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池上彰の大岡山通信 若者たちへ初心忘れず基礎を築け――専門外の体験も大切に

池上彰の大岡山通信 若者たちへ 初心忘れず基礎を築け――専門外の体験も大切に
authored by 池上彰東京工業大学特命教授

 日経カレッジカフェと日経CNBCによる学生向け番組「日経カレッジ・ラボ」は2017年11月、特別ゲストにジャーナリストの池上彰さんを迎えて「池上彰スペシャル 働くこと、生きること~学生と考える」を公開収録しました。今回はタレントのパックンとの対談の模様を再構成しました。 

◇ ◇ ◇

 大学生たちと「働くこと、生きること」をテーマに議論するイベントに参加しました。そこで今回は東京工業大学の同僚で、コメンテーターとしても活躍しているタレントのパックン(パトリック・ハーラン氏)との対談の一部を紹介しましょう。私も悩み、壁にぶつかり、働いてきました。これから社会へ出る若者たちへのヒントになればと思います。

 パックン 大学を出て働き始め、働くことへのイメージや考え方は変わりましたか。

 池上教授 卒業したら、とにかく働いて食べていかなければならないと考えていました。小学校のころに読書で知った地方取材をする新聞記者にあこがれたことがきっかけでした。当時、NHKと全国紙の入社試験日が同じでしたから、どこか一社を選ばざるを得ませんでした。

 最初の赴任地である島根県の松江放送局で、警察を担当しました。朝も夜も警察関係者を訪ね歩くのですが、会話にもならない。ろくに原稿も書けず、給料に見合う仕事ができていなかったですね。「俺は一体何やっているのだ」という気持ちになったものです。でも、負けずに記者の基礎を築いていくことができたように思います。

 パックン その「基礎を築く」努力が、いまの池上さんを支えていると思いますか。

 池上教授 その通りですね。警察署の前で、最初は足がすくんで建物の中に入れなかった。先輩からはよく「雑談をしろ」といわれました。

 実は、私は「人見知り」でした。内気で、見ず知らずの人となんか話ができなかった。「おはようございます」と言ったところで、「じろり」と見返されて、それっきり。

 でも、話題を探そうと、警察署に通い続け、署内の雰囲気や人の動きを眺めるうちに、次第に気づくことが増えてくる。そうして声をかけながら、雑談のきっかけを身につけたように思います。とにかく必死でした。

 パックン 池上さんはいま、取材や執筆、テレビ番組、大学教授などたくさんの仕事に取り組んでいる。何がこのモチベーションなのですか。

 池上教授 記者になった当初は「知りたい」「伝えたい」という思いに支えられました。そのうち「これはおかしい」ということがわかってくると、「それを伝えることが社会を変えるきっかけになるのではなないか」という使命感が湧いてきたのです。

 一番大きく考え方が変わったのが、60歳の還暦を迎えたとき。ここまで生きることができたのは、両親が私を育て、大学まで出してくれたからですが、社会が育ててくれたともいえるでしょう。それなら、次はその社会のために何かに取り組んでみようという気持ちになったのです。

「働くこと、生きること」をテーマに自らの体験を学生らに語る池上彰氏(右)とタレントのパックン(昨年11月20日、東京都千代田区の日経ホール)

 パックン 世の中には仕事に満足できない、なぜ働かなきゃいけないのかと感じている人もいます。

 池上教授 仕事がつらいとか、面白くないとか、それぞれの仕事の状況によっても違うと思います。入社したてのころは、専門の仕事とは全く異なる体験を積むこともあるかもしれませんね。でも、それが大事な時間です。

 私はNHKの研修で受信料の徴収業務を体験しました。受信料を払ってくれる人たちがいるおかげで、取材し、番組をつくり、自分たちは給料も得られるのだということを体験するのですね。

 ある出版社に入社した知り合いは、新人時代、倉庫で在庫整理を体験したそうです。編集者として本を企画し、出版したいと入社したのに、売れない本が大量に返品されて、収拾がつかなくなることを理屈ではなく、身をもって知ったのです。その後、彼は優秀な編集者となり、会社内で取締役になりました。

 日本の会社には新入社員に様々な経験を積ませて、適性を見極めようという考え方があります。それによって、会社全体の業務を理解し、自分に足りない知識や技能を身につけるきっかけになるかもしれません。

 パックン 池上さんは働きながらやりたいことを実現する。この理想形をつかむ方法をひとつ教えてください。

 池上教授 初心を忘れず、本業の仕事を頑張り続けたことで、いまにつながる基礎を築けたのかなと思います。働き始めて、取材力を身につけ、人脈をつくってきた。将来、大学教授になるなんて想像もしていなかったですね。

 一生懸命、仕事に取り組むことで、将来、別の道が開けてくる可能性もある。逆に「つまらないな」と手を抜いていたら、自分の力はつかないのではないかと思います。

 実はNHKを受ける前、コネがなければダメといわれて某テレビ局を断念したのです。でも、門前払いされたおかげでNHKに入り、いまの自分を築くことができた。人生は全くわかりません。

 パックン 池上さんの経験や働くことへの考えを聞きました。下積み時代に努力し、苦労したからこそ、いまを築くことができた。とても説得力がありました。私も大切にしていきたいと思います。

[日本経済新聞朝刊2018年1月8日付、「18歳プラス」面から転載]

 ※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。

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