日本経済新聞 関連サイト

OK
skill up-自己成長

「東大一直線」に曲がり角 開成生も海外大志向へ

「東大一直線」に曲がり角 開成生も海外大志向へ
国内最難関とされる東大理科3類出身の医師らが診療にあたる東京大学医学部付属病院

 受験の季節だ。国内の大学の最高峰は東京大学。小学生の頃から東大を目標に勉強の励む子供も少なくない。しかし、国公立大学の医学部や米欧の名門大を目指す生徒も増えている。関西など西日本の有名進学校ほどこの傾向は顕著だったが、首都圏でも同様の動きが広がっている。東大卒でもすばらしいキャリアが約束される時代ではない。「東大一直線」が曲がり角を迎えている。

開成、東大合格者は減っているが...

 「確かにうちの生徒も医学部志向が強まっている。東大の理科1類や理科2類に進んで技術者や研究者になっても報酬がいいとか、明確なキャリア像が見えてこなくなっている。その点、医師はわかりやすい」。東大合格者36年連続トップを走る開成高校の柳沢幸雄校長はこう話す。

 2017年の東大合格者数は161人(1学年の定員は400人)。12年には200人を超えており、下落傾向にある。しかし、開成の学力レベルが下がっているわけではない。17年は東京医科歯科大医学部に12人、千葉大学医学部に14人など、東大理1や理2よりも合格難易度が高いといわれる有名国立大医学部への合格者数は40人近い。国内最難関の東大医学部医学科に進む理科3類には10人が合格している。

 もともと医学部志向が強かったのは、関西など西日本の有名進学校だ。灘高校(神戸市)は「最近は生徒の3人に1人は医学部志望」(和田孫博校長)という。17年の東大合格者数は95人だが、うち理3は19人と全国トップだ。京大は合格者39人のうち医学部は21人を占める。「目標は理3、京医」というのが灘高生の合言葉だ。京大合格者トップ校の洛南高校(京都市)でも医学部シフトは明らかだ。06年度までは100人を超えていた京大合格者は減少して、17年は69人に下がった。しかし、国公立大の医学部合格者は増加傾向が続いている。

関西には国公立大医学部が多い

 進学塾「鉄緑会」会長の冨田賢太郎氏は、「関西の有名進学校の医学部熱が首都圏より高いのには理由がある」と話す。一つは関西発の大企業が次々東京に本社を移転したことがある。かつて都市銀行と呼ばれた大手銀行の本拠地は住友銀行(当時)など4行が関西本店だったが、現在のメガバンクはゼロ。伊藤忠商事や丸紅などかつて大阪市に本社を置いた総合商社も、いずれも東京本社にシフトし、「ビジネスマンとして関西で活躍するのには限界がある。地元でやるなら医者ぐらい」(灘高出身の東大生)。

 もう一つ大きな理由がある。「京阪神の大都市圏から通える国公立大学医学部の数が多いからです。一方で首都圏は少ない。都内から通えるのは東大理3と東京医科歯科大ぐらい。自宅の場所によっては千葉大医学部と横浜市立大学医学部も入るけど、関西に比べてとにかく少ない」(冨田氏)という。確かに京阪神の通学圏とされる所に医学部があるのは、京大、大阪大学、神戸大学、大阪市立大学、京都府立医科大学、さらに奈良県立医科大学、滋賀医科大学、和歌山県立医科大学と少なくない。

東大・京大医学部への進学でトップの灘高校

 首都圏は慶応義塾大学医学部など私立大の医学部は関西などと比べて圧倒的に多い。順天堂大学医学部などが学費を大幅に下げて話題になったが、コスト負担は国公立大学医学部と比べものにならないほど大きい。

 ラ・サール高校(鹿児島県)や久留米大学付設高校(福岡県)、愛光高校(愛媛県)など九州や中四国の有名進学校も、東大よりも医学部志向だ。愛光の17年の合格者は東大が23人だが、国公立大学医学部医学科は61人。中村道郎校長は「東大への進学実績を増やしたいが、生徒の4割が医学部志望」という。

