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海外で働くヒント(2)帰国してわかった海外企業で働く難しさ

海外で働くヒント(2) 帰国してわかった海外企業で働く難しさ
authored by 小嶋冬子KOVAL Distillery

 前回は、アメリカで働いているという経験を身につけ、自信満々で帰国するところまでお話しましたね。シカゴから東京行きの飛行機へ乗った時、絶対に市場開拓を成功させるという気持ちでいっぱいでした。しかし同時に、搭乗後ものの10分(短いですね笑)で、シカゴにいる間にできた友達や同僚と離れてしまう寂しさでいっぱいに。

シカゴの街並み

 荷物は、イベント出展のために必要なものすごく重いロールスクリーン。そして、日本から持っていった服を全てシカゴに置いて、その代わりボトルや販促に使用するパンフレットなどでパンパンになったスーツケース。自分のために買ったお土産はゼロでの帰国でした。

 帰国後、海外企業で働いているせいか、何をしても同じ日本人なのに「海外企業の人間」と見られるようになりました。それは3年経った今も、成功しても失敗しても常に言われ続けています。もちろん悪い意味ではないことは分かりますが、そういう見方をされてしまうことで、何となく周囲との疎外感を感じることもあります。KOVALでは日本人が私だけなので、何をしても「日本人だから」と考えられ、逆に日本にいるときは、何をしても「アメリカではそうなの?」と言われるのです。

異文化間の板挟みに

 例えば、帰国当初は少し自信ありげに話をしただけで「生意気だ」「主張が強すぎる」と言われたり、逆の態度にしてみると、KOVAL本社から「自信がなさげに見える」「何を言いたいのかが、分からない」と言われたり......まさに板挟み状態。「どうしたらいいの!!!」となることもありました(笑)。

 相手に合わせて立ち居振る舞いを変えなければいけなくて、正直ものすごく疲れてしまったことも。私は好きなウイスキーを広めに来ただけなのに、ウイスキー以外のことで悩まなきゃいけないのか......と落ち込んだこともありました。

 今でも、この悩みは海外経験のある数人としか共有したことがありません。誰にでも話してしまうと、自分を根本から疑われてしまうような気持ちになるから。それほど難しくて頭を抱える問題なのです。この考えは今後も変われないでしょう。なぜなら、どんなに近くで働いている人達でさえも、そう思われたことがあったからです。

 これが私の「海外の会社で働く」ということの1つです。ですが、これ以上に皆さんにお伝えしなければいけないのは、その孤独や苦悩以上に素晴らしいことがあるということです。

「ためらわず、誰にでも質問するのは良いこと」

同僚にもよく相談に乗ってもらいました

 ここまで読んで海外の会社で働くって実はそんなに楽しくないのでは? という印象を与えてしまったかもしれませんが、実際は毎日が新しく、とても充実しています。マーケットを開くとき、まず市場調査から始めるのが普通ですよね。しかし、私は少し違った方法で日本市場を学んでいきました。それは、私が無知だったが故にアメリカで学んだ「アメリカ流の仕事の仕方」が大きく影響し、それが意外にも早く結果を出してくれました。

 KOVALでは、分からないことがあれば何でも質問するように教わりました。「ためらわず、誰にでも質問するのは良いこと」と教わった私は、その言葉を額面どおりに捉え、実際にKOVALの同僚にも、分からないことがあると真摯に相談に乗ってもらいましたし、何よりも社長やCEOにもこの姿勢を褒められることが多かったのです。もちろん、ある程度は考えてから質問しましたが、それでも分からないことは素直に質問するようにしていました。

そういう環境で仕事の仕方を学んだ私は、市場調査などを全て飛ばして、「アメリカ流の仕事の仕方」で行動を起こしました。全ての順番をスキップしてしまう自分の性格も、それを助長する原因だったのかもしれません(笑)。

一つひとつ丁寧に作業していきます

たまたま手に取った記事が、市場を開くきっかけに

 時を戻して。私がまだシカゴにいたとき、ちょうど会社から市場開拓の指示が出たくらいの頃です。何となく現地向けに発行されているウイスキーマガジンを手にすると、偶然、その誌面で日本のバーと4人のバーテンダーが紹介されていました。その記事の冒頭は「世界で最も素晴らしいバーは、日本で見つけられる」という文で、とても心を掴まれたのを覚えています。現地の雑誌が大々的に特集を組むのですから、この言葉に間違いはないと思った私に、ある考えが頭をよぎりました。

 「この人たちに直接電話をすれば、KOVALの市場開拓について、何か教えてくれるかもしれない!」。

必死に分からないことは勉強してた頃。この時はカクテルの雑誌を探していました

 マナーや順番を守ることを重んじる日本という国へ向け、すぐにシカゴから記事で紹介されているバーへ直接電話をかけました。まさに「ためらわず、誰にでも質問すること」の実行です。もちろん海を越えて世界でも特集されるほどの人達なので、たとえ全く相手にされなくても仕方ないと思っていました。

 ところが、記事で紹介されていた4人のうち、お1人には酒類業界に関して教えていただき、少しでも早く業界のことを学べるように日本の蒸留所見学を取り持っていただきました。そして、その蒸留所のCEOは、見学者が私1人だけにも関わらず、蒸留所内とそのウイスキーの作り方を教えてくれました。

 また別の方は、日本でも屈指のウイスキーバーのマスターで、初めて電話をかけた日に、翌日もう一度同じ時間にかけなおすよう言われました。そして翌日に電話してみると、前日のうちに複数の取引先の輸入会社にKOVALのことを説明していただいていて、私に複数社名、担当者名、そして電話番号を教えてくれたのです。

 彼らが信じられないほど素晴らしい方々なのは言うまでもありません。それと同時に、普通では考えられないような行動を起こしたことで、結果として、非常に効果的な市場開拓の足がかりを掴むことができました。

異文化間で働くということ

 このときの話をすると、「大胆で、日本人では考えられない行動だね」と言われます。しかし、もしも私がしてきた行動が日本人らしい行動ではなくて、海外企業で働く人間だからできたことだとしたら、逆に海外企業で働くということは必ずしも悪いことばかりではないとも思えます。

 「海外の会社で働く」ことは、自分の環境がいくつもの異文化によって形成されているということです。そして、これらの経験を通して私が言いたいのは、海外を相手に仕事をするなら、どこの国が良いとか悪いとか、優劣をつける必要なんて全くないということです。異なる文化を持つ国の数ある考え方の中で、自分にあった考え方を取り入れていく、それをできる人、そこに気付くことこそが、海外の企業で働ける人だと思うのです。

 私はまだまだ未熟で、きっとこの記事を読んでいる人の中にも、「何も知らないくせに」と思う人は多いかもしれません。しかし、これこそが日本とアメリカで働いた経験から得た私が答えです。

ウイスキーをいれる樽

そして次のステップへ

 アメリカで就職し、日本で働く。この2つの経験があれば、これからある程度のことは大丈夫かなと、心に少し余裕ができた頃、突然、KOVALから1つの命令が下りました。

 「台湾のマーケットを開拓したい。すぐにインポーターをリストアップして現地へ行き商談してきて」

 ちなみに私にとってアジア圏は全くの未体験。英語圏だけに興味や関心があったため、まさに不意打ちの業務命令(笑)。ここから私の生活拠点は一転。日本を拠点とし、本格的に台湾のマーケティングに注力することになったのです。