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学生200人に求人が殺到 秋田・国際教養大はなぜ人気
国際教養大学の鈴木典比古学長

学生200人に求人が殺到 秋田・国際教養大はなぜ人気国際教養大学の鈴木典比古学長

 18歳人口の減少にともない、日本の大学経営が岐路に立たされている。多くの大学が苦しむなか、本格的な「リベラルアーツ」をかかげ、優秀な学生を集めて話題になった国際教養大。開校から10年以上がたった今、同大学には、たった200人前後の学生をもとめて年間180社もの企業がおとずれる。"顧客"が減少する「レッドオーシャン」の市場で、地方の新興公立大学がなぜ競争を優位に進められるのか。鈴木典比古学長に話を聞いた。

秋田空港から5分、森のなかの学校

 東京から飛行機で1時間強、秋田空港から5分ほどの森のなかにある国際教養大。周囲には住宅もまばらで、近隣にはスーパーやコンビニもない。入学定員は175人。こんなにも不便な大学にもかかわらず、出願倍率は10倍をこえる。北海道から沖縄まで全国から受験生が集まるが、もっとも多いのは関東出身者だ。

 鈴木学長は、「この大学は東京や大阪の大都市だったら、うまくいかなかっただろう」と話す。教員1人に学生14人の徹底した少人数制、授業はすべて英語、1年間の留学が必須になっている。学部は「国際教養」1学部のみだ。都会から離れた自然のなかで、「徹底したリベラルアーツ(教養)教育」をつらぬく。独特な環境だ。

 「ビジネスでいえば、ニッチです」。国際基督教大学(ICU)の元学長で、マーケティングの研究者でもある鈴木学長は、同校をそう評する。しかし、このニッチ戦略は10年がたち、経営に悩む大学業界に、大きなうねりをおこした。

早稲田や上智、千葉大にも「国際教養学部」

 この10年の間、早稲田大や上智大の国際教養学部など、リベラルアーツを前提におき、留学をおしすすめる学部を設置した大学は30校以上にのぼった。この潮流は今、国立大にも押し寄せている。2016年度に千葉大が国際教養学部を設置した。九州大学も国際教養をテーマにした新学部の設置を予定しているという。

 このうねりは、日本独自のものではない。ICU出身で、米ハーバード・ビジネス・スクールの竹内弘高教授は、8日開かれた世界経営者会議で「人工知能(AI)であっても、0から1を生み出すイノベーションは人間なしにあり得ない。そうした人材を育てるには、大学などで土台となるリベラルアーツ(教養)教育を大事にすべきだ」と、変化の激しいこれからの時代に必要な人材教育と強調した。

 グローバル・エリートを育てるための教育として注目度が高まるリベラルアーツ。しかし、この教育には、経済や文学といった決まった専攻が入学当初に決まっているわけではない。鈴木学長は、「自分が何をしたいのか、何に向いているのか、自己と徹底的に向き合って個を確立する、それがリベラルアーツです」という。深い学びを得たい人は大学院に進学する。実際、同大学を出た学生たちのなかには、オックスフォード大学大学院やパリ政治学院など、世界の名門大の大学院に飛び立った人も少なくない。

すべて英語でも、帰国子女は多くない

鈴木学長は「個の確立」がリベラルアーツだと話す

 国際教養大の授業は、基本的に英語での「ディベート」だ。双方向での授業を重視し、仮にテストで満点をとったとしても、発言がないなど、クラスへの参加度が低ければ好成績はとれない。入学試験は、推薦入試もふくめて16種類と多様だが、もっとも多いのは通常のセンター試験を受けて合格してきた、いわば「日本型」教育の生徒だ。実は帰国子女は多くない。英語での突然のディベートに、多くの学生はかなり戸惑うという。当然、予習して授業にのぞまなければついていけない。

 教員の負荷も大きい。ノートをとって暗記し、試験を受けて成績をつける「流れ作業」ではない。「理論はこうだが、自分の考えはこうだ、君たちはどうか」と互いに意見をかわすため、入念な準備に時間がかかる。

 また、学生たちは教員に厳しい目を向ける。学生による授業評価が行われ、国際教養大では先生の業績評価の一部になっている。これは、米国の大学教員のしくみに近いものだ。鈴木学長によると、北米では、多くの大学教員は、教育と研究、学部の貢献の3つの軸で毎年学部長から評価を受ける。

