「英語を話せることが全て」というおごりに気づいた瞬間
海外で働くヒント(5)
2回目の台湾出張での経験が大きな財産に
マーケティングの方向性が見えてきたころ、ちょうど台湾でのイベントの話が舞い込んできました。それは「ジンを中心としたイベントがあるから、そこでマスタークラスの講師をしてほしい」というものでした。マスタークラスとは、簡単に言うとお酒に関するセミナーのことです。私の場合、通訳との共通言語が英語だったこともあり、英語のみで講演をすることになりました。自分にできるかどうか分からないと怖気づく一方で、実際にどんなカクテルが好まれるのかをこの目で確かめたかったため、二つ返事でOKしました。
いよいよ2回目の台湾。着いてすぐに台湾のカクテル事情を知るためにバーへ出かけました。このバー巡りで気づいたことは、カクテルというものが、台湾では非常に身近な飲み物であるということでした。台湾のバーは比較的大きなスペースで、しっかりと食事ができるところも多く、日本のようにゆっくりと静かなバーでカクテルを楽しむというよりは、友達や好きな人とカジュアルに楽しく飲んでいるという雰囲気でした。
日本で言うと、レストランとバーとクラブが一緒になっているような感じでした。しかも、そこで飲まれていたのはカクテルとは名ばかりのチープな飲み物ではなく、ちゃんと作られたクラシックカクテルばかり。そのため、「好きでカクテルを飲んでいるだけ」という人でも、お酒業界の人と同じくらいの知識でカクテルの話をできる人がたくさんいます。日本では、どちらかというとバーテンダーの方におまかせしたり、教えて頂くことの多いカクテルでも、台湾では多くの客がお酒のml数まで指定してオーダーしているなど、興味深い発見をすることができました。
そして、もう一点。日本と共通する点を見つけました。それは人と人の繋がりです。私が現在拠点としている日本では、バーテンダーの方と接する機会がとても多いです。そして、バーテンダーの方々は生産者やメーカーの人を知っていると、本当にありがたいことに、よりその商品に関心を抱いてくれ、長く商品を大切に扱ってくれます。
それは、台湾でも同じでした。知り合った多くのバーテンダーが、このバー巡りをきっかけにKOVALに関心を持ってくれて、私が持ってきたサンプルを使って目の前でカクテルを考案してくれたのです。それだけではなく即決で商品の取り扱いを決めてくれたりもしました。
今の時代は、その場所にいかなくてもメールやSNSを通じてお互いに連絡を取りあえますが、この「人と人との出会い」「実際に会って話をすること」は、どんな時代も、最も大切なことなのだと実感することができました。
これらの経験によって、私が考える台湾でのKOVALの具体的な販売方法が固まっていきました。この考え方が本当に合っているのかを試す機会が早速やってきます。それが、人生初の英語でのマスタークラスでした...。
初めての英語での講演
講演と言っても内容はいたってシンプルなもの。蒸留所の説明やお酒の製造方法を説明し、その後、商品をじっくりと1つずつティスティングしていくというものです。実際に話している時間は40分程度。でも、人前で話をすることが結構苦手な私は、すごく緊張しました!(笑)
むしろ、人が集まるかどうかも不安だったのですが、なんと当日は満員! 台湾のインポーターが事前にしっかりと宣伝してくれていたお陰でした。参加してくれた人は、英語も中国語も話せる人ばかり。そのため、最初は英語から中国語へ通訳をされながらの講演でしたが、最後の方では私の英語だけでも十分で、とても和やかな雰囲気のマスタークラスになりました。
講演後に出た彼らからの質問は、私の方向性とまさに一致したものでした。最も多かった質問が「カクテルとして、どう出したらいいのか」だったのです。例えば、「KOVALはこんなフルーツに合うと思うけど、どうでしょうか?」など、話題はカクテルのことで持ちきりに。自分が知っているシカゴと日本で人気のカクテルを伝えると熱心に耳を傾けてくれました。
このマスタークラスが終わった後、様々な人々からKOVALはどこで買えるかなどの問い合わせがあり、一般の方はもちろん、バーデンダーの方々にも知られる商品となりました。そして、伸び悩んでいた売り上げ数が徐々に増えていったのです。
心から台湾のバーテンダーやビジネスパートナーに感謝していることがあります。それは去年の冬に、台湾で最も有名なバーの1つであるお店のパーティで、大手メーカーの商品と並びKOVALのジンが紹介され、カクテルのベースとして使用されました。偶然にもその日が、私の誕生日だったということもあり喜びは倍増(笑)。これは彼らがしっかりとカクテルベースでKOVALを打ち出している大きな成功の表れでした。何よりも、自分の力だけでは成し遂げられないことがあっても、誰かと一緒にやっていけば必ず形になるものなのだと、つらかった時期もあった分、心から嬉しかったのを鮮明に覚えています。
台湾での経験を経て、おごっていた自分に気付いた
これらの経験をするまで、英語を話せることが全てだと、どこか浅はかなおごりがありました。これだけ聞けば、私ってものすっごく嫌な人ですよね(笑)。実は私が、このような考えをしていたのには理由があります。それは、今まで自分が身を置いていた環境にありました。
留学していた時も、シカゴで働いている時も、可能な限り正確に英語を話すようにと教わりました。そうでなければ何も伝わらなかったからです。言いたいことがあやふやでは全く伝わらず、意味がありませんでした。英語がままならなければ、到底理解などしてもらえる環境ではなかったのです。これが、私が今までいた環境でした。
しかし、台湾は、英語を話すことだけがコミュニケーションにおける全てではないと、教えてくれたのです。中国語を話せなくても、彼らは私の気持ちを察してくれ、考えていることを汲み取ってくれようとします。私が望んだような反応や対応してくれるのです。
よく、アジア人同士は似ているから言葉が通じなくても、お互いの気持ちを察することができると言いますよね。私は台湾でまさにその経験をしたと思っています。言語以外に大切なことも確かにあるということを知り、台湾での経験を通して、「英語を話せればいい」と、どこかおごっていた自分を反省することができました。
私の台湾市場開拓で得た財産は、最初はうまくいかなかった市場を軌道修正できたことはもちろん、何よりも今までの自分の考え方を変えてくれた人々に出会えたことです。今ではプライベートでも行ってしまうほど、たくさんの友人ができ、そこからまた様々な文化の人々と繋がり、視野をどんどん広げることができています。みんな、物凄い酒飲みなのは、ここだけのお話(笑)。
さて、シカゴ、日本とは違い、台湾ならではの文化に触れた私は、シカゴでの製造現場から、本格的にマーケットを担当するようになりました。製造現場で働く時間は最小限にとどめ、日本と台湾のマーケットへ注力するようになったのです。
次回の記事では、シカゴ、日本、台湾での経験をまとめ、私になりに「海外で働く」ということが何かを、しっかりとお伝えできればと思います。
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