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戌年に復活だワン! ソニー新型アイボ開発秘話

戌年に復活だワン! ソニー新型アイボ開発秘話

 「人々の好奇心を刺激する会社であり続けることがソニーのミッションだ」と語る平井一夫社長の肝煎りで開発された犬型の家庭用ロボット「aibo」が11日に発売される。愛くるしく首をかしげたり人工知能(AI)で自ら学んで賢くなったりする。組織の壁を越えて様々な技術を結集する「ワン・ソニー」路線の成果だ。会社の完全復活を世界に示すミッションを果たせるのか。

犬型ロボット「aibo(アイボ)」を発表するソニーの平井社長(右)と川西泉執行役員(2017年11月、東京都港区)

 「新型アイボはデバイスなど多くの独自技術を詰め込んだ。ハードやクラウドを融合して新しい体験を提供する」――。新型アイボの開発プロジェクトを平井社長から任された執行役員の川西泉氏はこう強調する。

 川西氏は「技術のソニー」が誇る「技術のエース」だ。1986年に入社。95年にゲーム子会社に出向すると、家庭用ゲーム機「プレイステーション3(PS3)」や「プレイステーション・ポータブル(PSP)」を相次ぎ立ち上げた。ハードとソフトの両面に強い。最近は業績不振のスマートフォン事業の立て直しという重責も兼務しており、「難しい仕事ばかり」と苦笑する。

 平井社長は2016年夏、業績の回復を受けて新型アイボの開発をスタートさせた。18年1月の発売に向けて時間的な余裕はなかったが、各事業のエース級の技術者が東京港区の本社の一角で悪戦苦闘してきた。高い技術の壁は犬型ロボットとしてメカニカルな完成度を大幅に高めることと、顧客の家族の一員として愛されるために多くを学べる賢さだった。

 「これでは大きすぎる。とても犬には見えない」――。開発メンバーたちは初期段階の試作品をみて大きなため息をもらした。最終商品から二回り以上も大きく、かわいい犬というイメージからかけ離れていたからだ。

 新型アイボは初代と異なり丸みをつけたデザインで、「首をかしげる」「腰を振る」ような愛らしい動きを忠実に再現することが求められた。それには中核の駆動部品「アクチュエーター」を数多く搭載する必要があり大きくなる。ネジ1つも外に見せないようにするために設計は難しい。

 川西氏はソニーが昔からカセットデッキなど回転するメカ機構を持つ商品で培った精密技術を活用できるとみていた。特にデジタルカメラ部隊が同技術を継承しており開発でも活躍した。

 その筆頭格がデジカメ部門出身の石橋秀則氏と伊豆直之氏だ。石橋氏が中心となり新型アイボ向け専用アクチュエーターを自作し、首をかしげるような動きが可能になった。鼻の部分に搭載したカメラは目の前の人の顔などを、背中部分に搭載された「SLAMカメラ」では部屋の中を撮影する。撮影したデータをAIで分析し、障害物を避けながら歩き回ったり、最も好きな飼い主に近づいたりできる。

デジカメなど様々な部署から集まった技術者が新型アイボを開発した

 この賢さを実現する「頭脳」の部分ではデジカメ部門出身の森田拓磨氏と、通信子会社に所属しクラウドに強い平朋大氏の2人が活躍した。

 新型アイボの本体内部に搭載されたAIシステムでは飼い主から「お手」や「ハイタッチ」などを求められても段階的に言うことを聞くようにする。よく世話をしてくれる人に好んでなつく。それは本物のペットの犬と同じで、森田氏は「適度に期待通りで、適度に期待を裏切ることが大切だ」という。それがリアルな愛犬の飼育体験となり、飼い主の愛情も増すことになるからだ。

 新型ではクラウド上のAIも利用し、従来以上に賢く育つことも特徴だ。常時通信し様々なデータがクラウド上に集まりAIで分析できる。顧客の飼い主をもっと喜ばせる新たな動きができるように制御ソフトをネット経由で自動更新したりすることもできる。

 犬らしさを完全に実現するには徹底した最終仕上げが重要だ。17年11月の商品発表後に開発者が家に持ち帰り地道な作業を続けた。特に動きの制御を担ったのがソニーモバイルから加わった川部祐介氏らだ。動物園に通ったり四足歩行を繰り返したりした。テクテク歩いたり、ごろんと寝転んだりする動きなどを調整し「本当にかわいくなった」(川部氏)という。

 そこでは社内横断組織「研究開発(R&D)プラットフォーム」に所属する小原篤史氏の開発ツールが役立った。細かい動きが自然にできるように制御するソフトを容易に作れたから、開発期間を短縮できた。

 新型アイボは平井社長にとって大きく2つの戦略的な意味合いがある。まずはプレステなど全事業で重視する「リカーリング」というビジネスモデルに沿った新製品で、長期にわたり稼げる可能性があることだ。

 川西氏が新型アイボの発売について「入り口にすぎない」と語ったのは「構造はプレステに似ている」からだ。ハードを売って終わりではなく、様々なアプリなども販売して息が長いビジネスにできる。例えば、アイボの鼻についているカメラを用いた高齢者の見守りサービスなどだ。

 もう1つは平井社長が就任直後から掲げるワン・ソニー路線を象徴するプロジェクトであるということだ。新型アイボでは事業部門の壁を越えて技術を結集した。それができなければ、ソニーファンの好奇心を刺激する商品にならないからだ。

