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「わたし」が生まれた、横須賀(4)パーカー発売~ピンチをチャンスに導く「本物」

「わたし」が生まれた、横須賀(4) パーカー発売~ピンチをチャンスに導く「本物」
authored by 八村美璃中央大学法学部法律学科3年

 こんにちは、八村美璃(はちむら・みり)です! 前回の記事では、仲間といかにしてヨコスカネイビーパーカーを政策コンペで提言してきたのか、誕生の裏側についてお話してきました。今回は、わたしたちが「ネイビーパーカーでやりたかったこと」を実現できるように模索する過程について、振り返っていきたいと思います。

運命を突き抜けた2週間

 メンバー6人はいつしか、コンペで優勝するしないを問わず、ネイビーパーカーの取り組みを実現しようと心に誓っていました。お土産じゃない、ツールとして活用できるパーカーを「本物」にしようと。コンペの最終発表では、ネイビーパーカーの試作品を着て提言。試作品は、活動を応援してくれる家族や友達の分、限定28着で作製しました。6人でさえ好みが違う。どうしたら市内中に広まるパーカーにできるんだろうか。どの色がかわいいか、どの組み合わせなら売れそうか、イメージと実際はどう違うかをリサーチするため、パーカーの地の色、ロゴの色も28着全て異なる配色にしました。

メンバー6人で試作品と

 学校行事などでよく使う「クラT」(訳:高校生がクラスでお揃いのTシャツを作ったりする)の業者さんのパンフレットからパーカーを注文し、地元の障害者ボランティアの方々に、ロゴのプリントを格安でご協力していただきました。その想いを加速させるように、コンペで優勝するやいなや、地元紙へ取り上げられた記事への反響が、市内中から届いたのです。

 わたしたちはコンペ終了後、すぐさま150着の発売に向けて行動開始。試作品に大幅な改良を加え、「ヨコスカネイビー」「シーガルホワイト」「ペリーブラック」「フリートグレー」「バーガンディーレール」の5色を販売することを決定。カモメ(シーガル)やペリー提督、艦隊(フリート)、レール(バーガンディー色はえんじ色に近く、赤い京急線を連想させるから)、名前の由来はすべて市にゆかりのあるものに。

 また、ロゴは試作段階ではワッペンのように生地に貼り付けていたものを、ドブ板通り商店街にあるプリント屋さんで、全て手刷りで仕上げていただくよう交渉。予約サイトを立ち上げたり、取材を受けたり、始めたてのバイトをがんばったり...。そんな、6人それぞれがめまぐるしい日々を、6人一緒に毎日駆け抜けていく中で、とうとう150着が納品。感動のあまり以心伝心が起きたのか、その日の服装は6人揃いも揃って白ニットにデニムパンツ。メンバーの心が揃っていたことに、思わず気づかされた瞬間でした。

 そんな中、ある人から忠告が。ロゴの一部になっている「NAVY」の文字が、大手企業に商標登録されているという事実を。サイトでの予約開始は延期。多額の使用料を支払うか、売らずにみんなで海の家でバイトして、40万円の製作費を稼ぐか。コンペ終了後から目の前に積まれるパーカーとのにらめっこまで、わずか2週間の出来事でした。

パーカーとエビチリと女子高生と

 横須賀中央にある、中華定食屋さん。いつもは、コンペの時から毎日お世話になっているコワーキングスペース「ヨコスカテラス」で、打ち合わせしながら牛丼やコンビニ飯だけど、この時ばかりは! と、6人でちょっぴり奮発してエビチリを注文。「こっそり売ったって誰も分からないんじゃないか。」。みんなと頭をぐるぐる悩ませては、一向にエビが減りません。そしてついに、わたしは意を決して、商標元の企業へ電話することをみんなに提案しました。

 「今の状況を、正直に企業へ相談しよう。一か八かの賭け。だけど、そうやってぶつかっていくことが自分たちらしいやり方なんだ」。これが正解かなんて分からない。言っちゃったら売れなくなるかもしれない。でも、そう、6人で腹をくくったのでした。

 明くる日、さっそく企業に電話で相談。するとその翌日に、なんと、「今回の限定販売を認め、商標を無償提供する」との連絡が! メールの終わりには、地域を盛り上げるパーカーのコンセプトに感銘を受けたとの言葉も。6人で安堵の涙を流したのは、販売予定日3日前の出来事でした。