 医学部志向は「西高東低」だったが、開成や筑波大学付属駒場高校、桜蔭高校など首都圏の進学校でも年々強まっている。そこに新たな潮流が押し寄せている。

開成校長は元ハーバードの人気教授

 開成では17年、海外大学に22人が合格し、7人が進学する予定だ。ハーバード大学やプリンストン大学、シカゴ大学など世界大学ランキングで東大を上回る名門大がズラリと並ぶ。この流れは、11年に柳沢校長が着任して生まれた。柳沢校長はハーバード大学の公衆衛生大学院で教授などを歴任した化学者。開成から東大に進学、化学工学を専攻した後、ハーバード大大学院でフルタイムで10年間を過ごし、ベストティーチャーにも度々選ばれている。

「東大一直線」から医学部、そして海外大志向が強まる開成高校

 「東大よりハーバードに、と生徒から相談を持ちかけられたのがきっかけでしょうか。我々は東大がいいとか、海外の大学の方がいいとかとはね決して言いません。進学先を決めるのはあくまで生徒です。ただ、先輩がハーバードに行ってよかったとなると、後輩が2人、3人と続くようになる」と柳沢校長は話す。

 開成出身で東大法学部4年の学生は「本当は米国の大学に進みたかった。東大を卒業して官僚や法曹界に入っても昔のようなうまみはない。ただ、僕の場合、英語力が足りなかったし、家計も許さなかった」という。「東大一直線」の代表銘柄ともされる開成でも、生徒の志向は明らかに変わってきている。

緑に囲まれたハーバード大学のキャンパス

  海外大学志向の先駆けとなったのは渋谷教育学園幕張高校と同渋谷高校だ。両校の校長を兼任する田村哲夫校長はグローバル人材の育成を掲げ、毎年両校からハーバード大など海外大学にそれぞれ20~30人が合格するようになった。しかし、課題は高い学費と海外での生活費。「実際に進学するのは半数ぐらいですね」(田村校長)という。

海外大の学費は東大の10倍

 ドイツの研究機関で研修中の20代前半の副島智大さん。立教大学の付属高校から東大に合格した。だが半年後に米国の理系トップ大学、マサチューセッツ工科大(MIT)に進学した。「MITの授業料は年間約4万6000ドル(約520万円)、生活費や寮費を含めると年間6万ドルでも足りないのが実感だ」という。学費は東大など国公立大学の約10倍だ。

 成績優秀だった副島さんには支援者が現れた。入学して2年目に米国在住で美術収集家のミヨコ・デイヴィーさんから授業料などの支援を受けられるようになった。米国人向けの奨学金制度は充実しているが、日本人の中には資金が続かず、途中で断念して帰国する学生もいる。

柳井財団 海外進学を支援

 日本にも救世主が出てきた。渋谷教育学園の田村校長は「柳井正財団から渋渋、渋幕の両校の生徒が海外大学進学の支援対象者として選ばれた。16年は5人、17年は4人になる」という。ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏が同財団を創設、名門海外大学の進学を支援する海外奨学金プログラムをスタートした。同財団によると、17年は37人を支援対象とした。上限額は7万ドルだ。17年7月、ソフトバンクグループ会長兼社長の孫正義氏が創った孫正義育英財団も96人の異才を選出。海外留学などの経済面で支援する事業を開始している。

 田村校長は「日本の経営者にも柳井さんや孫さんなどグローバル人材を育てようという動きが出てきているのはありがたい」と話す。しかし、「日本社会は海外の大学に進学した有能な人材をまだ受け入れられていない。うちの卒業生でも理系のエンジニアや研究者は、ほとんど海外にとどまっている。日本発のイノベーションを起こせる人材も少なくないのに、もったいない話だ」と嘆く。米国のフェイスブック本社で働く内山慧人氏は、渋渋からハーバード大に進学。革新的なソフトを開発して創業者マーク・ザッカーバーグ氏の目に留まり、日本人の新卒社員第1号になったという。

 東大一直線から医学部、そして海外大志向に。グローバル化が急速に進む中、日本のキャリアの行方も大きく変わろうとしている。
(代慶達也)[NIKKEI STYLE 2018年1月7日付]

「日経College Cafe」のお勧め記事はこちら>>