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池上彰の大岡山通信 若者たちへケネディ暗殺
「真相」めぐる論議、今も

池上彰 authored by 池上彰東京工業大学特命教授
池上彰の大岡山通信 若者たちへ ケネディ暗殺 「真相」めぐる論議、今も
東京工業大学での講義

 いま米テキサス州のダラスで、この原稿を書いています。

 「大変、ケネディ大統領が殺されたって」

 いまから54年前の1963年11月、私は母親の叫び声で叩(たた)き起こされました。

 この日、日米間で初の衛星通信による中継が行われることになっていました。米国からどんな映像が送られてくるか、固唾を呑(の)んで待っていた日本の視聴者に告げられた第一報は、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺のニュースだったのです。

◇ ◇ ◇

 暗殺犯として逮捕されたリー・ハーヴェイ・オズワルドが、警察署からの移送中にジャック・ルビーという男に銃撃されて死亡したことから、動機などが未解明のままになってしまいました。

 このため、暗殺事件を検証する委員会が発足しました。委員長を務めた連邦最高裁長官のアール・ウォーレンの名前をとってウォーレン委員会と呼ばれます。

 事件現場はダラスの旧市街。ケネディを乗せたオープンカーが交差点を曲がってスピードが落ちたところで銃撃を受けました。オズワルドは、交差点に面した教科書倉庫の6階からライフル銃で銃撃したとされます。

 ウォーレン委員会は翌年9月、膨大な資料のついた報告書をまとめ、ジョンソン大統領に提出。報告書は、暗殺がオズワルドの単独犯行だと結論づけました。

 しかし、ビルの6階から走っている自動車に乗っていたケネディを正確に銃撃できるのか疑問だという声や、銃声を別の方向から聞いた人など、事件の真相をめぐっては、さまざまな陰謀説まで飛び交いました。

◇ ◇ ◇

 報告書のうち、一般に公開されなかった部分に関しては、2039年までの75年間封印されることになり、「政府には隠しておきたいことがあるのではないか」との新たな疑惑を招きました。

 その後、1992年には25年後までに情報公開を進めるよう定めた法律が成立。封印されていた資料の大半が公開されていました。残された機密資料の公開期限である10月を迎え、大統領の判断が注目されていたという経緯があります。

 ドナルド・トランプ大統領が、残された機密資料について、生存している人の名前や住所を除いて公開すると言い出したことから、再び脚光を浴びているのです。

 事件現場には、いまも多くの人がやってきて、各自が「真相」について語り合っています。

 事件をめぐっては、オズワルドが、事件前にソ連に亡命した後、米国に戻ってきていたことから、ソ連による暗殺指令があったのではないかという説がありました。

 また、事件前、米中央情報局(CIA)が亡命キューバ人を使ってキューバのカストロ政権を打倒しようとした謀略をケネディ大統領が途中でやめさせたことから、大統領に反感を持った反キューバ勢力が実行したという説。反感を持ったCIAそのものが関与していたという説。逆に反米国家のキューバが大統領を暗殺させたという説。果てはジョンソン副大統領が大統領昇格を狙って関与したという説まで飛び出しました。

 若き大統領の悲劇的な死は、いまも米国人の心に刻まれ、「真相」をめぐる論議が続いているのです。

[日本経済新聞朝刊2017年11月6日付、「18歳プラス」面から転載]

※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。