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[ liberal arts-大学生の常識 ]

NY公立高校受験
複雑な制度がもたらす
「隠れた人種隔離」

NY公立高校受験複雑な制度がもたらす「隠れた人種隔離」

 9月の新学期を迎えたニューヨーク市の公立学校では、新しいクラスメートや授業になじんだのもつかの間、厳しい受験競争に突入する。8年生(日本の中学2年生)の高校受験だ。大学受験並みといわれる複雑で厳しいプロセスを前に、途方に暮れる親や学生も多い。この9月に9年生(高校1年生)となった14歳の男の子の親である筆者。昨年9月から6カ月間にわたる親と子の受験体験で浮かび上がったのは、ニューヨーク公立高校の「隠れた人種隔離」だった。

約8万人が競う全米一厳しい受験競争

8年生はこれから3月まで長い受験競争が始まる(マンハッタンの公立中学校)

 先週、ブルックリンで開催されたニューヨークのハイスクールフェア。市内の中学生と親が数千人の規模で集まった。各高校の関係者が設置した学校紹介のテーブルには長い行列。講堂で開催される説明会では英語に加え、中国語、スペイン語の同時通訳もつく。

 ニューヨークの公立高校は約400校あり、そこに約8万人の中学生が受験する。マンハッタン、ブルックリン、ブロンクス、クイーンズ、スタッテンアイランドの5区にある学校に、一部の例外を除いてどの地域に住む学生も応募することができる。

 2002年に前市長のブルームバーグ氏が市教育庁を大改革し学区制を廃止、どこに住む生徒も好きな学校を受験できるようにした。それ以前は、例えば、低所得者層が多く住むサウスブロンクスの生徒は、小学校から高校まで教育の質の低い同じ地域の学校に通い続けなければならず、大学進学率も低いのは不平等という見解に基づいている。すべての生徒に教育の機会均等を与える目的があった。

 その結果、それまでは学区内の高校に自動的に入学できたのが、400校の中から最大12校を選んで受験し、8万人と競争しなければならないという米国一厳しい高校受験競争にさらされる結果になった。400校の質はピンからキリまであるが、人気の高校だと定員100人に5000人が応募する狭き門になる。

 「私の中学時代は近所の高校にそのまま入れたのに、こんな大変な受験になってブルームバーグ前市長を恨むよ」。マンハッタンのアッパーイーストサイドの中学生の母親であるサラ・グリーンバーグさんは嘆く。

 募集要項は各校まちまち。中学校の成績と州共通試験の結果を見る学校や論文と面接のある学校、「ポートフォリオ」といって中学時代の科学の課題や作文など過去の作品提出を要請する学校、はたまた芸術系高校だとオーディションも課される。

募集要項リスト 電話帳の分厚さ

 各高校の募集要項をリストにした電話帳のように分厚い市発行の冊子で、募集人数や中学の成績に基づく合格基準などを見ながら学校の選択に格闘する。この段階ですでに教育の機会均等は影の薄いものになる。中学校の受験指導教員であるガイダンスカウンセラーが充実している学校とそうでない学校で、準備にかける時間と費用が大きく異なるからだ。

約400校の公立高校の募集要項をおさめた市発行の冊子

 息子が通ったアッパーイーストサイドの中学校は、元ニューヨーク市教育庁の高官だった人が創立した受験コンサルタント会社を学校を挙げて雇い、受験の準備にかかわる説明会や生徒の模擬面接、親への個別相談などを提供した。

 元教育庁の役人だけあって、高校受験プロセスに通じている。同じ公立中学校でも親が教育熱心で学校支援のための募金活動や寄付金が充実している学校は、こうして高校受験準備に時間とお金をかけることができる。

 これに対して低所得者層が多い地域の中学校は、受験ガイダンスも限られる。一部の高校が受験で要請する生徒のポートフォリオをきちんと受験用に準備している教師も少ない。移民の多いクイーンズやブロンクスでは、英語が話せない生徒や親が受験競争に圧倒されるという現実もある。

 「いろいろな学校があって息子にどこの学校を受験させていいかわからない」。中国から5年前に移民したメアリー・リーさんは片言の英語で困惑気味に語った。リーさんの息子は中学校の数学の成績が抜群に良く、筆記試験だけを課すスペシャライズド・ハイスクールを受けるという。

 スペシャライズド・ハイスクールは公立高校に9校あり、中学校の成績などは一切関知せず、一発勝負で試験に受かったものだけが入学できる難関校だ。

 この試験を受けるために家庭教師をつけたり塾に子供を通わせたりする家庭も多い。また、複雑な受験プロセスと英語の壁に悩まされる外国人の親も子供の成績が良ければ、スペシャライズド・ハイスクールを選ぶ。すると、結果的に勤勉で成績の良い中国人の子供が殺到することになる。

 スペシャライズド・ハイスクールに加え、10校程度ある通称セレクティブ・ハイスクールは、富裕なユダヤ人家庭の子供と中国人が集中する人種構成のゆがんだ高校になる。このためニューヨーク市は黒人、ヒスパニックの中学生にもスペシャライズド・ハイスクールをもっと受験してもらおうとの趣旨で、両人種の子供だけを対象に無料の受験講座を開催している。

1発試験のみの超難関校 アジア系生徒が7割超す

 それでも人種構成のゆがみはほとんど解消されない。スペシャライズド・ハイスクールの一つ、超難関校のスタイブサント・ハイスクールの生徒の人種構成は、アジア系74%、白人17%、ヒスパニック2%、黒人0.6%で、そのほかネーティブアメリカンやハーフなどだ。ニューヨーク市教育庁によると、公立学校全体の人種構成はヒスパニック40%、黒人27%、白人14%、アジア系15%など。比較すれば、この難関校の人種構成が社会全体を反映していないことが明らかだ。

 ニューヨークの公立高校の受験プロセスはあまりにも複雑・煩雑で、14歳の子供がひとりで対応するのは無理だといわれる。最大12校の学校説明会に子供と一緒に出席できる親も限られる。親が教育熱心でなかったり、英語が話せなかったり、塾や家庭教師にお金をかけられなかったりする家庭の子供は、試験なしの学校や学校説明会に参加しただけで入学できる高校に行くという結果になる。

 そうした高校は卒業しないでドロップアウトする生徒が多く、大学進学率も低い傾向が強い。高校受験を支援する非営利団体インサイド・スクールズのウェブサイトを見れば、高校別に生徒の人種構成や大学進学率、校舎の入り口に犯罪防止の金属探知機があるかないかなどがひと目でわかる。受験準備のリサーチに熱心な親はこうしたサイトを見て、子供の受験先を決める。

 ブルームバーグ前市長が目指した教育機会の均等は理念は素晴らしいものの、学区制廃止後15年たった今でも実践が難しいことを息子の受験体験を通じて垣間見た。

 3月の合格通知まで、受験競争の道は長い。「ニューヨークの高校受験は親をテストしているんだよ」。息子の受験に悪戦苦闘した友人のサミュエルさんは苦笑した。
(米州総局 伴百江)[日経電子版2017年9月22日付]

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