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インドでMBA(6) インドの超エリート学生と
対等に渡り合う心構えとは

インドでMBA(6)  インドの超エリート学生と対等に渡り合う心構えとは
authored by 和泉沢剛

 前回に引き続きIndian School of Business(ISB、インド商科大学院)のMBAにおいて、どのようにサバイバルし、生き抜く術を身に着けたのかについて書かせて頂きます。

何から何まで全てを覚えようとしない

教授や周りの学生が言っていることをそのまま鵜呑みにするのではなく、常に自分の中に正しい問いを持つ事が大切

 MBAの授業では内容自体はどれも割と基礎のレベルであることが多いと思うのですが、とにかく扱う範囲が広く、経営に関する幅広い領域を網羅しながら学ぶことになるのが一般的かと思います。更にISBではインド式の詰め込み式教育を一部蹂躙していることもあり、プログラムが始まったばかりの頃は「こんな広い範囲をこんな短期間で全部覚えなきゃいけないの!?」といった焦りから、とにかく寝ないで必死に頑張るということ以外に乗り切る術を見つけることができませんでした。ただ実際には、寝ないで頑張ったところで時間ばかり取られてしまう割には大したアウトプットも出せず学び自体も限定的であったため、生産性がとても低かったような気がしています。

 でも今は、大事な要点さえ押さえておけば、何から何まで全てを覚えようとしなくてもある程度の部分は思いきって捨ててしまってもいいと考えられるようになりました。例えば、数百ページある英語のケーススタディやテキストを非ネイティブの私が初めから終わりまで一字一句まじめに読むと周りのインド人学生と比べるとそのインプットだけでものすごい時間がかかってしまうのですが、最初からある程度要点となりそうな箇所や頻出しそうな単語を事前に予測してその部分だけを重点的に読んで理解し、残りの箇所はざっと目を通す程度にすると、インプットの時間が大幅に短縮できアウトプットにより多くの時間を割くことができます。実際、必要のない情報や割とどうでもいい内容がけっこう含まれていたりするもので、クラスのディスカッションでもアサインメントでも要点以外の箇所はまず取り上げられることもありませんので、要点さえ押さえてさえいれば他の部分は思い切って捨ててしまってもあまり支障はないことに気づきました。

 当然、試験をパスして最低限卒業に必要なための単位を修得するにはある程度割り切った勉強をすることも求められるのですが、ただ試験をパスするために暗記した知識なんて実践のビジネスでどれほど使う機会があるのかもわかりませんし、その時は覚えていたとしても恐らくいつか忘れてしまう気がします。また、この変化の激しい時代に今ビジネススクールで覚えた知識が5年後も同じように使えるかどうかだって確証はありませんし、いくら大量のケーススタディを行ったところで実際のビジネスでは授業で扱ったのと全く同じケースに出会うことなんてまず無いでしょう。

 もちろん全部吸収して蓄積できればそれに越したことはないのですが、記憶力が大してよくない私の場合は覚えていられる情報量には限りがあるので、今は覚えることよりも理解することのほうにより重点を置き、後になって「あ、そういえばISBでこんな様なことやったな」と思い出せるように頭の中の引き出しの数を増やすことを意識するようにしています。これだけの意識の持ちようを変えただけで、MBAで課される大量のケースの読み込みや膨大なアサインメントとテキストに対しても必要以上に恐れることなく落ち着いて取り組めるようになりましたし、生産性もだいぶ上がったようにも感じています。

学び方を学ぶ

マイクロソフト米国本社のCorporate Vice PresidentであるRajiv Kumar氏のセッション。ビルゲイツ氏、スティーブバルマー氏、サティヤナディラ氏の歴代3社長と一緒に仕事をして彼らから直接学んだことについてお話頂いた

 以前、ISBのあるインド人教授が「生徒たちがお腹を空かせていたら、魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えてあげる。それが私たちビジネススクールの教授の役割だ」と例えを使って説明してくれたことがありました。魚(学び)を得ると一時の満足感は得られるかもしれないがまたすぐにお腹は空くだろうし、魚は置いといたらいつか腐ってしまう(知識の陳腐化)かもしれない。だから、ビジネススクールを卒業した後も自分の力で継続的に魚(学び)を得続けるための「魚の釣り方(学びを得るための学び方)」を学生たちには身につけてほしいということだそうです。これには深く納得し、とても感銘を受けたのを覚えています。

 また、その教授は「学び方を学ぶ」ために大切なのは、本に書いてあることや教授や周りの学生が言っていることをそのまま鵜呑みにするのではなく、自分の中に正しい問いを持つ事だともおっしゃっていました。この話を聞いてからは、授業においても常に「この講義やケーススタディから自分は何が学び取れそうか?」とった問いを意識的に持つようになりました。併せて、自分自身が質問や発言をする瞬間についても、今からする質問や発言は「ただ単に自分が知っている知識を喋りたいだけじゃないのか?」、「周りに自分の意見に共感してもらいたいだけじゃないのか?」、「自分の理解が正しいことをただ証明したいだけじゃないのか?」、「この質問をして回答を得た結果、何か新しい学びはありそうか?」等々、本当に自分の学びを深めるために、または周りの学びを深めるためにはどうするべきかをもう一歩踏み込んで考えてから実行に移すようにしています。

 また、クラスのディスカッションにおける周りのインド人学生たちの意見やコメントに対しても、これまでは英語で流暢に論理立てて(+捲し立てて)説明されると圧倒されてしまい、どれもなんとなく正しい様に私の耳には聞こえてしまっていたのですが、最近は「確かにそれっぽいことを言ってはいるけど、本当にそうなのかな?」とそのまま鵜呑みにすることが少なくなり、例え英語力が劣っていようとも必要以上に周りの学生に対して委縮や遠慮することもなくなりました。

 このよう自分の中で正しい問いを持つことを心がけることで、なんとなくわかったつもり(だけど後になって覚えていない)の状態からは少し脱却できたように思いますし、どうすれば本当に有益な学びを得ることができるのかについても体感できるようになってきました。

 前回のコラムでは、「アサインメントのたたき台を作って共有する」や「外国人としてのアドバンテージを活かす」といったテクニック的な面にフォーカスをして書かせて頂きましたが、今回はどちらかというと精神的な面にフォーカスをして書かせて頂きました。

 今考えると、これまでは必要以上にMBAといった言葉に恐れを抱き、自分の中で勝手に困難なイメージを膨らませ過ぎていたのかもしれません。実際に日本人にとっては海外のビジネススクールに通いMBAを目指すというのはインドに限らずどこの国においてもそれほど簡単なことではないかと思います。ただ、周りの優秀な学生達より能力的に劣っていようとも、英語ができなかろうとも、意識の持ちようとやり方さえ工夫すればなんとか生きていく術はあることを私は学ぶことができました。

 次回はインドで生活し、インドで仕事をし、インドでビジネススクールに通う中で起きた自分の中での変化について書かせて頂こうと思います。