池上彰の大岡山通信 若者たちへ現在進行形の朝鮮戦争―冷戦の遺産、五輪にも影

私が東京工業大学で教えている講義には、韓国からの留学生もいます。以前、毎回の講義が終わると、熱心に質問に来ていた留学生は、卒業後、韓国に戻って軍隊に入りました。韓国では徴兵制度があるからです。朝鮮半島の情勢が緊迫化すると、彼のことを思い出してしまいます。
1950年に勃発した朝鮮戦争は現在休戦中。53年に休戦協定が結ばれた後、いまも終わっていません。
戦争の当事者どうしが、平昌冬季オリンピックでは合同チームを結成する。不思議なことですが、そもそもオリンピックは平和の祭典として始まったことを考えれば、望ましいことではあります。
◇ ◇ ◇
とはいえ、今回の平昌オリンピックでは、北朝鮮も韓国も政治利用の意図が露骨です。
北朝鮮にしてみれば、オリンピックとパラリンピックに選手団を派遣することで、この間、緊張緩和を演出。アメリカが北朝鮮に対して脅しをかけることを防ぎながら、核ミサイル開発を急ぐことができます。時間稼ぎです。
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領にしてみても、朝鮮半島の緊張緩和を実現すれば自分の実績になります。
しかし、文大統領の強引な南北融和策は、韓国の若者たちの反発を買うという予想外の展開になっています。
◇ ◇ ◇
韓国の人たちの北朝鮮への思いは、年代によって大きく異なります。60代以上の人たちには、朝鮮戦争の記憶が生々しく、北朝鮮軍による残虐行為に対する反発が根強くあります。
一方、それより下の世代には、それほどの憎しみはなく、同じ民族なのだから仲良くすればいいではないかという思いがあります。
文大統領は、こうした人たちの支持を得て選挙で当選しました。
しかし、ここに文大統領の思い違いがあったのではないでしょうか。私は韓国の大統領選挙を間近で取材しましたが、文大統領を熱狂的に支持した若者たちは、文大統領の「若者の雇用を増やす」という公約に魅力を感じていました。若者の失業率が高いからです。北朝鮮との関係改善という方針を支持したわけではなかったのです。
文大統領が、女子アイスホッケーで南北合同チームを結成するという方針は、韓国の若者たちから反発を受けました。「合同チームを結成すれば、韓国側に代表になれない選手が出る。それはかわいそうだ」という反応でした。
また、入場行進で朝鮮半島を描いた統一旗を使用する方針も若者たちから反発を受けました。それぞれの国旗を掲げて行進すればいい、というのです。
この反応は、私には意外なものでした。南北選手団が一緒に行進するのは平和の祭典にふさわしいと賛成する人たちが多いだろうと考えていたからです。
いまの若者にとって、北朝鮮は全く別の国。何も無理して一緒に行進しなくても、ということなのでしょう。
同じ民族が殺し合った朝鮮戦争。だからこそ憎しみが強い高齢世代。戦争を知らないので反感が薄い中堅世代。全く異質の国という意識しかない若者世代。朝鮮戦争が休戦になってから65年も経(た)つと、戦争に対する意識にも断絶が生まれるものなのですね。
[日本経済新聞朝刊2018年1月29日付、「18歳プラス」面から転載]
※大岡山は池上教授の活動拠点である東京工業大学のキャンパス名に由来します。日経電子版に「大岡山通信」「教養講座」を掲載しています。
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