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Startup X(1) フードテック
人工肉が世界を救う、
起業家が挑む食料革命

Startup X(1) フードテック 人工肉が世界を救う、起業家が挑む食料革命

 「21世紀最大のイノベーションは生物学とテクノロジーの交差点で生まれる」。米アップル創業者、故スティーブ・ジョブズ氏の予言実現へ、世界が動き出した。細胞を培養して作る「人工肉」では日本と米国が実用化を競う。主役は従来の常識を覆すスタートアップ企業だ。様々な課題を最新技術で解決する「Xテック」。1回目は人類の食料危機を救う可能性を秘める「フードテック」。

人工フォアグラ、2021年に食卓へ

細胞が入った試験管を手にするインテグリカルチャーの羽生社長

 10月、映画「君の膵臓をたべたい」ならぬ「君の肝臓をたべたい」と題したニコニコ動画が話題になった。大皿に焼きナスを添え、中央には葉っぱの上に乗ったわずか1.5グラムの白い肉。ソースもかけてフランス料理風に仕上げたその肉は、実は鶏の肝臓細胞を培養した世界初の人工フォアグラだった。

 「わずかな量だが、人工肉を作れることを示した」。動画をアップしたインテグリカルチャー(東京・文京)の羽生雄毅社長(32)は平然と言ってのける。人工肉は19世紀から登場したSF小説の定番だが、「もはや空想の世界ではない」。

中央にあるのがわずか1.5グラムの人工フォアグラ

 世界で人工肉が本格的に動き出したのは2013年。オランダのマーク・ポスト教授が、ロンドンで世界初の培養肉で作ったハンバーガーの試食会を開いた。だが、開発費が膨大で1個なんと3500万円。実用化にはほど遠かった。羽生氏は東芝の研究員時代、それに着目。自宅で実験を始め、15年に起業した。

 細胞の培養自体は難しくないという。細胞を培養液に浸し装置に入れて肉の塊へと細胞を増やす。問題は高価な培養液。基礎培地と牛胎児血清、成長因子で構成され、200グラムの肉を作るだけで600万円もの培養液が必要になる。

 いかに培養液のコストを抑えられるか。羽生氏は牛胎児血清をビール酵母などに変え、成長因子を装置内で自動生成できる仕組みを開発。培養液の価格を10分の1に抑えることに成功した。

 来年3月に3億円の資金を調達してさらに低コスト化を進める。「21年にまずは人工フォアグラを商品化したい」(羽生氏)。1キロ当たり1万円前後する本物より安い4千円程度を目指す。

 世界で人工肉を研究するスタートアップは、米国、オランダ、イスラエルを含め4社。アジアではインテグリカルチャーだけで、人工肉を実用化した企業はまだどこもない。最先端を競う羽生氏に世界も注目する。

 羽生氏の青写真では人工肉が日本で登場するのは4年後。だが米国では植物性食材を使った疑似肉が実用化され始めた。

米国では18ドルの植物肉バーガー

 シリコンバレーにあるスタンフォード大学の敷地内にあるレストラン「ビナ・エノテカ」。人気メニューの1つが18ドルとやや高めの「インポッシブルバーガー」だ。見た目も味も普通のバーガーだが、パティは小麦フレーク、じゃがいものたんぱく質など植物系素材でできている。

米インポッシブル・フーズの植物性食材を使った疑似肉バーガー

 開発したのは米食品スタートアップ、インポッシブル・フーズ。がん研究者のパット・ブラウン教授が食料危機を憂い起業した。「持続可能な材料で普通の肉より売れる植物肉を開発する」。量産により価格引き下げが進めばスーパー並みの値付けも不可能ではない。

 味を限りなく肉に近づける秘密が、肉の血の気を再現する成分「ヘム」。動物の筋肉に大量に含まれる化合物で、熱すると鉄くさいクセが出て肉らしくなる。研究所では分子生物学者など80人以上の科学者が肉のデータ解析を進める。同社にはマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏やグーグルも出資する。

 疑似肉だけではない。米ハンプトン・クリークは卵と似た味のカナダ黄エンドウ豆を使ったマヨネーズなどを販売。ジョシュ・テトリック最高経営責任者(CEO)は「健康的な新しい食品産業を生み出す」と語る。

 食べ物の寿命を延ばす試みも広がる。米アピール・サイエンスは植物から脂質を抽出し、アボカドやかんきつ類の表面を覆って目に見えない「皮」を作る。乾燥と酸化のスピードを遅らせ、野菜や果物の腐敗を抑える技術だ。「冷蔵環境が整っていなくても、保存期間を約2倍に延ばせる」(マーケティング責任者のミシェル・リン氏)

 米国では人工食材以外でも次々と新たなフードテックが生まれ、その波は日本にも押し寄せる。腐敗を遅らせるのが米国なら、発酵をうまみに変えるのが日本流だ。

人工熟成肉バーガーに舌鼓

 「今までのバーガーと肉汁が全然違う」。10月24日、ファーストキッチン・ウェンディーズ赤坂見附店(東京・港)。バンズの代わりに2枚の熟成肉で挟んだバーガーを食べた女性は思わずうなった。価格は1800円とチェーン店では常識を超えた値段。26日の全国発売前の試食会だが、「店舗でも買いたい」と満足げだ。

 ファーストキッチンが「史上最高のバーガー」(今井久マーケティング本部長)という「発酵熟成肉バーガー」。肉は人工で短期間に熟成する新技術で大量生産を可能にした。熟成肉の専門店を手掛けるフードイズム(東京・渋谷)と明治大学が連携して確立した。

人工熟成肉はカビを付着させたシートを肉に巻いて発酵を促進する

 熟成肉は肉の表面でカビを繁殖させて発酵し、内部でうまみ成分を増幅させたものだ。焼けば甘みが出る肉と大量の肉汁が特長だが、「科学的な分析がされず、発酵に失敗して腐敗するリスクも高かった」(フードイズムの跡部美樹雄社長)。

 跡部社長から製造法の依頼を受けたのは菌の専門家、村上周一郎・明大准教授。「世界中の論文を探しても菌と食肉に関するものはなかった」。そこで、熟成肉から菌を採取して最も多かった毛カビに着目。胞子を付着させたシートで肉を巻くと発酵が促進され、これまで100日間必要だった熟成期間を約30日まで縮めることができた。

 このシートを世界で販売するために、明大発のスタートアップ、ミートエポック(川崎市)を設立。フードテックの先進国、米国の精肉業者からも問い合わせが来た。

 「これからはガレージ・バイオベンチャーの時代」。インテグリカルチャーの羽生氏は自宅でのバイオ研究から食の分野で新技術が次々と生まれると予測する。人類の未来を救う食料革命――。スタートアップが大きな扉を開こうとしている。
(企業報道部 栗本優、平嶋健人、シリコンバレー支局 兼松雄一郎、佐藤浩実)[日経産業新聞 2017年11月6日付、日経電子版から転載]

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