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柳沢大輔・カヤック社長が語る(上)「非常識な会社」カヤック 原点は多様な慶応塾高

柳沢大輔・カヤック社長が語る(上) 「非常識な会社」カヤック 原点は多様な慶応塾高

 スマートフォン向けゲームの開発などを手掛けるカヤックの柳沢大輔社長(43)は、高校受験で私立慶応義塾高校(塾高、横浜市)に入学した。子供のころからハングリー精神や反骨心、競争心がまったくなかったという柳沢氏。だが、その性格が塾高の校風とぴったり合い、後々の「非常識な会社」(柳沢氏)の設立につながった。

 香港生まれの帰国子女だった。

 父親の仕事の関係で、小学校の途中まで香港で暮らしました。香港では現地の日本人学校に通い、帰国後は東京都内の公立の小中学校に通学。高校は、公立私立含めて進学校をいくつか受験し、だいたい合格しました。

カヤックの柳沢大輔社長

 慶応を選んだのは、合格した中で家から一番近かったからです。変な理由ですが、子供のころから移動に時間をかけるのは時間の無駄遣いという意識が強くありました。特に、電車のような狭い空間で長時間過ごすのは、とても嫌でした。

 その考えは大人になってからも変わらず、大学を卒業して就職した時には、わざわざ会社の近くに引っ越したほどです。カヤックを創業してからも、長距離通勤しなくて済むよう、自宅から比較的近い神奈川県鎌倉市に本社を移しました。

 家から近いという変な理由で慶応を選んだわけですが、今思うと、その後の私の人生にとって結果的にベストの選択でした。

 何より慶応高校の雰囲気や校風が、自分の性格とぴったり合っていました。変に自分の個性を矯正されることなく、3年間で自分らしさを伸ばすことができたと思います。

 早稲田大学高等学院などと比較すると、どちらも個性的な生徒はたくさんいますが、ハングリー精神や反骨心、競争心といったものがないのは、どちらかというと慶応の方だと思います。私自身も経営者の中では比較的ガツガツしたところが希薄なほうだなと自覚していますし、そのように言われることも、よくあります。

 クラスはまるで動物園だった。

 慶応は1学年18クラス、1クラスが45人前後という超マンモス男子校です。生徒の約半分は私のような高校受験組で、残り半分は内部進学組。内部進学者も、慶応義塾幼稚舎(小学校)から上がってくる人もいれば、中学受験で、男子校の慶応義塾普通部あるいは共学の慶応義塾中等部に入り、そこから慶応高校に内部進学する人もいて、多様です。

 出身によって、キャラクターも全然違います。例えば、幼稚舎上がりは、学業よりもスポーツや芸術活動に力を入れている生徒が多いとよくいわれますが、だいたいその通り。雰囲気で、この人は幼稚舎上がりだとわかるケースも多い。それに比べると、高校受験組は、どちらかといえば普通の高校生っぽい人が多い印象です。

「まるで動物園。いろいろな人間がいて、そうしたゴチャゴチャした感じが好きだった」と振り返る

 勉強も、する人としない人の差が極端です。慶応はそもそも受験校ではありません。生徒は卒業さえすれば、自動的に慶応義塾大学に入れるので、高校で頑張って勉強する必要はありません。

 学校側も、大学への進学実績を外部にアピールする必要もないので、生徒に対し、成績が悪いからといって、うるさく言うようなことはありません。だから、勉強しない生徒も結構いるのです。

 ただ、医学部志望者だけは例外です。全員が慶応の医学部に入れるわけではないので、他の大学の合格も目指し、必死に勉強します。

 成績が悪いと容赦なく落第させるところも慶応の特徴です。実際に毎年、何人もの生徒が留年します。1学年で2回留年すれば退学で、退学者も毎年出ます。

 中には、各学年で留年し6年かけて卒業する生徒もいます。そういう人は、学年が1、1、2、2、3、3と並ぶので、麻雀の役にひっかけて一盃口(イーペーコー)と呼ばれています。自分たちより年上なので、みんな敬語を使います。

 数が多いから、他にもいろいろなタイプや性格の人間がいます。誰からも好かれる好青年タイプもいれば、先生からいつも目を付けられている素行の悪い人間もいる。オタクもいれば、プロスポーツ選手になれるような運動神経抜群の人もいる。

 まるで動物園のように、ひとクラスにいろいろな人間がいるのですが、そうしたゴチャゴチャした感じが私は好きでした。今風にいえば、非常にダイバーシティー(多様性)に富んだ環境だったと思います。

 ダイバーシティーといえば、慶応では、私が進学した慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)でしょうか。私が入学したときは3期生。慶応の中でも異質な学部で、当時は慶応っぽくないとよくいわれました。でも一方で、そのダイバーシティーこそが実は慶応の真髄なのではないかなとも思います。今となってはSFCも慶応を代表する学部のひとつになっていると思います。

 部活動は自動車部だった。

横浜市港北区の日吉にある慶応義塾高校

 自動車部には3年間在籍しました。高校で自動車部があるのは、全国でもかなり珍しい。だったら、ここにしかない部に入ったら面白いんじゃないか。それが入部した唯一の動機です。自動車そのものには、まったく興味ありませんでした。

 自動車の運転は、練習も大会も、すべて私有地でやります。ですから運転免許のない18歳未満でも問題ありません。練習はいつも、慶応の敷地内にある自動車部専用のグラウンドでしていました。競技はフィギュアと呼ぶ車庫入れの腕を競うような内容で、大学生の大会に高校代表として出場していました。

 自動車部は運動部の一つですが、大会はせいぜい年に1、2回。時間をもてあまし、練習と称してバスケットボールのゲームをしたり、他の運動部と試合をしたり、あまり運動部っぽくありませんでした。練習が終わった後は、いつもみんなで学校近くの雀荘に行きました。それが一番の楽しい思い出です。

 3年間続けても最後まで自動車に興味は持てませんでしたが、車庫入れの技術だけはかなり上達しました。あと、なんだかんだいって一応運動部ですから、筋トレをしたり走ったりと、毎日体を動かしていました。おかげで3年間、健康的に過ごせたので、その点は自動車部に入ってよかったと真面目に思います。
(ライター 猪瀬聖)[NIKKEI STYLE 2017年11月1日付]

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