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河合弘登・河合塾理事長が語る(下)危うく駿台入り? 東大受験失敗、河合塾経営の原点に

河合弘登・河合塾理事長が語る(下) 危うく駿台入り? 東大受験失敗、河合塾経営の原点に

 予備校大手・河合塾(名古屋市)の河合弘登理事長(70)が語る、母校・都立日比谷高校(東京・千代田)の黄金時代。当時の日比谷は、東京大学進学が当たり前だったが、河合氏は2度も東大受験に失敗。しかし、その時の苦い経験は、現在の予備校経営に生かされることになる。

 最初の東大受験失敗後、もう少しで、商売敵の駿台予備学校にお世話になるところだった。

 中学時代もあまり勉強はしませんでしたが、日比谷高校時代もそれほど勉強せず、友達と遊んでばかりいました。そのツケが回り、東大の入学試験に落ちました。

河合弘登・河合塾理事長

 東大を受けた理由は、日比谷の生徒は東大を受験するのが当たり前だったからです。みんな東大を受けるという前提なので、進路指導もありませんでした。それくらい、東大受験は、日比谷の生徒にとっては当たり前のことでした。

 昔の進学校には、大学受験に失敗した生徒を対象に、1年間補習授業を行う補習科という制度がありました。現在の予備校のようなものです。ただし、補習科に入るには試験があり、だれでも自動的に入れるわけではありません。

 東大受験に落ちた私は、補習科に入る試験を受けると同時に、駿台予備学校の入学試験も受けました。なぜ河合塾ではなく駿台だったかというと、そのころ河合塾はまだ東京に進出していなかったからです。両方合格したので、日比谷高校の補習科に行くことにしました。同じく東大受験に失敗した仲間もみんなそうしたからです。

 でも、補習科は、高校時代と教室も同じ、教える先生も同じ、周りも同じ顔ぶれ。何もかも高校時代と変わらないため、気持ちがうまく切り替わらず、結局、2度目の東大受験にも失敗。結果、併願していた慶応義塾大学経済学部に進むことにしました。あの時、補習科ではなく駿台を選んでいたら、東大に受かっていたかもしれないと後から思うことがよくあります(笑)。

 このように、私は日比谷高校ではダメな生徒でした。しかし、だからこそ、勉強のできない生徒の気持ちがよくわかります。

 なぜ勉強ができないのかも、説明できます。いくら勉強を頑張ってもテストでよい点数を取れないのは、方法論が間違っている場合が多い。自分にあった勉強の仕方やノートの取り方がわかっていないのです。

 私も日比谷時代、同じような失敗をしました。例えば、英語の勉強では、英語ができるようになるには教科書ではなく英語の原書を読めばいいと友達に勧められ、その通りに原書を読んだり、単語帳を使って英単語を覚えるクラスメートを真似て単語帳を作ったりしましたが、うまくいかなかった。単語帳は、作るのにエネルギーを注いでしまい、結局、活用できずじまい。こうした失敗談は山ほどあります。

 慶応義塾大学を経て富士銀行(現みずほ銀行)に入行した。

「日比谷高校時代、自分にあった勉強方法を自分で見つけられなかった」と語る

 富士銀行では、支店勤務から始めて、その後、国際業務を担当する部署に異動し、スイスのチューリッヒに駐在したこともあります。チューリッヒでは主に私募債の発行業務にかかわっていました。このままずっと銀行員としてやっていこうと当時は考えていました。

 ところがある時、2代目理事長の叔父から、「家業に戻ってくれ」と言われました。その1年後に叔父が逝去。叔父の言葉は私への遺言となりました。「戻ってくれ」という言葉が頭から離れず、富士銀行を退行することを決意しました。

 1984年、30代半ばで河合塾に転職し、2001年、父親の跡を継いで第4代の理事長に就任した。

 働き始めてみると、河合塾はとてもいいところでした。受験生はみんな真剣。だからこちらも真剣に向き合わなければならない。そんな受験生に何をしてやることが一番よいことか、日々考えました。また、大学に合格すると、どの受験生も飛びきりの笑顔で喜んでくれました。銀行員ではなかなか味わえない経験でした。こうして河合塾で仕事をしていくうちに、この仕事こそが私の天職ではないかと考えるようになりました。

 予備校の運営にかかわると、日本の学校教育制度の欠点も見えてきます。制度の欠点、それは、悪しき平等主義です。

 戦後、日本の学校教育は何でも平等主義になりました。使用する教科書も、カリキュラムも、先生の教え方も一緒。クラス分けも、個々の能力や習熟度の違いは考慮せず、機械的に振り分ける。それで同じ試験を課し、結果だけを問う。それはまったく現実を無視したやり方です。

 子供たちの間に能力の差があるのは厳然たる事実。私はそれを「階層化」と呼んでいますが、そうした現実を踏まえ、それぞれに合ったやり方で授業をしないと、子供たちは習ったことを吸収できず、せっかくの教育機会を無駄にすることになります。日本社会にとっても大きな損失です。

 ではどうすればいいかというと、子供一人ひとりにあった方法で教育を施してやることです。

 例えば、できる子は、どういう勉強方法が自分にとって一番いいかよくわかっています。ノートの取り方もうまい。放っておいても、テストでいい成績を残す。日比谷高校から東大にストレートで入るような生徒がまさにこういう生徒でした。

 一方、正しい方法で勉強すればテストでいい成績を残せるのに、自分にあった勉強方法を見つけられない子がいる。そうした子供たちには、まず本人にとってベストの勉強方法を見つけてやることが一番重要です。一人ひとりにあった指導。それが河合塾の指導方針であり、これからも、さらに徹底していきたいと思っています。

 不幸にも私は、日比谷高校時代、自分にあった勉強方法を自分で見つけられませんでしたし、探そうという発想もなかった。だから東大受験に失敗しました。でも、その失敗があったからこそ、一人ひとりにあった指導法の大切さを身にしみて理解しているのだと思います。日比谷時代の私は、今の自分にとっての最高の反面教師でした。

 昨年、人工知能(AI)のベンチャー企業、COMPASS(コンパス、東京・世田谷)と高校生向け教材を共同開発することで合意した。

 一人ひとりに合った指導法を強化していくため、今後はAIなどICT(情報通信技術)の活用が欠かせないと考えています。例えば、AIを使えば、数学の問題を解く課程で、ある生徒が、ある問題を間違えた場合、AIがその原因を分析し、その結果、必要なら小学校の算数までさかのぼり、原因と考えられる分野をもう一度基礎から学び直すよう指示します。基礎を徹底することで、高校レベルの数学も理解度が高まります。

 私が日比谷高校にいた時にAIがあったらよかったのになあと思うことが、いっぱいあります(笑)。
(ライター 猪瀬聖)[NIKKEI STYLE 2018年2月12日付]

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