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アート×ビジネス=?
柔軟な発想、新事業に活用

アート×ビジネス=? 柔軟な発想、新事業に活用

 「アート」の発想方法をビジネスに取り入れる動きが広がり始めた。論理的な考え方だけに縛られず、柔軟で自由な発想を新規事業や社内改革に役立てようとする狙いがある。縁遠い印象もあるアートとビジネス。実際にどのようにつながるのか。記者もトライしてみた。

大手社員が参加 絵の印象を発表し合う

 9月中旬、東京都内の経営コンサルティング会社、シグマクシスのオフィスを訪ねた。同社の企業向けプログラム「ビジョンフォレスト」の体験コースに参加するためだ。コンサル会社の人材育成プログラムは数多くあるが、同プログラムが新しいのは、アートの手法を取り入れているところ。ただ効果については、正直なところ半信半疑だ。

写真1。1枚の抽象画を参加者全員で鑑賞する(東京都港区のシグマクシス)

写真2。180度回転させると印象ががらりと変わる

 今回の参加者は10人。多くが誰もが知る大企業の社員で、年齢は20~40代といったところ。始まる前の会場では皆、緊張と不安が入り交じった表情を浮かべている。

 「絵を見た時の自分の心の動きを言葉にしてみてください」。プログラムを監修するアーティスト、谷澤邦彦さん指示で体験コースは始まった。出てきたのは正方形のキャンバスに描かれた1枚の抽象画(写真1)だ。多彩な色使いと不思議な模様。題名や意味は一切知らされず、参加者は渡された付箋に思いつく感想を書き込み、絵のまわりに貼っていく。

 記者は当初、絵から「海」や「生命誕生」といった言葉が浮かんだ。一方、ほかの参加者は「山」や「谷」という人もいれば「情熱」と見る人もいる。さらに絵の向きを180度回転させると(写真2)、印象ががらりと変わる。自分のものの捉え方がいかに一方的で狭いものかをいきなり痛感させられた。

1時間で描くパステル画 テーマは「働くうえで大切なこと」

 続いて折り紙ほどの大きさの厚手の色紙とパステルが渡された。谷澤さんが絵の描き方を簡単に教えてくれた後、各自がそれぞれ描いていく。テーマは「自分が働くうえで大切にしていること」。制限時間は1時間だ。

「自分が働くうえで大切にしていること」をテーマにパステル画を描く
写真3。いちばん左が記者の作品

 しかし......。まず、描き始めるのに15~20分ほど時間がかかってしまった。お題に言葉で答えることはできるが、絵にするとなると話が違う。ただ、いったん描き始めると思いのほか手が動く。無心になって描き、たまに立ち止まって理屈っぽく考え、また手を動かす。その繰り返しだ。右脳と左脳をいったりきたりするような新鮮な感覚だった。

 1時間はあっという間。完成した絵を額に入れると、お世辞にも上手でもきれいでもない絵がそれらしく見えてくる。そして参加者全員の作品がずらりと並べられ、鑑賞の時間に入る。

 「昭和を感じますね」。記者の作品(写真3のいちばん左の絵)を見た参加者からはこんな声が上がった。ほかの参加者には作品のタイトルや意図は一切伝えられていない。ほかにも「リズム」「冷静と情熱」「熟考」といった印象を持った人がいたが、記者が自分の絵に付けたタイトルは「混ざる」だった。多くの人の考えや意見が混ざり合うことで何か新しいものが生まれるのではないか。それを絵で表現したかった。

導入は50件以上 「社内横断組織の立ち上げに効果」

参加者全員の作品を並べ、付箋に印象を書いて貼っていく

 日ごろ、仕事で会議や打ち合わせをしていると、筋道が通っているかどうかを基準に全体の結論を導いていくことが多い。つまり「何が正しいのか」を探る作業だ。ところが今回は最初から「正解」がない。そのためほかの人の考えにも「なるほど」と寛容になれるし、相手がどんなキャラクターの持ち主なのかも見えてくる。自分自身も「こんなことを言ったらみんなに非難されるのでは」と恐れることなく、自由な発想で発言できる。

 参加した大手メーカーの人事責任者は「この手法は初対面の人同士がお互いを理解したり、価値観を共有したりするのに最適だ。新規事業などで社内横断組織を立ち上げるときなどに効果を発揮しそう」と話した。

 シグマクシスがこのプログラムを始めて7年ほど。これまでにイオンや日本航空、日本たばこ産業(JT)など大手企業を中心に50件以上の実績があるという。例えば素材大手の日立化成では、日立製作所本体からの分立50周年を迎えたとき、長期の経営ビジョンを策定するためにアートプログラムを取り入れた。実際に経営陣一人ひとりが「仕事の原点」といったテーマで絵を描き、それをアーティストが1枚の絵にまとめた。その絵を国内外1万7000人の社員に鑑賞してもらい、対話を通じて経営ビジョンの浸透を図った。シグマクシスのアートプログラムの責任者、斎藤立ディレクターは「ビジネスで新しいことを始めるには、ロジックだけでは限界があると感じた」と話す。

アーティストがビジネスに参加する例も続々

NTTが共同研究を進めるアルスエレクトロニカのドローン表現(C)Ars Electronica/Gregor Hartl Fotografie

 アートの発想方法を生かすだけでなく、アーティストが実際にビジネスに加わって新たなモデルを模索する動きも始まった。

 2020年の東京五輪。東京湾上に2020機のドローン(小型無人機)が飛び立つ。ホタルのように照明機器を搭載したドローンが規則正しく宙を飛び、ある時はリアルタイムでサッカー日本代表の試合経過を映し出し、ある時は駅に向かう外国人客向けに巨大な矢印となって道案内する。

 NTTが東京五輪に向けて模索する、空飛ぶデジタルサイネージ(電子看板)だ。NTT自身もデジタルサイネージの研究は独自に進めてきたが、ドローンを使って表現する手法を提供したのはオーストリアのアート研究機関、アルスエレクトロニカの芸術家たちだった。両者は昨年夏から研究者とアーティストが手を組む形で複数のプロジェクトを推進してきた。NTTの木下真吾主席研究員は「技術を提供するだけでは世の中にアピールできなくなった。ビジネス上の実現可能性ばかりを考えてしまう我々とまったく別の角度から提案がくることが魅力」と話す。

アルスエレクトロニカのゲルフリート・ストッカー総合芸術監督(C)Ars Electronica/Florian Voggeneder

 アルスエレクトロニカは今年春に博報堂と手を組み、日本企業向けにアーティストの発想を取り入れた新商品や新規事業の立ち上げ、人材育成を支援するサービスを始めた。アルスのゲルフリート・ストッカー総合芸術監督は「我々はアートと産業の連携を模索してきた。生活者、人間という視点で常識への問いかけをしていきたい」と話す。

 バンダイナムコホールディングスもこのサービスに着目した。自社の主力キャラの一つ「パックマン」とITエンジニアらが技術力を競う「ハッカソン」を組み合わせた「パッカソン」をコンセプトに掲げる。VR(仮想現実)やAR(拡張現実)の技術で街中に現れたパックマンと遊んだり、教育現場にパックマンが登場したりすることなどをアルスのアーティストたちと共同研究している。「従来の事業の延長線上でない部分からよい刺激を受けたい」(バンダイナムコ)という。

 JTは今夏、経営企画担当の社員を3カ月間オーストリアに派遣して、アルスに駐在させた。「商品だけがイノベーションではない。経営にも革新が求められている中で既成概念にとらわれないアートの発想法を研究する必要がある」(同社幹部)という。
(北爪匡)[日経電子版2017年11月3日付]

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