日本経済新聞 関連サイト

OK
liberal arts-大学生の常識

芸能人がIT起業をする理由

芸能人がIT起業をする理由

 柴咲コウさん、山田孝之さん、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さん――。新しいテレビ番組や映画の出演者の顔ぶれのようだが、そうではない。3人に共通するのは最近、IT(情報技術)の分野で起業したことだ。芸能人の副業といえばかつては不動産投資や飲食店の経営などが目に付いたが、なぜ「IT起業」なのか。背景には起業をめぐる環境の変化がある。

参画企業も公に

田村淳さんは投資や事業育成をする会社、米ビー・ブルー・ベンチャーズ(カリフォルニア州)に出資した

 「経済、政治、音楽、起業......。色々な分野があるが、あえてカテゴリーごとに分けて考えてはいない」。2017年11月中旬、取材に応じた田村さんはリラックスした様子で語り始めた。気負いは感じられない。このしばらく前、田村さんは米ビー・ブルー・ベンチャーズ(カリフォルニア州)を共同設立した。

 ゲーム開発への投資などを手掛ける同社には投資・育成会社、米WiLの伊佐山元最高経営責任者(CEO)、テックファームホールディングスの永守秀章社長、サンリオ元常務の鳩山玲人氏らが出資した。柴咲さんの新会社にはベンチャーキャピタル(VC)のBダッシュベンチャーズ(東京・港)など、山田さんの会社にはトランスコスモスが資金を提供する。

 芸能人である本人に加え、上場企業やその幹部、さらにVCが投資家として参画し、その事実を公にしていることが今回の動きのひとつの特徴といえる。「(芸能界で)お金の話はタブーという雰囲気があったが、こちら(新会社)ではそういうものを明確にしていきたい」。柴咲さんは電子商取引(EC)などを手掛けるレトロワグラース(東京・港)のCEOとして語る。

柴咲コウさんは電子商取引(EC)などを手掛けるレトロワグラースを立ち上げた

 そもそもなぜIT起業なのか。背景にあるひとつの大きな変化はスタートアップへの資金の流れが太くなっていることだ。ベンチャーエンタープライズセンター(東京・千代田)によると、国内のVCの調達金額は2016年に2000億円を突破し、17年も高水準で推移する。実際、Bダッシュは今年組成した100億円規模の新ファンドから柴咲さんの会社に出資した。

 もうひとつの変化は、テレビや音楽といった"既存事業"が曲がり角に差し掛かっているという事実だ。

芸能の「既存事業」は曲がり角

 総務省の調査によると、国内における平日1日のテレビ視聴時間は12年の184分から15年は174分に減った。世代別にみると、60代は5分ほどしか減っていないが、30代は16分以上減っている。もともと視聴時間が短い若年層の減り方が著しく、このままではじり貧になる傾向が一段と強まっている。

 音楽も同様だ。CDなどのパッケージソフトの販売は減少傾向が続き、17年版のデジタルコンテンツ白書によると16年の国内市場は前年比2%減の3522億円まで縮小した。落ち込みを補う頼みの綱とされてきたコンサートの入場料も16年は前年比1%減の3372億円と減少に転じた。

 こうした変化は当事者も敏感に感じ取っているだけに、ITやスタートアップといった異分野との化学反応に対する期待は大きい。

 田村さんは「同じ村の中で付き合うだけでは、新しいものは生まれない」と打ち明ける。新会社で音楽事業も手掛ける柴咲さんは「(これまでのやり方では)難しいと思った。ただ未開拓な分野はある」と話し、子会社を通じて出資するモブキャストの藪考樹社長は「ファンとの双方向コミュニケーションや仮想現実感(VR)の活用などの可能性がある」という。

米俳優はツイッターなどに投資

 芸能人の企業や投資といった動きはエンターテインメントの本場である米国でいち早く始まった。女優のジェシカ・アルバさんは12年にEC企業のザ・オネスト・カンパニーを通じて日用品の販売を開始。当初は「素人に何ができるのか」といった冷ややかな視線があったものの、一時は企業価値の評価が10億ドル(約1100億円)を上回るユニコーンとして注目を浴びた。

 女優のデミ・ムーアさんとの結婚や離婚で話題になった俳優のアシュトン・カッチャーさんの事例も有名だ。共同出資する投資会社による投資も含めると、ツイッター、民泊サイトのエアビーアンドビー、ニュースアプリのフリップボードといった米国の著名スタートアップに資金を投じた実績がある。

 田村さんの話で興味深かったのは、テレビ番組では地上波の全国放送に加えて地方局、CS、ネット番組などに出演し、ポートフォリオ管理の考え方を取り入れていることだ。意識してのことなのか無意識なのかははっきりとしないが、「同じ方向性、流れだけではだめだ。他の方法も知っておきたい」という発言には、分散投資の考え方が反映されているようだった。

 大企業や規模の大きな組織・団体ではなく、「個」に対する注目が高まっていることも底流にある。

個人の経験やカラーに投資

山田孝之さんは9月にトランスコスモスとECサイトの運営会社、ミーアンドスターズ(東京・渋谷)を設立した

 国内では17年、動画共有サイトのユーチューブへの配信を収益源とするユーチューバーが注目を集めた。中国ではインフルエンサーと呼ぶネットを通じて知名度を高めた個人がアプリなどを通じた生配信の動画で物品を販売するライブコマースが大きく伸びている。山田さんのミーアンドスターズ(東京・渋谷)もライブコマースが主力事業だ。

 投資家はこうした変化を感じ取っている。柴咲さんのレトロワグラースに出資したBダッシュベンチャーズの渡辺洋行社長は「『個』をエンパワー(力を与える)する流れが強まっており、今回の投資はその第1弾と位置付けている」と説明する。

 田村さんのビー・ブルー・ベンチャーズに個人で出資したWiLの伊佐山CEOもこう話していた。「組織としての力以上に、今後はますます個人の経験やカラーが大事になってくる。今回の動きは端から見るとお遊びと映るかもしれないが、異なるバックグラウンドを持つ個人が知恵を出し合ったときに何が生まれるのかを試す実験だ」

 お遊びという冷めた見方に加え、広告のための「客寄せパンダ」にすぎない、リスクが高いといった意見も確かにある。だが、そもそもスタートアップはこれまでの枠組みでは難しかった実験的な取り組みをスピード感をもって進めるところに社会的な意義があるはずだ。新たな流れをつくるのか、あだ花で終わるのか。実験の行方を見守りたい。
(編集委員 奥平和行)[日経電子版2017年11月29日付]

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>