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和える(aeru)の夢(1)起業家になろうとは思ってなかった

矢島里佳 authored by 矢島里佳和える代表
和える(aeru)の夢(1) 起業家になろうとは思ってなかった

矢島里佳・和える代表

 はじめまして。和えるの代表、矢島里佳です。東京と京都に「0から6歳までの伝統ブランドaeru」の直営店を構え、陶磁器や漆器、藍染などの伝統産業の職人さんと一緒に作った赤ちゃん・子ども用品を販売しています。「伝統を次世代につなぎたい」という想いで大学4年生の時に和えるを創業しました。伝統をつなぐことが、どの国でも大きな課題になっていることの表れでしょうか。今年9月にAPEC(アジア太平洋経済協力)の女性起業家大賞に選んでいただきました。これまでの歩みを織り交ぜながら、私の思いや未来へのメッセージをお伝えしていきます。

 みなさんは起業家になろうと考えたことはありますか。実は、私は起業家になろうと思ってなったわけではありませんでした。

ジャーナリストの道、小学5年が出発点

 私は小学校のころから、ジャーナリストを目指して生きてきました。一番大きなきっかけは、小学5年生のときです。放送委員会に入っていた私は、運動会の実況アナウンスを担当していました。運動会の裏方を担当していた先生から、こう言われました。「競技をみんなと一緒に見ることはできなかったけれど、矢島さんの実況アナウンスのおかげで一緒に楽しむことができたよ。ありがとう」この一言が私の運命の方向性を決定付けたのです。

APECの女性起業家大賞に輝く(今年9月、ベトナムの発表会場)

 「自分が伝えることで、その場にいられなかった人が、一緒に楽しむことができるんだ」。当時、とても嬉しかったことを覚えています。それ以来、情報を伝えるということにとても興味を持つようになり、漠然と将来はジャーナリストになりたいと思うようになりました。

 当時の私が知っていたジャーナリストの仕事とは、ニュースキャスターや新聞記者の姿です。高校時代も放送部に入部し、さまざまな学内外行事に放送部員として関わっていきました。高校2年生になり、いざ大学受験が迫ると私はジャーナリスト輩出率の高い大学を調べ始めました。そこで一番興味を持ったのが、慶應義塾大学の法学部政治学科でした。

 ここでは、ジャーナリズムについて専門的に学べ、ジャーナリストの先輩たちもたくさんいらっしゃいました。FIT(AO)入試という入試形態に出逢い、自分が何に興味を持ち、考え、行動してきたのかという過去、現在を整理し、なぜジャーナリストになりたいのか、なぜ、慶應義塾大学法学部政治学科で学びたいのか、それによってどんな未来が待っているのかを一生懸命に伝えました。結果、合格し、晴れて入学することができました。

「日本への憧れ」、18歳の自分の中で見えた

 入学してからまず、OB・OG訪問を始めました。実際に新聞記者やニュースキャスターの仕事は、どのような仕事なのだろうか。外から見ているだけでは分かりません。実際にその仕事をしているからこそ感じていること、見えていることを知りたくて、お話を伺いました。

 そこで見えてきたのが専門性が必要であるということでした。自分は何について伝えたいのか、伝えることでどうしたいのか。私が一生をかけて伝えていきたいことを探すために、自分と向き合い、改めて18年間の人生を振り返ることにしました。その中で見えてきたのが、"日本に憧れる日本人"であるということでした。

 東京で生まれ、千葉のベッドタウンで育った私は、日本にほとんど出会うことなく大学まで育ちました。幼稚園のときの陶芸の時間が好きだったこと、日本の原風景が残る田舎に住むこと、日本に憧れて入部した「茶華道部」。自分の手で何かを生み出す、自然と共に生きる、先人たちが蓄積してきた日本の智慧と美しい所作やものたち。これらにとても興味をもって生きていることに気がつきました。

 みなさんも、ご自身の人生を思いだせる限り思い出してみてください。思い出や記憶には強弱があると思います。特に強くあなたの中に残っているものは何でしょうか。自分の興味関心に素直に目を向け、耳を傾けることで、自分の好きに気づき、出逢うことができるようになります。

若手職人の連載記事、企画書持ち込み実現

雑誌の学生ライターとして全国の若手職人を取材(愛媛・砥部焼の工房)

 自分の興味関心の点を線で結ぶと、日本全国でものづくりをしている職人さんを訪ね、ジャーナリストとして取材したいという思いが芽生えてきました。そこで、「若手の職人さんを取材する連載をしたい」という内容の企画書を作りました。出逢った方々に企画書を渡しては想いを語りを繰り返していく中で、JTBさんに私の企画書を渡してつないでくださった方のお陰で連載をさせていただける事になりました。

 こうして、大学時代の3年間、職人さんを取材するお仕事をさせていただく機会に恵まれました。点を線で結び、行動することで面になり、立体的に自分が何をすべきなのかが見えて来るようになったのです。

 取材現場で出逢った魅力的な職人さんが生み出した漆塗りのお箸や、三重の萬古焼(ばんこやき)の急須、福岡の小石原焼のコップなど、様々なものを少しずつ自身の暮らしの中に取り入れ始めました。ただ使えるだけではなく、機能的でなおかつ美しい。使えば使うほど味も出てきて愛着が湧くのです。職人さんが生み出してくださったものたちと共に暮らし始めると、今まで以上に日常の暮らしが豊かになっていくことを体感していきました。

 こんなにも暮らしを豊かにしてくれる伝統に、私はなぜ今まで出逢う機会がなかったのだろうかと不思議に思うようになりました。この不思議が、後に社会の課題と結びついていくことに、ジャーナリストを目指していた私は気がついていくのでした。

「和えるWEB」

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