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同志社大卒の異色ソムリエ 世界挑戦を支える改革の志
ソムリエの岩田渉氏

同志社大卒の異色ソムリエ 世界挑戦を支える改革の志ソムリエの岩田渉氏
ソムリエの岩田渉氏

 ワイン界に異色の新星が現れた。京都市内のバーでソムリエとして働く岩田渉氏(28)だ。同志社大学に在学中、留学先のニュージーランドでワインのとりこになり、同期が大企業に就職するのを横目に、ソムリエの道を選んだ。2017年、ソムリエ日本一を決める大会に初出場で優勝し、業界関係者を驚かせた。目指すは、日本人では田崎真也氏以来となる「ソムリエ世界一」だ。

「プロ」になって3年で日本一に

 京都市内を流れる鴨川のほとりに立つバー「Cave de K(カーヴ・ド・ケイ)」。岩田氏はここで週6日、午後6時から午前2時までカウンターに立つ。閉店後、店を片付け、自転車をこいで家に着くのは午前3時ごろ。一息入れ、午前4時から約1時間ワインの勉強をして寝るのが日課だ。

 岩田氏が一躍脚光を浴びたのは、4月に開かれた「第8回全日本最優秀ソムリエコンクール」。3年に1度開くこの大会は、トップレベルのソムリエが、ワインの知識やテイスティング能力、サービスの技を競う。経験豊かなベテランが圧倒的に強いとされる大会だ。

 岩田氏はソムリエ歴わずか3年で、年も一番若かった。職場は、多くの優勝者を輩出してきた大手ホテル系のレストランではなく、「ワインが1杯も出ない日もある」という、カクテルが売りの小さなバー。異例ずくめの優勝だった。

 コンクールで特に際立ったのは、岩田氏の語学力だ。日本で開く大会も、筆記試験からワインの香りや味わいを正確に表現するテイスティング、客のグラスにワインを注ぐ実技にいたるまで、すべて英語かフランス語で行われる。世界を意識しているからだ。

 国際大会で日本勢が苦戦する最大の原因は語学力だが、岩田氏の英語は、準優勝した帰国子女のソムリエと並んで、群を抜いていた。ワインに関する幅広い知識を問う筆記試験も高スコアだった。高校や大学の試験勉強で培った集中力が生かされた格好だ。敗れたベテランのソムリエは「次元が違う」と白旗をあげた。

 異色のソムリエはどうやって生まれたのか。

 名古屋市内の進学校に通っていた岩田氏は、大学進学を考えず、ラーメン店でのアルバイトに明け暮れていた。だが、高3になり学校が受験ムード一色になると、「取り残されるのが嫌で」受験勉強を始めた。出遅れた分を猛勉強で取り返し、第1志望の同志社大学社会学部に合格した。

真面目な大学生活、海外旅行が転機に

 親の援助に頼れなかったため、大学の授業料は奨学金で賄い、生活費は飲食店でバイトをして稼いだ。授業は一度も休まず、大学2年までに卒業に必要な単位の約8割をとった。真面目で優秀な生徒だった。しかし、授業とアルバイトに明け暮れる生活は、「全然面白くなかった」と振り返る。

 転機は、2年の夏休みにした東南アジア放浪旅行。初めての海外に心躍ることばかりだったが、同時に言葉の壁を痛感した。「英語が話せたら何倍も楽しかっただろう」と帰りの飛行機の中で悔やんだ。海外留学を決意したのは、「自分を変えたい」という思いが募ったからだ。ワーキングホリデーを利用してニュージーランドに1年間滞在することを決め、大学に休学届を出した。現地では、日本食レストランでバイトしながら語学学校に通った。シェアハウスで南米やアジアからの留学生と共同生活をする毎日は、ワクワクの連続だった。

