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新卒一括採用の見直しを MIT教授の日本復活論

新卒一括採用の見直しを MIT教授の日本復活論

 「技術と経営がわかりアントレプレナーシップに富む若者を育てることが日本の競争力回復に不可欠だ」。米マサチューセッツ工科大学(MIT)のマイケル・クスマノ教授は主張する。同教授は米マイクロソフトなどIT(情報技術)企業の経営戦略の分析で知られる。今年春まで約1年間、東京理科大学の特任副学長として同大学の経営学部の刷新に取り組み日本の産学連携の課題を目の当たりにしてきた。

日本の大企業で不祥事が相次ぐのは...

「日本の大学でのアントレプレナーシップ教育は質が伴っていない」と話すクスマノ教授

 ――日本の大企業での不祥事が相次いでいるが、これは競争力の衰えを示すとみるか。

 「企業がイノベーションを先導する力を失っていることの表れだ。日本企業は製品の品質において世界のスタンダードを築いてきた。不祥事は日本のブランドイメージを損なっている。事態は深刻だ」

 「MITの同僚のロバート・フェルドマン教授は欧米や中国では生産性が高まっているのに対し日本は下落していると指摘する。これは労働人口の高齢化に加え、日本企業が成長分野を取り込んでいないからだ。日本はこれまでの産業構造に固執せずにもっと生産性を高める努力をしなくてはならない」

 「アップルやグーグルなど時価総額上位を占める企業は単に企業価値が高いだけでなく大きな成長力を備える。いずれも製品やサービスではなくプラットフォーム(自社以外の様々な企業や消費者が利用できる技術的な基盤)を提供している。プラットフォームを利用して企業は新たなビジネスを展開しイノベーションをおこす。消費者はプラットフォームを通じて商品やサービスを手軽に購入することができる。プラットフォームはネットワークの効果によって利用者が多ければ多いほど強力になり価値が増す」

 「古くは鉄道や電話もネットワーク効果を備えたプラットフォームビジネスだ。今はインターネットによりネットワーク効果はかつてに比べて比較にならないほどの猛スピードでビジネスを加速し世界に広がった。かつてのVHSビデオや、携帯電話インターネット接続サービスの『iモード』は日本発のプラットフォームビジネスの先駆けだったといえる。しかしグローバルにはなりきれなかった」

 ――近年はイノベーションの性格が変わったように思えます。

 「20世紀前半はカビから抗生物質を見つけたように試行錯誤を通じてイノベーションが起きた。しかし現在は容易に発見されることはすでに発見し尽くされ、科学の深い理解なくしてイノベーションは起こせない。そこで大学の役割が重要になっている」

時代遅れの「中央研究所」方式 縦割りでタコツボ打破できず

 ――大企業の中央研究所がイノベーションをリードしたこともあった。

 「大企業が設けた巨大な中央研究所が先導した時代も確かにあった。(トランジスタの発明などを成し遂げた)AT&Tベル研究所(当時)といった華々しい成功例もあったものの、長続きはしなかった。米国では中研は次々と閉鎖された。中研では組織が縦割りで『サイロ(タコツボ)』を打破できないからだ」

 「例えば、現代の創薬は薬学の専門家だけが担ってはいない。計算機科学の専門家など3つか4つの異なる分野の専門家が同じ部屋で働いている。研究開発をビジネスにつなげられるチームが重要なのだ」

 「MITはかつて理系・工学系の大学だった。1950年代に経営学部をつくって大学としての力を増した。起業には技術と経営の両方が必要であり、研究室のシーズを生かす(文理を超えた)チームをつくることが最も重要だと考え経営学部をつくり、理工系の学生が経営を学べるようにした」

 「それ以来、MITの卒業生が創業した企業は累計3万社を超え、毎年400社以上が学生や卒業生の手で生まれている。今ではMITでは工学部の学生が経営学を学ぶのはごく当たり前だ。米国にはハーバード大学やスタンフォード大学などMITと同様に起業を強く促す大学がある。この点で日本はまったく状況が異なる」

学生がリスク取りにくい新卒一括採用

 ――起業を通じてイノベーションを起こす力が日本にはない?

 「イノベーションを可能にする個別の素材は日本にもある。日本での先進的な事例は武田薬品工業だ。研究者の起業を強く促す仕組みをつくり現実にスタートアップ企業が誕生している」

 「ただ日本では往々にして素材はあっても、それらが組織化されていない。日本には組織化を阻む文化的・社会的な現実がある。大学新卒の採用システムが一例だ。日本では原則的にすべての学生が雇用されるが、学生が就職先を選ぶ機会は人生で1回限りだ。これでは学生は就職にあたってリスクをとって冒険しにくい」

 「MITでは卒業生のおよそ2割がスタートアップ企業に就職する。スタートアップ企業の3分の2は5年後には存続しないので、たくさんの学生が失敗することになる。しかしそうした学生をマイクロソフトやシスコなど有力IT企業が採用する。どこの大学の卒業生かを問うのではなく、本人の能力や経験を評価して雇うからだ。大学におけるアントレプレナーシップ教育や産学の連携によるベンチャーの創出は日本の未来にとって極めて大事だ」

大学の教員や職員にも必要な起業家精神

 ――日本でも起業を促す教育が始まっています。

東京理科大は学生の起業支援にも力を入れている(写真は研究風景、東京都新宿区)

 「新しい動きは評価するが、質が問われている。ビジネスモデルのコンペティションなどは盛んだが、質が伴っていない。課題は実践的な経営学を教える教員、メンター(指導者)が足りないことだ。旧来の経営学だけを教えてきた教員ではアントレプレナーシップを備えた元気な学生を育てるのは難しい」

 「東京理科大で経営学部の技術経営(MOT)専攻を改革し、起業家育成のための『東京アントレプレナーシップ・アンド・イノベーションセンター』を設けた。学生には技術的な知識と経営のスキルをどう組み合わせるかを学んでもらいたい。学んだ学生は大企業であれ中小企業であれ国の研究機関であれ、どこに就職しても自らの研究成果を生かして起業したいと考えるようになることが大事だ。企業の側にも起業家精神が求められるが、同時に大学で働く教員や職員らも起業家精神をもって教育にあたってもらいたい」

<取材を終えて> クスマノ教授自身も時代に合わせて新分野に挑戦
 教授は2016年春から約1年間東京理科大の副学長を務め、現在はMITスローン経営大学院の教授に戻っている。約1年間の日本滞在はサバティカル(長期休暇)を利用したというが、その仕組みが面白い。「ポイント制」があるという。多くの学生から支持される講座を設けると大学からポイントを与えられる。ため込んだポイントを使って休暇を獲得したのだそうだ。
 教授は80年代に日本の技術経営を教えて支持を集めた。90年代に入ると、日本に関するテーマが人気を失ったため、米国のソフトウエア・IT産業に注目して経営戦略を調査して人気講座とし、調査で得た成果を出版した。そんな話を聞くと「大学側も起業家精神を」と強調する意味合いが見えてくる。

(編集委員 滝順一)[日経電子版2017年11月26日付]

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