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[ career-働き方 ]

新人弁護士「青田買い」過熱
合格前に内定も

新人弁護士「青田買い」過熱合格前に内定も

 10月に入り、多くの企業で来春に入社予定の新人の内定式が開かれた。弁護士の世界でも、スケジュールなどは大きく異なるものの「就職活動」はある。最近、その就職事情に異変が起きている。かつては「弁護士になっても仕事がない」と供給過多が批判されたが、ここ数年は逆に人材の奪い合いが激化。司法試験の合格発表前に内定を出す「青田買い」も過熱する。何が起きているのか。

発表の3カ月前から大攻勢

合格発表前から採用合戦が始まっている(9月、東京・霞が関での司法試験の合格発表)

 「司法試験の合格発表の3カ月以上前に、働き先の法律事務所が決まった」。今年3月に都内の法科大学院を修了した女性(24)が振り返る。司法試験の合格発表は9月12日だったが、6月1日の朝10時前には、代表的な国内4つの法律事務所から携帯電話に立て続けに着信があったという。

 「(内定連絡だと)分かってますよね。うちに来てくれますか」。かねて希望だった事務所に「お願いします」と返答。その後無事に試験にも合格した。司法修習を経て正式に弁護士になれるのは1年以上先だが、事務所が開いた懇親会で、他の数十人の内定者らともう顔合わせもしているという。

 彼女が就職活動を始めたのは、約1年半前の法科大学院2年生の春休み。中堅規模の都内の法律事務所が開いたインターンシップに参加した。「それでも他の学生より遅めの始動だった」という。その後、3年生の夏には、計5つの大手事務所のインターンに1週間ずつ参加。すると秋ごろから、各事務所の弁護士に食事や忘年会などに誘われるようになった。高級ホテルのレストランや料亭での会食に圧倒され「もし内定を出したらどうするの」と聞かれることも。どこの勧誘も積極的で、「第1希望以外からの誘いを断るのに気を遣った」と振り返る。

ルール順守は有名無実化

 ここで、弁護士になるための道筋をおさらいしておこう。

 一般企業の場合、経団連の指針などに基づき、大学卒業の前年3月に会社説明会などが解禁される。面接などの選考が6月に始まって内々定も出始め、10月の内定式を経て卒業後の翌年4月に就職するのが一般的だ。

 だが弁護士の就職活動のスケジュールは大きく異なる。まず司法試験を受けるには法科大学院を修了するか予備試験に受かることが必要。毎年5月に実施する司法試験は9月に合格発表され、受かればその年の12月から1年間の司法修習を受ける。その後、翌年12月にようやく弁護士などになる。その際に所属先となる事務所や企業を見つけるのが、いわゆる弁護士の就職活動だ。

 日本弁護士連合会は司法研修所と協議の上で毎年、「司法修習開始後の3カ月が経過するまでは、採用のための勧誘行為を行ってはならない」などの内容のルール順守を全国の弁護士に要請するのが通例だ。ただ、この要請は有名無実化している。

 大手法律事務所は、毎年5月の司法試験の直後から、前年のインターンシップや事前面接の参加者などで目を付けていた受験生に内定を出し始める。9月の合格発表後は、他の中堅法律事務所や企業の法務部などの採用活動が活発になり、合格者らは事務所訪問や就職説明会に飛び回る。

 12月の司法修習開始後は、法律事務所や企業の採用活動が続く一方で、検察や裁判所からのリクルート活動も本格化。毎年150人前後が裁判官や検察官になり、残りの大半が弁護士になる。就職先が決まらない層も数%ほどはいるとみられる。

背景に大型案件の増加

 都内の大手法律事務所で採用活動を担当する弁護士は「2015年ごろから東京や大阪の一部の大手事務所間などで、新人の奪い合いが激しくなった。司法試験合格前に内定を出す"青田買い"が過熱している」と明かす。「東大・京大・早慶・中央などトップランクの法科大学院の成績優秀者は、合格発表前にいくつも内定を得る。売り手市場だ」

