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語学で起業(2)壁、アクシデント、孤独…スタートした起業家人生

語学で起業(2) 壁、アクシデント、孤独…スタートした起業家人生
authored by 喜 洋洋株式会社Lang-8 代表取締役

 前回は語学に興味をもったきっかけをお話しましたね。今回はそこからの続きをお話したいと思います。

 上海への留学後にビジネスプランコンテンストに出たのがキッカケで起業に興味を持った僕は、「外国語を勉強する時に外国語で文章を書いて、世界中の人がお互いに母語で添削しあうと面白いのでは」と思い、大学4年生の時に当時の同級生にそのアイデアを話してみました。

 アイデアを聞いたその同級生も面白いと言ってくれたのもあり、これはイケるかもしれない思った僕は大学4年生の時に「相互添削型のSNS Lang-8」というサービスを作り始めます。大学卒業後は大学院に進学をしたものの、入学と同時に休学し、2007年6月に関西で株式会社Lang-8を設立し、サービスを正式リリースしました(当時の社名はランゲート株式会社)。

京都時代のオフィス。コスト面でも安く抑えれていたし使い勝手も良く快適でした

 当時を振り返ってみると今のように企業の資金調達も盛んではなく、さらにサービスに初期投資してくれるエンジェル投資家もほとんどいなかったので(少なくとも僕は把握していなかった)、請負の開発をしながら自社サービスを伸ばす企業が多かったように思います。今であれば受託開発しながら自社サービス開発するのは効率も悪く、初期の資金はシードアクセラレーター※1やエンジェル投資家から集める会社が多いと思います(※1 シードアクセラレーターとは起業家や創業直後の企業に対し、事業を成長させるための支援を行う組織である。Wikipedia参照)。

 僕自身は資本金300万円で起業したのですが、大学時代から家賃共益費込2万4000円の部屋に住んでいたこともあり、役員報酬自体も10万円もあれば十分生活ができていました。学生時代からの延長的な部分もあって特に辛い生活をしているという感覚もなかったですね。むしろ事業が立ち上がってないのに、なけなしの資本金を自分達の給料(正確には役員報酬)に使うことには抵抗がありました。

友人とのサービス開発

 最初の1年は僕ともう一人の計二人で会社を始めました。二人とも全くプログラミングの経験も知識もなくて、今考えると無策過ぎました。ちなみにですが、起業1年目の数字的には、確かユーザー数が1000人か2000人を突破した程度だったかと思います。おっと、話が脱線してしまいましたね。

 起業して2年目。大学時代にLang-8の開発をしていた同級生一人が正式に入社することになりました。彼はプログラミングができたので「これでやっと開発が進む」と思ったのを覚えています。そんな時、2008年8月頃にLang-8を紹介して下さったブログが「はてなブックマークのホットエントリー」に入り、日本でLang-8が認知されるようになります。当時のはてなブックマークのホットエントリーと言えばIT業界なら誰もが見るほど影響力の大きいものでした。

 2009年には雑誌20~30誌、テレビでも紹介され、日本での認知が広がっていきました。ただ、2007年から一貫して日本では宣伝せずに、できるだけ海外で宣伝していました。様々な国のユーザーさんがいないとなりたたないサービスですし、且つグローバルなサービスにしたかったので、日本国内で積極的に宣伝することはあまり行っていませんでした。

Lang-8のユーザー数推移です。ほぼ一人か二人で低コストでやったていたとは言え、今見ると時間がかかり過ぎてしまっているなと思います

一人での開発に。そして、その時に学んだこと

 同級生の入社から僕とその彼の二人でサービスを運営していました。ですが、そんな彼と日に日に衝突することが増えていったんです。その結果、2009年末に彼は退社し、僕は一人で開発を行うことになりました。このことに関して言えば、当時の僕はプログラミングが分からず、ビジネス経験もないなどの自分の未熟さが原因でした。もちろん開発以外は全て僕が担当しており必死に働いていたのですが、こういったWebサービスで言うと、スタート当初は開発がメインになるので事業の推進に直接関わることができないのはとてももどかしかったです。

 僕は一人になってしまった時に自身のこと、サービスのこと、これからのことなどいろいろと考える時間を設けました。そしてある結論に行き着きました。「今この環境でエンジニアを採用できたとしても自分が変わらないとまた同じことが起こるかもしれない。それでは自分の運命をコントロールできずに、他人任せになってしまう」。そう思った僕は当時26歳で遅いかなと不安に思う部分もあったのですが、一からプログラミングを勉強することにしました。この決断は今となっては結果としてやって良かったなと思っています。僕はこれをきっかけに何事にも遅すぎることはないことを学びました。

昔は自社サーバーでした。一人になって、全く技術がわからないのにサーバーをなんとかしなくてはいけず、途方にくれたこともありました

 一人での開発中はいつ止まるかわからないサーバーに怯えながら(自分ではどうしょうもないので)、なんとかサービスを維持することに努め、簡単なバグ修正ができることを最初の目標にして勉強していました。その間、一人で会社の業務も全てやっていたので精神的にも一番辛い時期でした。

 その後、自己のスキルもアップし、僕一人でも開発できるようになったおかげで、エンジニアの方の採用にも知見が活きてきました。機能追加などサービスに関する部分での判断もビジネス面での視点と技術面での視点の双方から判断できるようになり、とても良い経験になりました。

 Lang-8開発当初からいろいろな壁やアクシデントに見舞われてきましたが、開発面での立て直しができた所で会社を京都から東京に移し、その後、2014年11月に新サービス、英語のQ&A添削アプリ「HiNative」を、2016年に1日1題の英語学習アプリ「HiNative Trek」をリリースしました。「HiNative」に関しては、2017年にユーザー数を1年間でこれまでの6倍の170万に増やすことができ、僕個人としてはようやくスタートラインに立てたかなと思っている所です。

 こうやって振り返ってみると、当時孤独になってしまった時に、自暴自棄にならずこれまでの自分を見つめ直し、そしてこれからの自分について考え、行動に移せたことで今こうやってサービスを継続させることができています。そして、多くのユーザーの皆様にご利用頂くことができたなと改めて実感しています。

 さて今回は、サービス立ち上げから今に至るまでのお話を書かせて頂きました。次回は「語学学習」にフォーカスを当ててお話をさせて頂けたらと思っております。