疲労感がなく、やる気が高まっているからと長時間労働を続けていると、「気づかぬうちに疲労がたまり、最悪の場合は突然死する可能性だってあります」と枝川教授は指摘する。ここが疲労と疲労感が違う点だ。疲労感はなくても疲労はたまる。睡眠を削り、きちんとした食事をとらなければ、確実に疲労は蓄積されて体調不良を引き起こす。ノルアドレナリンに頼るのは一時的にして、ドーパミンなど3つのホルモンをうまく引き出しながら、仕事をこなすことが肝要だ。
(代慶達也)[日経電子版2017年9月12日付]

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