 米国の学生は、奨学金をとったり、ローンを組んだりして、自分で学費をまかなうケースも多い。そのため、授業の質への評価の目は厳しい。米イリノイ大やワシントン州立大学で教べんをとってきた鈴木氏。自身も、教員になったばかりのころ、「こんなつまらない授業にいくらも払えない、きちんとしてほしい」と書かれたことがあるという。

 教育の質をあげるために、教員も学生も互いに高め合う授業にしなければグローバル競争に負けてしまう――。海外で教えてきた鈴木学長ならではの強い問題意識だ。

生徒取り合い 敵はオンライン

国際教養大学の図書館(同大学提供)

 多国籍企業の経営を研究する経済学者でもある鈴木学長は、国境を超えた大学間の「生徒取り合い」競争も指摘する。

 「昔からあるグローバル人材の育成の主流は、原材料である学生を海外で加工するしくみだ。その後、テンプル大学など一部の大学が実際に日本にやってきて開校し、国内で生産していた。今の脅威は、もう国境ではない。オンラインだ」という。

 米スタンフォード大やハーバード大など、名だたる名門大学がオンラインで世界中に授業を配信するようになった。オンラインで授業を受ける学生は2100万人とも推定され、競争相手はもはや国内ではない。いいかえれば、プログラムさえよければ、世界から生徒を集めることも可能になる。

 世界が競合になった今、大学が生き残るためにどんなプログラムを用意しなければならないのか。鈴木学長は、差別化のための1つの解として、「生徒も教員も互いに議論をして高められる双方向の授業」だと考える。人口が減少し、オンライン授業も増える今、そもそも大教室で授業するやり方は通用しなくなるためだ。

 三菱商事出身で国際教養大の特任教授を務めた海城中学・高校校長の柴田澄雄氏は、「AIUは教員と学生の関係が密だ。1学年の定員が320人の海城よりもはるかに規模の小さな大学ですからね。グローバル経済をテーマに学生らと侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をし、私自身も磨いてもらった」と振り返る。

説明会希望なら、まず会ってから

 国際教養大は「グローバル人材」を求める企業からの評価も高い。主な就職先にはトヨタ自動車や三菱マテリアル、伊藤忠商事など人気企業がずらりと並ぶ。今年も同大学の就職課には、200人ほどの学生を求め、2018年卒では、のべ180社が会社説明会におとずれた。キャリア開発センター長の三栗谷俊明氏は、「学内説明会を実施したい、という企業には、かならず一度来校してもらって学内を見てもらっている。どんな学生がいるのかを知った上でないと、互いに不幸になる」と話す。本当にグローバル人材を求めている、と判断できなければ、人気企業でも説明会の実施を断るケースもあるという。

 友田奏子さんは、2011年に同校を卒業後、「日本のホスピタリティーを世界に発信したい」と、米ホテル大手のヒルトンに入社。1年の留学先では、ハワイ大学でホテルビジネスを学んだ。ヒルトンは、幹部候補新卒採用(RJET)という、10~15年後の総支配人を育てるマネジメント人材育成プログラムを導入している。

 「一般の社員より4倍のハードな経験をする」と採用サイトにうたわれる厳しい制度だが、友田さんは自分でこの採用制度を見つけ入社した。今、早くも課長だ。「自分より年上の同僚も多いが、やりがいがある。ホテルを通して、国内外のお客様に日本や地域の魅力を伝えたい」。友田さんは笑顔を見せる。

 秋田で起業した人もいる。プロバスケットボールチーム、秋田ノーザンハピネッツを設立した水野勇気最高経営責任者(CEO)は国際教養大の1期生だ。

 鈴木学長は、学生たちに「30年後に世界を引っ張れる複眼力を身につけてほしい」と話す。留学を経験し、幅広い教養に触れた学生たちは日本的教育だけを受けた同世代との価値観に戸惑うこともある。しかし、この壁は、これからグローバルに向かう日本の若手がいずれ向き合わなければならないものだ。「グローバル・エリート」を求める産業界の、国際教養大に対する熱い視線は続いている。
(松本千恵)[NIKKEI STYLE 2017年11月19日付]

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