孤独な人は、困難に耐えられない?
人生を経済学で考えよう(13)
こんにちは。慶應義塾大学中室牧子ゼミナールです。今回は「孤独な人は、困難に耐えられないのか」というテーマについて考えてみたいと思います。
仕事が上手くいかない苦悩、怪我による挫折、勉強してもなかなか成績が上がらないことへの焦り、恋人との別れ話......ほとんどの人がこういった困難に直面したことがあるはずです。そんな時、あなたは困難に耐え、乗り越えることができましたか。
「相談できる相手がいる」というのは、困難を乗り越えるために重要なことではないかと指摘する研究があります。震災時、「社会関係資本」(人々のつながり)の高かった地域では、復興が早かったことが示されているのです。もしそうだとすれば、「孤独な人は、困難に耐えられない」ということもできるのではないでしょうか。
孤独は人間関係の欠乏
「孤独」は、時として人々の思考を鈍らせることがあります。困っていることがあるのに相談できる人がいないことで、困難を乗り越えようとする意思を持てず、すぐ挫けてしまうというようなことです。「孤独」を、行動経済学的に解釈すれば「欠乏」です。お金が足りない、時間がないというのも欠乏の一種ですが、孤独というのは人間関係の欠乏だと考えられます。欠乏が生じると、それがお金であっても時間であっても人間関係であっても、人々の行動に大きな影響を与えると考えられています。例えば、「お金がない」と思うと、心理的な負荷がかかり、合理的な判断ができなくなって、かえって借金をしてしまったり無駄遣いしてしまったり、ということが起きるように、孤独の場合は「相談できる人がいない」と思うことによって、余計に困難に耐える力がなくなってしまうというわけです。
私たちは、以上のような「人間関係の欠乏」が生じると何が起きるのかを検証するため、大学生を対象にした実験を行いました。この実験では、30分間でやや複雑な図形の一筆書きしてもらうというものです。実は、被験者には事前に知らされていませんが、この図形は一筆書きをすることはもともと不可能な図形です。このため、被験者は30分間、一筆書きをすることが不可能な図形を一筆書きしようと格闘することになります。これで「困難に遭遇したときの粘り強さ」を計測します。30分間一筆書きを続ける粘り強い人もいれば、早々に諦める人も出てきます。
粘り強さ、男子は減る傾向
しかもこの実験では、被験者のなかからランダムに選ばれた学生に、性格診断の結果に基づいて、「友人や家族に恵まれず、孤独な将来を送るかもしれない」という示唆を意図的に与えました。つまり、ランダムに選ばれた一部の学生は、孤独感を感じながら、この一筆書きに臨むことになったわけです。
実験の結果はどうなったのでしょうか。実は、孤独を感じたことが粘り強さに与える影響にははっきりとした男女差が確認できたのです。「将来、孤独かもしれない」という示唆を与えられた男子学生たちは、一筆書きを早く諦める傾向にありました。しかし、女子学生にはその傾向はみられませんでした。男子学生は、孤独を感じると、粘り強さが失われることがわかります。私たちの周辺でも、夫に先立たれた妻がその後の人生を力強く生きているという例は枚挙に暇がありませんが、その逆はあまり見ないことからも、男性が孤独に弱いというのは納得がいく結果です。
OECDの調査によれば、「ほとんど友人や同僚と時間を過ごさない人」の割合は、先進国の中で日本人の男性の比率が最も高く、全体の17%にも上ることがわかっています。そして私たちの研究からも明らかなとおり、こうした孤独は困難を乗り越える粘り強さを失わせます。積極的に友人をつくり、社会参加をし、孤独を防ぐこと――日本人の男性は特に意識すべきなのではないでしょうか。
(中室牧子・目黒潤一)
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