 平井社長は毎月、本社のアイボの開発フロアを訪れて報告を受けた。新型アイボは「ソニーのミッションを体現する存在」だからであり、失敗が許されない。99年に発売された初代のように途中で生産中止に追い込まれれば、ブランドに傷がつく。一方で成功すれば、ソニーファンの裾野を広げて新たなアイコンになる可能性もある。

 新型アイボを世界で売っていくには、品質を安定させたまま量産規模をさらに引き上げるなど課題が残されている。「まだスタート」と話す川西氏らの気が休まる日は遠そうだ。

 新型aibo(アイボ)を発売できたのは、ソニーの開発技術者たちの力だけではない。精密な部品を少量生産で作り「匠(たくみ)の技」での組み立てが必要だった。かつて大ヒットした携帯型ビデオカメラの「パスポートサイズのハンディカム」などを手掛けた愛知県幸田町の主力工場の現場力がフルに活用され、不具合を最小限に抑える生産体制が整った。

4000もの部品を組み付ける(愛知県幸田町のソニー工場)

 「本当にこのまま量産できるのか不安になったことも正直あった」――。ソニーの生産子会社の主力拠点「幸田サイト」で、新型アイボの生産立ち上げの責任者を務めた前田隆至設計1課統括課長は、ほっとした表情を浮かべてこう語る。

 幸田サイトは1972年に家庭用ビデオデッキを生産する拠点として稼働した。90年代にはビデオカメラが売れに売れて6000人規模の従業員を抱える屈指の大型工場だった。その後は生産がコストの低い海外に移管され、現在は800人程度まで縮小した。だが、量産が難しい新商品を開発技術者とともに作り込める力は健在で、今回も生産拠点に選ばれた。

 新型アイボは早い段階から、戌(いぬ)年である2018年の1月11日に発売日が決まっていた。ソニーの平井一夫社長による発表も17年11月1日だった。「ワン(1)」づくしにしたかったからだが、設計が固まりきらないうちから量産に向けた準備を進めざるを得なかった。発売後に不具合が頻発すれば、ソニー復活の象徴となる新商品に水を差しかねない。前田課長ら生産現場のプレッシャーは大きかった。

 生産現場が頭を悩ましたのは、小さな本体に組み込まれる部品数が4000もあることだ。40もの組み立て工程を経て生まれる「子犬」は精密な駆動部品が多く、手作業の小さな組み付けのミスでもバランスが崩れてまっすぐ歩けなくなったりする。17年夏段階でも厳しい品質基準をクリアするのは試作品の1割程度にとどまったという。

 前田課長が重視したのは設計部隊と協力して歩留まりを向上させることだった。幸田サイトから複数の担当者を本社の設計部門に送り設計技術者を幸田サイトに招いた。

 両者の協力の成果として象徴的なのは、部品組み付けの奥にある5メートルほどの生産ラインだ。新型アイボの愛くるしい動きを実現する中核の駆動部品「アクチュエーター」を自動で組み立てる。当初は手作業だったが、ごみの混入や潤滑油のグリスの不足などで品質が安定しない。ロボット6台でギアの組み付けやグリス吹きつけなど全作業を自動化した。肩や首などに使う特に重要な10個のアクチュエーターを安定生産できるようにした。

 「こんな難しい量産立ち上げは、海外ではできない。我々だからできる」と、前田課長は胸を張る。全体の組み付けラインでも何度も止め、不良発生の原因を追究。治具の工夫など生産技術側のカイゼンと数え切れないほど実施した設計変更を組み合わせた。「12月中旬以降、やっと満足できる歩留まりを実現した」と前田課長は指摘する。

 現在も品質検査ラインでは、10人程度の設計担当者が常駐して不具合を阻止するとともに、設計のカイゼンに取り組んでいる。

 幸田サイトの総責任者である川島良成サイト長は「幸田は『部品を買ってくれば組み立てられる』という商品でない部分に強みを持っている。デバイスから作り込む、アナログ的なものづくりで選ばれている」と話す。

平井社長は新型アイボでソニー復活のアピールを狙う

 幸田サイトで現在生産する主力商品はデジタルカメラ用のレンズだ。ソニーはミラーレスカメラでは大手の一角。交換用のレンズは収益性は高いが、量産が難しい。幸田ではレンズの成型に使う金型から手がける精密なものづくりを徹底。高品質のレンズを安定して量産できている。

 また、平井一夫社長が重視する新規事業創出プログラム「シード・アクセラレーション・プログラム(SAP)」で生まれた商品の生産も担う。

 今後、ソニーが注力する「AI×ロボティクス」事業は世界で拡大していく見通しで、幸田サイトなど国内でアイボのような新商品の量産をこれからも手掛けられるかは不透明だ。ソニーの国内工場は長く過酷なリストラの対象となったが、アイボで分かるように機能やデザインで独創的なソニーらしい新商品を創り上げるにはものづくりの現場力が欠かせない。

 ソニーは18年3月期の連結営業利益が6300億円と、20年ぶりに最高を更新する見通しだ。世界に完全復活を改めて示すには生産現場も含めたワン・ソニー路線の象徴である「かわいい子犬」を確実に育てていくことが必要といえそうだ。
(企業報道部 岩戸寿)[日経産業新聞2018年1月10日付、日経電子版から転載]

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