 関東地方の弁護士会元会長は「弁護士の就職難が深刻といわれた10年ごろと全く状況が変わった」とやや当惑した表情だ。当時は弁護士会などから「弁護士になっても就職先や仕事がない例が続出している」などの声が上がり、社会問題化。トップランクの法科大学院出身者ですら「内定辞退する人など皆無だった」(大手法律事務所)といわれるほど、採用側の立場が強かった。

 なぜその状況が変わったのか。ベテラン弁護士は「司法試験の合格者数が減った半面、大手事務所が扱うような企業法務の大型案件の需要が高まった」と指摘する。

合格者が減る中で採用者は増加

 司法試験の合格者数は08年から13年まで年2000人を超えていたが、総務省は12年に「弁護士需要は広がっておらず、供給が多すぎる」と指摘。法務、文部科学両省に弁護士増員の目標見直しなどを勧告し、日弁連も「減員を考えるべきだ」と提言した。これらの指摘を受ける形でその後、合格者数は減り続け、今年の合格者は1543人となった。

 ところが、大手法律事務所の採用はそれに反比例する形で増えている。弁護士の就職や採用支援をするジュリスティックス(東京・港)によると、東京都の代表的な大手5事務所の新人採用数は11年から年々増え、昨年の採用数は計156人と11年のほぼ倍になった。TMI総合法律事務所(東京・港)の渡辺伸行弁護士は「企業のM&A(合併・買収)や大型訴訟、不正調査など、多くの弁護士で対応が必要な仕事が増えている」と説明する。

法律家を目指す人は減少傾向(弁護士バッジ)

 採用合戦は、今後ますます激しくなりそうだ。大手事務所の採用担当者は「所属弁護士数が数百人に及ぶ大手事務所同士だけでなく外資系や100人前後の中堅事務所との競合も厳しくなっている。今後は法科大学院に入学前の法学部の段階から学生に接触し、優秀な人材を囲い込むことも考えている」と話す。

地方にはあおり 「新人ゼロ」も

 地方の弁護士会は、都心での採用過熱のあおりを受けているという指摘もある。日弁連の元幹部の弁護士は「昨年ごろから複数の地方弁護士会で『新人弁護士の登録ゼロ』という例が報告されるようになった。過去に聞いたことがない」と嘆く。昨年度の群馬県弁護士会会長だった小此木清弁護士は「若手弁護士が地方から東京に流れ始めている」と指摘。群馬県内の弁護士は約280人だが昨年だけで実務10年未満の若手が11人も東京に移ったという。「他県でも似た動きがあると聞く。地方での若手定着は課題だ」と話す。

 企業が弁護士を社員や役員などとして雇う「インハウス(企業内)弁護士」の採用動向にも、影響が出ているようだ。インハウス弁護士の数そのものは年々増えているが、ジュリスティックスの野村慧・リーガルプレースメント事業部長は「司法試験の合格者や司法修習生向けの企業の採用説明会は、応募者集めに苦戦する傾向が目立ち始めた」と話す。日本を代表する大手企業でも応募が10人に満たない例や「今年の応募が去年より半減した」という声が続出。野村氏は「大手事務所に新人が集中している余波だ」とみる。

それより深刻な問題も

 まるで東京が震源地の「弁護士就職狂騒曲」。果たしてこれは、司法試験の合格者数の減らしすぎを意味しているのか、それとも一部の優秀な志望者と大手法律事務所の間に限られた特殊な現象なのか。その解釈は法曹関係者の間で大きく分かれている。

 立場を問わず多くの関係者が合意する意見も一つある。「そもそも法律家を目指す人の減少を食い止めなければ、元も子もない」。法科大学院の入学希望者も司法試験の受験者数も減少傾向が続くのが現状だ。法科大学院の統廃合やカリキュラム見直しなど、事態の打開に向けて模索が続くが明確な答えは見えていない。奪い合いたくなるような人材がいなくなる、そんな結末だけはみたくないと誰もが口をそろえている。
(植松正史)[日経電子版2017年10月11日付]

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