学生時代にはフランスのワイナリーも訪問

 ワインに興味を覚えたのもこのときだ。スーパーで買ったワインを飲んでいるうち、その魅力にとりつかれ、独学で勉強を始めた。生産者を訪れて質問したりもした。ニュージーランドは世界有数の高級ワインの産地。住んでいたオークランドにも世界的なワイナリーがいくつもあり、興味は尽きなかった。

 「飽きっぽい自分がこれだけ夢中になれるのは、ワインが性に合っているのではないか」と考えるようになり、日本で英語を話せるソムリエになることを思いついた。

ワインにひかれ... 大学休学、4年間に

 だが、帰国の日が近づくにつれ、英語力もワインの知識も、まだ中途半端だという危機感を抱いた。大学は最長で4年間休学できる。バイト先で正式に雇ってもらうめども立ち、さらに2年間ニュージーランドに滞在すると決めた。

 休学4年目には、ニュージーランドを離れて欧州のワイン産地をめぐった。訪れた国は、西はポルトガルから東はトルコまで10カ国以上。ビジターお断りの有名ワイナリーにも、メールで精いっぱいの熱意を伝え、訪問を許された。「当時の自分の知識レベルでは話の30%ぐらいしか消化できなかったと思うが、貴重な経験になった」という。

 岩田氏は、ソムリエとしての自身の強みを「コミュニケーション能力、語学力、緊張しないところ」と分析する。すべて4年間の海外経験のたまものだ。

 同志社大に戻った後、開業間もないカーヴ・ド・ケイでバイトを始めた。その年には、ソムリエ試験に合格。大学生がソムリエ試験に受かるのは、異例中の異例だ。結局、大学は8年かけて卒業。「日本ワインとツーリズム」が卒業論文のテーマだった。

 卒業後もソムリエとして働くと決めたとき、友人らは「同志社を卒業してなぜ」といぶかった。ソムリエの待遇は、決してよくない。岩田氏ぐらいの年齢のソムリエの平均年収は300万円前後で、毎月の手取りが20万円あればいいほうともいわれる。夜は遅く、休みも少ない。独身ならまだしも、家族を持ったら厳しい。高級レストランには、ソムリエのサービスを目当てに訪れる客も少なくないが、それにふさわしい待遇を受けているソムリエすら珍しいのだ。

飲食業界の「待遇改革」、ソムリエが先頭に

全日本最優秀ソムリエコンクールの決勝戦で、ブラインドテイスティングに挑む岩田渉氏。世界では、もっと厳しい戦いが待つ

 岩田氏がソムリエの世界でキャリアを築こうと決めた一因は、そうした現実にある。「若い自分たちが先頭に立って、ソムリエという職業を、高給取りで休みも多く、若者が憧れるようなイメージに変えたい。ソムリエだけでなく、日本の飲食業界全体の待遇を改善したい。同年代のソムリエ仲間とも常々そう話しているし、それが強烈なモチベーションになっている」という。

 それを実現する手段が「ソムリエ世界一」になることだ。「世界一になれば、ソムリエという職業が注目され、現状を変えるきっかけになる」と岩田氏は言う。当面の目標は、18年秋に京都で開かれる「アジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクール」での優勝だ。ここで優勝すれば、19年にベルギーで開かれる世界大会にアジア・オセアニア代表として出場できる。

 岩田氏は世界一への「道は険しい」と表情を引き締めながら、毎日数時間を勉強にあてて京都大会に備えている。田崎氏や国際大会の経験も豊かなベテランソムリエの石田博氏から、テイスティングやテーブルサービスなどのトレーニングも定期的に受けている。石田氏は、岩田氏を「素直でハングリーなところがいい」と高く評価する。

 1995年の世界大会で田崎氏が世界一になった後、日本は一大ワインブームに沸き、市場はわずか3年間で2倍に膨らんだ。ブームが踊り場を迎えている今、ワイン業界では「第二の田崎真也」登場への期待が高まっている。
(ライター 猪瀬聖)[NIKKEI STYLE 2017年12月30日付]

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