 商標登録の一件で閉めていた予約サイトをすぐに公開して、発売日まで残すところ2日。「売れるようになったからには、150着全てを手渡さないと」。事前にどのくらいの人が購入してくれるかは未知数でした。そのため事前に130着だけ予約してもらい、20着を当日販売することに。予約してもらうにも、地元紙で取り上げられたとはいえ、全然知名度は低く、SNSで発信するにも、Facebookは始めたばかり、当時ハマっていたインスタグラムは利用人口が少なく、「インスタ映え」が流行語になると知るのは、それから3年後だったのです。

 コンペで「何をもって、パーカーで盛り上がりがつくれたと言えるのか?」という質問に、「学校で3人に1人が着ていたら盛り上がっていると言えます!」と答えたのを良いことに、学校の友達や先輩など6人それぞれが部活やグループにLINEやTwitterで宣伝、「テラス」に籠りながら、ドライアイになるくらい、地道な普及活動に勤しみました。「ネイビーパーカーって何?(笑)」。突然の勧誘に怪しまれて、友達を失うかもしれないと怖さを感じながら連絡を続けました。

 しかし段々と説明していくうちに、もはやそこに苦しさはなく、ただ「伝えたい」の一心に。すると、「記事でみたよ! がんばってるね」「面白いじゃん! 友達と買いに行くね!」。そんな言葉がたくさん返ってくるようになりました。受験が終わったばかりなのに応援してくれる友達、卒業しても後輩を大切にしてくれる先輩方、卒業式まで1週間と迫った横高生の絆を感じた2日間でした。

販売テント

ネイビーパーカーを着て、ネイビーバーガーを食べる

 そうして迎えた販売当日、2月最後の日。これから始まる2日間の販売に、胸を踊らすドブ板通りの朝。事前予約分の130着は無事に埋まったものの、本当にみんな買いに来てくれるのだろうか。残り20着の当日販売分、その場で「欲しい」と買ってくれる通りがかりの市民の方々は現れるのだろうか。期待と、一抹どころではない不安を6人分抱えた販売テントが立ち上がりました。

 すると、予約名簿に載っていた馴染みの顔が、ぞろぞろとテントの前に。名簿に載っていた知らない名前の正体も、記事を読んで応援してくれた市内の人、友達の友達、中には市外の人もいると判明。みんながその場でパーカーを着て、「横須賀って意外に絵になるね」と広がっていく輪。SNSを見れば、横須賀のハッシュタグと共に「パーカー着て、初めてのバーガー食べてきた」という投稿、違うクラスの子同士がパーカーをお揃いで着て写ったプリクラの数々。そんな景色を観て、自分たちのつくったものが「本物」になったことを、ようやく実感しました。

 2日目。日付通りに寒い2月がおわり、春が訪れたような温かな気持ちとは裏腹に、天気は冷たい雨。それでも、ほとんどの在庫は既になくなっていました。かじかんだ手に、差し入れのホットドリンクがしみます。ずっとテントに座っていれば、いろんな横須賀の人が立ち止まってくれました。女子高生だと知ってしまったばかりに、下ネタをぶつけてくるおじさん。「なぜネイビー(海軍)を礼讃するんだ! 基地のことを軽々しく扱っちゃいかん。歴史はな......」と、怒りと共に諭してくれるおじいさんもいました。そんな中、最後の1着を買ってくれた人、それはなんとも横須賀らしく、たまたま前を通ったアメリカ人のお客さん。横須賀っ子らしく、みんなでさりげなく英語で話しかけてみると、なんと米軍基地に勤めている現役ネイビーでした。

 「『NAVY』と書いてあるから、思わず立ち止まっちゃったよ」

 ヨコスカネイビーパーカー。きっかけこそダジャレだったけど、ネイビーと名付けるからには、色んな葛藤も、トラブルもあった。でも、いつも目の前のことに真正面からぶつかってきた。その想いこそ、ネイビーパーカーの「もしも」が「本物」になった、いちばんの理由だったのかもしれません。

 次回も、まだまだネイビーパーカーチーム、悩みます(笑)。大学生になってからの活動や、活動の幕を閉じるまでを、一挙にまとめたいと思います。ぜひ、お楽しみに!