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20年後から見る職選び(7)農業、AIにできること できないこと

20年後から見る職選び(7) 農業、AIにできること できないこと
authored by 戸崎肇首都大学東京特任教授・経済学者

 人間は食べなければ生きていけません。したがって「食」は常に私たちの大きな問題です。しかも、今後はその需要のあり方もどんどん多様化していきます。

 日本の人口は減少していきますが、世界全体の人口は今後も増え続けていきます。その結果、食糧もより多くの量を生産していかなければなりません。その観点からは、ますます生産性を向上させ、かつ安価にそれを提供できるようにしていくことが求められます。

 そして、それが必要とされる場所にきちんと届けられるようにすることも重要です。現代の飢餓の問題は、貧困な地域、あるいは戦乱によって生活が破綻している地域に対して、世界各国からせっかく援助を送っても、それがどこかで滞ってしまい、支配者層によって搾取されるか、あるいは腐ってしまって使い物にならないことでより深刻化しています。世界的に見た食の問題は、前回の連載で取り上げたロジスティクスと、今後、より密接に関係していきます。

 一方、発展途上国の生活水準が向上していけば、より豊かな、おいしいものを求めるようになり、先進国の需要とバッティングしていきます。すでに中国の富裕層の増大によって、日本では、寿司のネタであるマグロといった食材が不足し、価格が高騰する事態が生じています。その反面、自然資源の保護の重要性も強く認識されており、どのようにして持続性のある食糧供給を行うべきか、は特に漁業において重要になってきます。そうなると、「海の農業」ともいえる養殖技術の向上が不可欠です。

バリューチェーンとしてとらえる

 さらに先進国では、健康志向の高まりによる品質の高い食製品に対する需要が高まっています。その点、農薬を使わない有機農業の市場は、これからも大きく増大していくことは間違いありません。最近は子供のアレルギー問題も大きく取り上げられるようになりました。「食育」という言葉があるように、子育てにおける食の問題は非常に重要視されています。また成人病対策、長寿のための食として、「安全」な食に対する需要は極めて高いのです。

 そこで近年出てきた概念が「農業の6次産業化」です。農業は本来、自然と直接かかわる1次産業として位置づけられてきましたが、それに加工といった2次産業的側面、さらに流通・販売といった3次産業的側面まで含めた、いわゆる「バリューチェーン」としてとらえる観点から、川上から川下まで一貫して管理・運営するものとして1+2+3=「6次産業」としての農業という考え方が出てきたのです。

GPSを使った無人コンバインの実証実験

 それを可能としたのはインターネットといった技術の進歩です。誰がどのようにして農製品を生産しているか、は消費者にとって、とても重要な情報です。生産地の偽装、あるいは食材の偽装といったことが頻繁に行われている事実があるからです。例えば、『行ってはいけない外食』(南清貴、知的生き方文庫)によると、安い「マグロのたたき」はマンボウであることがあり、同じく安い「アナゴ」は「海へび」であることがあるそうです。「安い」ということにはそれなりのリスクがあるのです。

 そこで、誰がそのように農業などの食材の生産を行っているか、という生産者の「見える化」は、消費者に対して大きなアピールとなります。これは農業でも漁業でも、その他産業でも付加価値を追求し、高い収益を追い求めていく上では重要です。これを可能にしたのがインターネットによる情報発信力の向上です。誰が作物を育てているのか、どのように育てているのかが画像で確認できれば、完全にとは言えないまでも安心できますし、ともかくも個別に生産者の責任を問うことができます。その分、供給者は高い価格で販売でき、また誇りをもって生産活動を行うことができるのです。

AIで負担は大幅減

 この場合、有機農業にこだわることになれば、それだけ天候などの要因を細かく分析し、その変化に対応していかなければなりません。とはいえ、人間の力だけで24時間、これに対応していくことはとても困難です。自動化によって対応しようとしても、何らかの問題が起こって機械がうまく働かなくなると、そこで一巻の終わりになってしまいかねません。そこで力を発揮するのがAIです。事態の急変にも迅速に対応し、かつ過去から蓄積されたデータから最適な環境を自ら整えることで、農業従事者の負担は飛躍的に軽減されていくでしょう。

 もちろん、これは大量生産においても同様に当てはまります。地球の気候変動などを考慮に入れ、どのような食糧生産をどこで行うべきかという判断を下し、それに基づいた生産を行うことで、飢饉への対応能力を向上させ、世界の食糧の供給体制を安定化させていくでしょう。

 こうして、農業、そして漁業はますます効率的安定的な業種となっていくことが期待できます。そして、自然と触れ合う側面は変わらないのですから、この分野への従事者が増えれば、地方創生、活性化に大きく貢献するはずです。

 ただし、何がおいしいのか、どのような味を求めるのか、といった判断はAIにはできません。あくまでも個々人の判断です。誰もが同じ味を求めるわけではないことは、容易に理解できることでしょう。その見極めと設定は、どこまでも私たち自身が行わなければなりません。ここにビジネスの成功の鍵はあるのです。農業は、ビジネス的にも、そして自然との共生が図れる生活の質の高さにおいても、今後大いに注目すべき分野です。


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