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発信!理系女子(23)美術館の学芸員から歯科材料の研究へ!
米国留学の非日常体験

発信!理系女子(23) 美術館の学芸員から歯科材料の研究へ!米国留学の非日常体験
NIST実験ノートを持つ筆者
authored by 東北大学サイエンス・エンジェル

 こんにちは。東北大学サイエンス・エンジェルの山内です。私は現在、東北大学大学院歯学研究科博士課程4年に在籍し、アメリカ国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology, NIST)に留学しています。専門は歯学で、歯科材料を研究しています。簡単に申しますと、皆さんが虫歯になって歯を削った後に詰める"白い材料"の開発です。しかし実は数年前まで、私は美術館の学芸員をしていました。なんと大学院の修士課程までは文系です。何か新しい仕事に挑戦してみたいと思い、歯科技工士の免許を取得して、その後すぐに大学院博士課程に進学しました。歯科技工士として働いた経験は全くない上に、文系から理系への進学、そしてNISTに留学...自分でも不思議な気がします。

 以前は科学が苦手で、あまり興味はありませんでした。しかし科学とは、実はとても面白いものなのです。研究を進めていくうちに次々と生まれる疑問、仮説、そして新事実を発見した時の嬉しさ!私が研究している歯科材料は、口腔内という厳しい環境の元で耐えうる丈夫なものでなくてはなりません。熱いもの、冷たいもの、バクテリア、唾液、咀嚼の力に耐え、かつ自然で綺麗に見えることが求められます。これらを考慮し、毎日いろいろな試験を行い、より良い材料の開発を目指しています。

 このように、元文系の私が今はアメリカの研究機関で学んでいるわけですが、これは全くの予想外でした。そして今回はそんな私の留学先であるNISTについて、これまた政府機関ならではの予想外の出来事!?をご紹介いたしたいと思います。

3000人の科学者と厳重な警備

NIST正門近くの標識です

 NISTは、アメリカ東部・大西洋岸にあるメリーランド州のゲイザースバーグにあります。ゲイザースバーグは小さな町で、あまり何もありません。東北人(私)も驚くほど、道に人がいません。一番近い大きな都市はワシントンDCですが、そこまでもバス・地下鉄を乗り継いで1時間以上。よく言えば、落ち着いて研究ができる環境、というところでしょうか。

 NISTは大学ではなく、政府の研究機関です。敷地内はとても広く、自然にあふれ、野生の鹿・リス・鳥類が生息しています。可愛い動物達ですが、油断はなりません。特に鹿は、突撃してくることがあるので要注意です。他に多く存在しているのは、人間の科学者で、約3000人の博士が研究に従事しています。私は歯学が専門ですが、化学や工学、その他の分野を専門とする技術者も多く、異分野の研究者からのサポートを受けることができます。研究機関としては、素晴らしい環境です。私も毎日、化学者の方と一緒に実験をしています。私のような学生は珍しく、第一線で活躍している研究者が多数です。大学とは異なり、年齢層も高いので、夕方5時には誰もいなくなります。家族サービス(奥さんに頼まれた買い物等)に従事しているようです。

敷地内に入るためには厳しい検問を受けなくてはなりません

 NISTは9.11のテロ事件以来、警備がとても厳しくなりました。敷地が広いので、ゲートがいくつもありますが、全てのゲートで検問が行われます。NISTの特別な身分証がなければ入ることができません。ちなみに敷地内での写真撮影も禁止されています。

政府機関閉鎖とは?

 ある日いつものように暗い部屋で暗く実験をしているところ、普段はとても静かな化学者のXさんが「グッドニュースだ!バカンスだ!」とメガネを振り回しながらやってきました。「government shutdownになるかもしれない、そうしたら我々は非常に残念だけど、出勤できなくなる」と満面の笑みで喜んで、いえ、困り果てていました。government shutdownとは、政府で予算案の合意が得られず、政府機関が閉鎖されてしまうことです。以前にも何度かあり、その際にNISTは3週間閉鎖されました。

暗い実験室で孤独に実験中です

 政府機関なので、NISTだけではなく、国立公園や博物館等も閉鎖になります。予算の合意が難航しているとニュースで見ましたが、まさか自分の生活に影響するなんて、思ってもみませんでした。研究はどうしよう?せっかく作った実験試料が無駄になってしまう、真面目な私はキューバ行きのチケットを検索しつつ、とても心配になりました。他にも、細胞を取り扱っている人たちは大変です。閉鎖中は一切のケアができません(凍らせて保存したそうです)。またNISTに実験動物はいませんが、閉鎖中は、特別な許可を得たスタッフのみが入ることを許され、対応に当たるとの事でした。

ついに閉鎖が決定 NISTも閉鎖に...

 政府機関閉鎖の恐れが高まり、閉鎖中のルールや準備等について、いろいろなメールが飛び交うようになりました。中でも驚いたのが、米国商務長官ウィルバー・ロス氏からのメールです。もちろん私宛ではなく、職員全員宛のメールでしたが、まさか政府高官からメールを頂くとは!(最初は近所のRossさんからだと勘違いしてしまいました...)

 そしてついに、政府機関閉鎖が決定。予算の合意が得られるまで、次はいつ来ることができるのかわかりません。その日は午前中だけ閉鎖前の準備のために入ることができました。いつもと違って悲しい顔の所長、持てる限りの研究データを持って帰る真面目な人、大きな鉢植えの植物を持って帰る人、冷蔵庫の中の食料を捨てて掃除する人、ネズミ捕りをしまう私(留守中にネズミが捕れたら困ります) 、様々です。そして次にいつ会えるかわからないので「Hope see you soon!」と皆お別れの挨拶。まるで年末のような寂しさで、NISTも閉鎖となりました。

あっさりと閉鎖解除

 翌朝ニュースを見ると、閉鎖は解除されていました。つなぎ予算で合意が得られたとのことです。出勤してみると、みんな何事もなかったかのように普通でした。昨日のあのセンチメンタルなお別れが恥ずかしくなるのは、日本人の私くらいでしょう。大統領が予算案にサインしました、というメールが流れ、再び通常の毎日が始まりました。

 このように政府機関は、直接政治と関わりがあるため、日頃のニュースチェックはかかせません。他にも、ここでは語れない"興味深い"事柄もたくさんあります。新しい経験に驚きながら、私は毎日忙しい研究生活を送っています。皆さんも機会がありましたら、是非いろいろな所に留学をして、新しいことに挑戦してみてください。

 Disce gaudere!(楽しむことを学べ 古代ローマの哲学者・セネカの言葉)