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池上彰の大岡山通信 若者たちへ教え子との読書会 戦争の「3つの記憶」を学ぶ

池上彰の大岡山通信 若者たちへ 教え子との読書会 戦争の「3つの記憶」を学ぶ
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 社会に出てからも勉強したいという東京工業大学の卒業生たちの要望で始まった読書会。以前、「高校で日本の歴史など日本社会についてしっかり学んでいないんです」と直訴を受けました。

 そこで今回、私が選んだのは橋本明子著、山岡由美訳『日本の長い戦後』(みすず書房)です。戦後日本について、じっくり考えてもらおうという趣旨です。日本人の著者なのに翻訳なのは、橋本氏が米国の大学で教えながら英語で著した論文を別の人が日本語に訳したからです。

 日本には「敗戦のトラウマ」が存在すると著者は指摘します。そこには3種類の類型があります。

 戦争に英雄を見いだそうとする「美しい国の記憶」と、戦争被害者としての「悲劇の国の記憶」、それに東アジア諸国に対する「加害者」の側面に注目する「やましい国の記憶」です。

 実に複雑な日本の戦後の「記憶」。読書会の後、参加者から送られてきた感想の一部を紹介しましょう。彼らの思索の跡がうかがえます。

池上教授(奥左)と教え子らが日本の戦後について語り合った(11月11日、都内)

 A君 歴史が時代や国の要請に応じて再解釈されることがあることを、読書会を通じて再認識しました。本書は、先の大戦を3つの視点から学術的に整理しているという点で大変貴重で、今後先の大戦について考え続けていく際の礎になると確信しています。

 B君 日本における被害の歴史を紐解(ひもと)くと、加害者としての側面も否が応でも現れる。加害者は当時の政府であり、また当時の社会を構成していた私にとっての祖父祖母世代である。

 その総括は政治的になりやすく、本書の指摘のように戦後世代には「計算ずくの無関心」があったことは事実だ。無関心であると、時折ニュースにもなる諸外国(特に東アジア)から日本に向けられる「歴史認識」や「戦後補償」に関する視線を、素通りしてしまうようになる。

 C君 事実に向き合わなければ、認識が生まれない。認識がなければ、耳にすら入らない。知らなければ知らないで、僕は幸せだったかもしれない。でも僕は、今後半世紀を世界で生きていく一人の日本人として、戦争を体験した世代の孫として、かの歴史を知ることができてよかったと感じた。

 Dさん いかに自分が自国を知らないのか痛感させられる内容でした。この本で、日本国内で語られる文化的トラウマが「被害者・加害者・英雄」の3つに分析されたことによって、ようやく点と点がつながりました。

 Eさん 戦争に対する印象や記憶が、こんなにも個々人によって異なることに驚きました。時代だけでなく、触れてきたメディア、出会った教師、親や地域など様々なパラメーターに影響を受けていることが分かったのは、読書会ならではの収穫だと思います。

 F君 日本はなぜ負ける戦争を行ったのか、原爆投下以外に戦争を終える方法はなかったのか、過去に答えを見いだすことは非常に困難と感じます。著者は「敗戦を克服する手立てとして、今の民主主義社会では、第二次世界大戦以前の敗戦国になかったような、幅広い選択肢がある」と述べています。

 かつて戦った国家間で、歴史の過ちと向き合い、新たな思想・技術を共有し協働し、解決の体験を作り出すことは文化的トラウマの克服につながると思います。
[日本経済新聞朝刊2017年12月4日付、「18歳プラス」面から転載]

※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

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